異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

117話 甘え -4-

公開日時: 2021年1月23日(土) 20:01
文字数:3,098

「相当まいってるようだな」

「はは…………さすがにね」

 

 片腕で目元を覆い隠し、アゴを上げて天井を仰ぐ。

 

「……自分のふがいなさを突きつけられるのは、こたえるよ」

 

 そんな顔を見たからだろうな。

 別に格好をつけるつもりもない。

 ヒーローを気取るつもりもないが…………俺はこんな言葉を吐いていた。

 

「俺に任せろ」

「…………え?」

 

 執務机を越えて、エステラのすぐ隣にまで歩いていく。

 本来ならあり得ないような失礼な行為だ。机の向こうはエステラのテリトリーだ。そこへ踏み込むなど、宣戦布告と言われても文句の言いようがない。

 だが、俺は踏み込む。

 

 

 俺は、お前にとって特別な存在だろう。

 

 

 そう問いかけるように。

 真ん前に立ち、エステラを見下ろす。

 

「……な、なに? …………えっ!?」

 

 片側の肘掛けに手を載せて、グッと身を乗り出す。

 俺と背もたれに挟まれて、エステラは逃げ場を失う。

 

「ちょ……ヤシロ…………近い、よ……」

 

 しきりにドアへと視線を向ける。

 心配しなくても入ってきやしないさ。ナタリアは俺に託したのだから。

 

「お前に足りない部分は、俺が補ってやる。お前が疲れたんなら、俺が支えてやる。お前が泣きたい時は……俺がそばにいてやる」

「……ヤ、シロ……?」

「お前は短絡的で直情的で、平たく言えばちょっとバカだ」

「な……っ!?」

「だから! ……俺が知恵を貸してやる」

 

 どうあがいたって、数日や数週間でこいつが立派な領主になるなんてことは不可能なんだ。

 だったら、一人で出来ないなら……誰かが手伝ってやるしかないだろうが。

 

「何かに悩んだら俺に相談しろ。何かに迷ったら俺に意見を仰げ。何か成し遂げたいことがあるなら、迷わず俺を頼れ」

「…………けど、そこでまた甘えちゃうと……」

「何言ってんだよ」

 

 本当にお前は、頭が固い。

 なぜそれを甘えと取るのか……

 なぜ経過を重要視するのか……

 

 大事なのは、俺たちがハッピーになれる結果だろうが。

 

「有能な人材を使いこなしてこその領主だろうが」

 

 俺ほどの男が、特別に時間と労力を割いてやってもいいと思っているんだぞ?

 俺ほどの大物にそこまで思わせることが出来た手腕を誇れよ、領主代行。

 

「視点なんぞいくらでも変えてやれ。屁理屈上等。他人がなんだかんだ言うなら、最高の結末を突きつけて黙らせてやれ」

 

 相手の言い分をもっともだと聞き入れる必要も、バカ正直に付き合ってやる必要も、まったくない。

「お前はズルい」と言われれば「要領がいいのだ」と言い返してやれ。

「他力本願だ」と言われれば「カリスマ性のなせる業だ」と笑ってやれ。

「卑怯者」と誹られれば「最高の褒め言葉だ」と胸を張ってやれ。歴史に名を残すような偉人は、どいつもこいつも少なからず卑怯な一面を持っている。それが「卑怯者」か「策略家」は後世の人間が勝手にああだこうだ言い合ってくれるさ。勝手に言わせておけ。

 

 美少女に「変態!」と罵られるのは一部地域では「ご褒美」らしい。それくらいの精神でいてやりゃあいいんだ。

 

「お前には俺がいる。デミリーにもリカルドにもいない、最高のブレーンがな」

「……自分で言うかな、そういうこと」

「言うに決まってんだろう。俺を誰だと思ってんだよ?」

「……オオバ・ヤシロ。四十二区一の……変わり者だよ」

 

 変わり者や異端者と呼ばれる者は、理解されなかった大天才なのかもしれねぇぜ。

 

「俺を頼れ、エステラ」

「…………うん」

「胸の悩み以外なら、大抵のことはなんとかしてやれると思うぞ」

「…………どうしていつも一言多いのかな、君は」

 

 ようやく、エステラが憎まれ口を叩いた。 

 そう、それでいいんだ。お前は、そうやって目元に涼しい笑みを浮かべていればいい。

 

 その目が、きらりと光を反射する。

 網膜の表面に透明の膜が張り、うるうると潤み始める。

 

「ちょ……と………………ごめん」

 

 くるりと椅子を回転させ、俺に背を向ける。

 体を丸めて、顔を押さえる。

 ……飛び込んでこいよ、こういう時くらい素直にさぁ。

 

「…………あり……ありがとね。ちょっと、いろいろいきなりでこんがらがってるけど…………今日一晩で、気持ちを整理して……明日…………明日には、元気になってるから…………だから……今日は、ごめん」

「……そうかい」

 

 俺の胸に飛び込んでしまえば、領主代行としての何かが壊れそうな気でもしているのだろう。

 フラフラ振れている針が女に大きく傾いてしまうと。

 ここが、エステラの譲れないラインなのだ。

 こればっかりは、踏み込むわけにはいかないな。

 

「んじゃ、明日。陽だまり亭に飯を食いに来いよ」

「……うん。必ず」

 

 背もたれをポンと叩き、俺は出口へと向かう。

 

「あ、そうそう」

 

 ドアの前で立ち止まり、最後に一言残しておく。

 

「お疲れさん」

 

 背もたれの上からにょきっと腕が伸びて小さく振られる。

「ありがとう」だそうだ。

 

 リカルドと同じことをしているのに、受け取るメッセージがこうも違うもんなんだな。

 

 執務室を出ると、ナタリアがそこにいて、深々と頭を下げてきた。

 やめてくれ。柄でもない。

 

「………………門まで、お送りいたします」

 

 ナタリアは何かを言いかけて、結局何も言わなかった。

 もしかしたら、現領主のことなのかもしれないなと、なんとなく思った。

 一年以上も病に伏せり、ずっと人前に姿を現さない。……おそらく、領主として復帰することは難しいだろう。

 

 だが、それを俺に言うのはお門違いだ。

 ナタリアもそこら辺はよく理解している。

 下手な言及も不要な詮索もしない。俺としては、非常に居心地のいい環境だ。

 

 門のところでもう一度深々と頭を下げられ、俺は領主の館を後にした。

 

 少し歩いて、不意に口から言葉が零れ落ちていった。

 

「……なんだかなぁ」

 

 自分から「俺を頼れ」だなんて、そんなことをエステラに言うとは思わなかった。

 そんな日が来るなどと、考えもしなかった。

 領主なんて権力を持ってるヤツは、こっちが好き勝手に利用するためのものだと思っていたのに……

 俺は積極的にそいつを守る立場を選んじまったわけだ。

 

 利用するはずが、気が付けば手を差し伸べているなんて……

 

「そんなヤツ、ジネットだけで十分だっつーの……」

 

 俺は、本当に…………何をやっているんだろう。

 四十二区を飛び出して、近隣の区とのいざこざにまで首を突っ込んで…………

 

 物語の世界では、異世界からやって来るのは勇者や英雄と相場は決まっている。

 だが、現実はそううまくはいかない。

 異世界からやって来た俺は、ただの詐欺師だ。英雄なんてとんでもない、ただの悪人だ。

 

 そんな俺が……人助けなんて…………

 

「あ、ヤシロさん!」

 

 考え事をしながら歩いているうちに、俺は陽だまり亭へと戻ってきていたらしい。

 店の前で、ジネットが手を振っていた。

 

「………………あ」

 

 ……あぁ……なんてこった。

 なんだよ、この気持ち…………

 

 陽だまり亭を見て。

 その前で手を振って俺を迎えてくれるジネットの笑顔を見て……きっと四十区まで出かけていたせいなんだろうな…………俺は、ホッとしていた。

「あぁ、帰ってきたなぁ」なんて……そんなことを、思ってしまったのだ。

 

「お疲れ様です」

「あぁ……ただい、ま」

「おかえりなさい」

 

 そんな何気ない一言に、言いようもないほどに…………癒された。

 

「ジネット……ごめん」

「え? なんですか?」

 

 俺はジネットから顔を背け、逃げるように陽だまり亭へ入る。

 

「…………恥ずかしい」

「ふぇえ!? わたし、何かしましたか? あの、ヤシロさん!?」

 

 そのまま食堂を突っ切って厨房を抜けて、中庭と階段を大股で通り抜ける。

 誰にも見られなかっただろうか……この、だらしなく緩みきった顔を……

 

 

 くっそ…………

 俺もすっかり甘えちまってんじゃねぇかよ。

 

 エステラのこと、言えねぇなぁ……こりゃ。

 

 

 

 

 

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