『お兄ちゃんなら平気かもですけど、最近遠出が多いので少し心配です。無理しちゃダメですよ』
『てんとうむしさん。ピクニック、楽しみにしてるね。夜は寒いから、風邪ひいちゃだダメだよ』
『困ったことがあったらあたいを呼べ! どこにいても駆けつけてやるからな!』
『暴飲暴食と夜更かし、それから無理と無茶は禁物さよ。十分気を付けておくれなね』
『走り回って倒れたりしちゃダメだよ~☆ この次はいっぱい海のお話しようね~☆』
『成果を期待いたします。でも、何より、無事な帰還を望んでいますわ』
どいつもこいつも、俺への心配を滲ませるような文章で……そして最後には、マグダらしい簡素な文字で――
『陽だまり亭にて待つ』
早く帰れとのお達しがあった。
…………あいつら。
「愛されてるね、君は」
「…………」
すました顔でこちらへウィンクを飛ばしてくるエステラ。
ふん……そんなもんで、何回も何回も俺が照れると思うなよ。
「いいだろう? 羨ましいか」
そう返してやると、エステラが吹き出した。
「ふふっ……そう返してくるとはね。くくっ……いや、君も変わったよ。うん、変わった」
何が面白いのか、お腹を押さえて肩を震わせている。
その向かいでは、ナタリアがまぶたを閉じて口角をむにゅむにゅと歪めている。……笑うならもっと分かりやすく笑えっての。
頼られていること自体に、嫌悪感は……もうない。違和感はあるけどな。なんで俺なんだろうって。……いや、俺がなんで……って感じか。
だが、分からんことはない。
人は、分かりやすいリーダーシップに惹かれる。
先導者に対しては、安心と信頼を覚え、そして身を委ねがちだ。
そして俺は先導者になりやすい。
詐欺師は、他人を己の罠へと誘導するスキルが求められるからな。
心理学や人体力学なんかを駆使して人を操る。
その行き着く先が罠であればそいつは詐欺師で、行き着く先が幸福であればそいつは英雄と呼ばれる。
詐欺師と英雄は紙一重だ。
結果が、そいつにとってプラスかマイナスか、どちらになるかで印象が変わる。
だから、こいつはアレだな。
連中は、すっかり俺に騙されているのだ。
俺の詐欺師スキルのなせる業ってわけだ。
「もし、英雄ギルドなんてのを作りたくなったらボクに言ってね。検討するから」
「寒気がするギルドだな。確実に悪質な集金団体になるぞ、そいつは」
『英雄様に声援を、支援を金額で示しましょう』ってな。
基本的に、善人面で耳に心地のいいことばかり言うヤツは悪人かペテン師だと思っておけばいい。
完全なる善意で人に尽くそうなんて人間は、そうそういやしないのだから。
いたとしても、ジネットくらいのもんだ。
エステラでさえ、自分に不利益が被りそうな時は渋い顔をしやがるのだ。
英雄?
無報酬で、利益を顧みず、善意で人のために尽くし、リーダーシップを発揮して人々を導く……そんなヤツいるわけないだろうが。
「もし本当に英雄なんてヤツがいたら、そいつは深刻な病に侵されているんだろうよ」
究極のドMか何かなんじゃないだろうか。
それか、承認欲求が異常に強い、他人に見られることに快感を覚えてはぁはぁしちゃう異常性癖を持った危険人物か。
……どっちにしても変態だな。
――と、俺が英雄なんてものの胡散臭さを懇切丁寧に説いてやっている間中、エステラとナタリアはずっとにやにやしてやがった。真面目に聞けよ、人の話は。結構貴重なんだぞ、現役詐欺師が語る詐欺に引っかからないための講習なんてのは。
受講料を徴収したいくらいだ。
「それじゃあ、二十四区で交渉を頑張ろうか。ボクたちの利益のために」
なんとも気に食わない笑顔を浮かべて肩を組んでくるエステラ。
お前が巨乳なら、ヒジで横乳をぷにぷにしているところだぞ。……残念ながら、今現在俺のヒジに触れるものは皆無だけれど。
利益を上げるのは当然だ。いちいち言われるまでもない。
なのに嬉しそうにエステラはあえてそんなことを口にする。……面白がりやがって。
そんな浮かれポンチなエステラの向かいで、ナタリアが自分の胸をトントンと二度叩く。それから右ヒジを軽く曲げて横方向へ二度スライドさせ、そして、二度手のひらを振る……
これはつまり――
『お前のおっぱい』
『ヒジを動かしても』
『スッカスカ』
――ということだろう。
……何やってんだよ。
『パン』『2』『丸』『見え』みたいなノリか?
「とりあえずナタリア、夕飯の後、話があるから」
「私は何も言っておりませんが?」
「口に出さなきゃセーフってわけじゃないからね」
「スッカスカ!」
「だからって口に出すなっ!」
「言わなきゃ損かと思いまして」
「思うなぁ!」
……こいつらと旅すると、本当に賑やかなんだよな。
移動中くらい大人しくできないものか……
ちょっとくらい、苦言を呈しておくか。
あいつらも言ってたしな。
「ナタリア、自重しろ」
「まさか……ヤシロ様に注意されるとは…………」
不服そうな顔で言うんじゃねぇよ。
「手紙にも書いてあったろ」
「確かに、そうですね。分かりました、多少は自重しましょう」
で、ナタリアの次はエステラだ。
これも手紙に書かれていた内容に合致するだろう。
「エステラ、成長しろ」
「出来ることならやってるよっ!」
こいつは頑なか!?
手紙でも、みんなに似たようなこと言われてたくせに!
「……君にも十二分に自重してもらいたいものだね」
「すまん。俺、自重すると過呼吸に陥ってしまう体質で……」
「どんな体質だ!?」
「自分が苦しむくらいなら、他人に甚大な迷惑をかける方がいいと思ってる!」
「社会不適合者か!?」
俺は、何より俺自身に優しい人間なのだ。
異世界もひっくるめて、全世界に『俺』という人間はたった一人しかいないのだ。
大切にしなくては。
「お前ら、もっと俺を大切にしろ」
「そっくりそのままお返しするよ!」
「あぁ、『俺』って大切だなぁ!」
「違う違うっ! そうじゃなくて、ボクを大切にしてくれるかな!?」
なんだよ、そっくりそのまま返ってきたから『俺』を大切にしてやったってのに。
だいたい、エステラをどう大切にしろってんだ。お姫様扱いでもしろってのか?
「じゃあ、ずっとおんぶして移動してやるよ」
「介護じゃないか、それじゃ!?」
「時折『いないいないばぁ』もしてやろう」
「子守だったようだね!?」
何もかもが気に入らないエステラ。
まったく、これだから貴族は……わがままな。
「まぁまぁ、エステラ様。そうカリカリなさらずに……いないいない、ばぁ~」
「いないいないばぁするなっ!」
ギャーギャーとやかましく、馬車は夜の道を進む。
きっと、いつも以上に賑やかなのは、あいつらがくれた手紙のせいなのだろう。
単純な言葉でも、ふざけた内容でも――自分のために書かれた文章というのは嬉しいもので、こうしてエステラやナタリアが羽目を外してしまうくらいの威力を持っている。
俺は詐欺師だからよく分かるし、知っている。
言葉ってのは、それだけすごい力を秘めているものなのだ。
人を動かし、心を揺るがし、幸福にも不幸にも出来てしまう。
特に、手書きの文字ってのは強烈だな。
アゲハチョウ人族の娘と貴族の男……無理やり引き裂かれたシラハたちが、何十年も思い合えたのも、手書きの手紙があったからだろう。
知ってか知らずか、マグダは最良の選択をしたわけだ。
この、割と扱いやすい単純な領主の底力を引っ張り出して、交渉をうまく運ばせるための、最良の選択を。
このごたごたが片付けば、少しはゆっくり出来るだろう。つうか、ゆっくりしたい。
そのための原動力に、この手紙たちはなってくれるのかもしれないな。
なんてことを、馬車に揺られながら考えてしまうくらいには、俺も浮かれていたらしい。
馬車はそのまま走り続け、月が夜空の随分高い位置に来る頃、俺たちは二十四区へとたどり着いた。
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