異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

210話 ただいまのあとは -2-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:2,729

「ジネットには頼みたいことがあるんだ。その相談をしたくてな。かなり手の掛かるものを作ってほしいんだ」

 

 そいつの出来によって、ドニスとの交渉がうまくいくかどうかの分かれ目になると言っても過言ではないほどの重要度なのだ。

 

「なので、マグダとロレッタ。陽だまり亭にあるメニューの中から作れるものを全力で作ってきてくれ。もちろん、俺のニーズに合ったものをな」

「……ついに、マグダの実力を見せる時が来た」

「これで認められれば、お客さんに出す料理も作らせてもらえるかもしれないです!」

 

 現状、俺とジネットが許可したメニューのみ、マグダとロレッタは客に提供できるようになっている。

 お好み焼きやポップコーン、コーヒーなんかがそれだ。

 だが、メインとなる定食やお子様ランチなどはジネットの独壇場だ。

 

 いつの間にか、ジネットのポジションはこいつらの憧れの的になっていたんだな。

 

「わ、わたしにも試験をっ!」

「お前はやらなくても合格確実だろうが!」

「羨ましいですっ!」

「羨むポイントおかしいから!」

 

 今度は俺が、ジネットの肩を押さえつけて椅子に座らせる。

 もぞもぞと抵抗を止めないジネット。マグダのようなぐずり方だ。

 なので、同じような対抗処置をとる。

 

「今のうちに厨房に入れ。ジネットが羨ましがって話が出来ないから」

「……了解」

「とびきり美味しい物作ってくるです! ほっぺたに風穴を開けるです!」

 

 張り切って厨房へと入っていくマグダとロレッタ。……風穴は開けないでくれるとありがたい。

 

 さて……と。

 

「落ち着いたか、ジネット」

 

 対抗処置をとってから、急に大人しくなったジネット。

 顔を覗き込むと…………

 

「……ぁう…………はぅ……」

 

 茹で上がったような、真っ赤な顔をしていた。

 俺は今、対抗処置として――ジネットの頭をなでなでしている。

 

「……あ、ぁの……ヤシ…………はぅぅ……っ」

 

 いや、そんなに照れなくても………………手を離すタイミングが分からないっ!

 いつまで撫でてればいいのかな!?

 ここでやめると「あ、変に意識してやんの!」とか思われちゃうかな!? どうかな!?

 

「あの、お、お話と、いうのはっ!?」

「そ、そうだな! 話があるんだ! 聞いてくれるか!?」

「は、はい! もちろん、喜んで!」

「じゃあ、向かいの席に座るからな! 今から座るから!」

「は、はい! どうぞ!」

 

 期せずして、手を離すタイミングが到来した。

 今ここで手を離すのは、話の流れ的にとてもスムーズだ。何もおかしくはない。至って普通。めっちゃ普通。

 そんなわけで、俺はさりげなく手を離し、テーブルを挟んでジネットの向かいへと座る。

 

 適当に撫で過ぎたせいでもはもはしてしまった髪を、ジネットが撫でて整えている。

 う、うん。まぁ、よくあることだ。

 

「え、えへへ……」

「あはは……ははは」

 

 …………空気がおかしい!

 マグダたち、ご飯まだかなぁ!?

 

「あの、わたし! お茶を、持ってきますね!」

「そうだな! 話をする時はお茶が必要不可欠だもんな!」

「で、では! 少々お待ちを!」

「ごゆっくり!」

 

 客もおらず、マグダもロレッタも厨房で、二人きりの食堂。

 食堂は広い。

 だから、自然と声が大きくなる。そう、自然と。

 別に、何かを意識しているわけでは、決してない。ないんだからね。

 

「あぁ、そうだ、ジネット!」

「ひゃい!?」

 

 うん、うん! 至って自然!

 よくあるよね、こういうこと!

 

「陶器の器を持ってきてくれないか? 1リットルくらい入って、蓋が出来るヤツ。あるか?」

「えっと……あ、はい。それでしたら、以前セロンさんにいただいたツボがちょうどいいと思います。持ってきますね」

 

 にこりと笑って、小走りで駆けていくジネット。

 頼み事をした影響か、最後の方は取り乱した感じも薄れ、いつもの柔らかい笑みを浮かべていた。……まぁ、まだ頬は紅潮していたけどな。

 

「……………………ふぅ」

 

 重ぉ~~~~~いため息が漏れた。

 何やってんだ、俺は。

 

 とにかく、思考を切り替えて宴を成功させるための準備に心血を注ごう。

 そのために、二十四区から持ち帰った物もあるのだから。

 

 カバンから、密封された瓶を取り出す。

 リベカに頼んで譲ってもらった米麹だ。

 

 こいつを使って、試作品を作る。

 

 魔法瓶があれば簡単なんだが……果たしてうまく発酵させることが出来るだろうか。

 

「ヤシロさん。お待たせしました」

 

 数分ほど経ち、ジネットがお盆を持って戻ってきた。

 盆には陶器のツボとお茶と、小さなおにぎりが載っていた。

 

「あ、あの……お茶請け、です。ご飯がいいとおっしゃっていましたので、甘いものではなくおにぎりにしてみました……あの、マグダさんとロレッタさんが今お料理をされていますので、お腹がいっぱいにならないように、小さめ…………なんですが…………あの……いりません、か?」

 

 しゃべっているうちに、どんどん声が小さくなっていく。

 どうしても、自分の作った物を食べさせたかったらしい。

 

 ジネットは、料理が好き過ぎるからな。

 

「もらうよ。腹減って死にそうだったから」

「はい! 召し上がってください」

 

 手で指し、ジネットに座るように椅子を勧める。

 ジネットが目の前へ腰掛けてから、一口サイズの可愛らしいおにぎりを指で摘まんで口へと放り投げる。

 

 ………………うん。美味い。

 あぁ、なんだか「帰ってきたなぁ」って気がする。

 

「ヤシロさん」

 

 小さいおにぎりを一つ飲み込んだところで、目の前のジネットがふわりと笑みを浮かべる。

 

「おかえりなさい」

 

 ――っ!?

 なんだ、これ?

 なんか妙に恥ずかしいぞ!?

 

 お帰りならさっきも言ったじゃねぇか……なんでわざわざもう一回……

 

「あの……美味しそうにご飯を食べるヤシロさんを見ていると、つい……言いたくなってしまいまして。すみません、変なこと言って」

「あぁ、いや。大丈夫だ。俺も今、『あぁ、帰ってきたなぁ』って思ってたところだから!」

「そうなんですか!?」

「う…………ん、そう……なんだ」

 

 なに口走ってんだ、俺!?

 これじゃ、まるでアレじゃねぇか! なぁ? なんか、まるで…………えぇい、嬉しそうな顔でこっちを見るな!

 

「麹をもらってきましたー!」

「にゃっ!? ……ど、どうしたんですか、急に大きな声を出して……え、麹、ですか?」

 

 ドンと、麹の入った瓶をテーブルに置く。

 もうさっさと用件を話してしまおう!

 真面目な話になれば、こんなむずむずした空気なんかすぐに吹き飛んでいくのだから! そのはずだから! なのだから!

 

「俺はフィルマンとは違う! because大人だから!」

「え? フィル……どなたですか?」

「くまさんパンツより、すけすけパンツが好きな、大人の男だから!」

「ふなっ!? な、なんですか、いきなり!? ざ、懺悔してください!」

 

 それを言うなら、お前の「お小水」も懺悔対象だろうが!

 まったくもう、俺ばっかり……

 

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