「あっ! ヤシロ~! エステラ~!」
大通りを歩いていると、パウラがこっちに向かって手を振っていた。
「パウラ。カンタルチカの飾り付けは順調か?」
「それがさぁ、とーちゃんが妙に張り切っちゃって、デザインが決まらないんだよねぇ」
パウラがため息交じりに仰ぎ見たカンタルチカは、いまだなんの飾りもなされてはいなかった。
様々な飾りが出現した大通りの店の中にあると、いささか地味な印象は拭えない。
「だったらヤンボルドにお任せしてみたらどうだい? 今見てきたけれど、けっこう面白い飾りが多かったよ。ね、ヤシロ?」
「まぁ、ヤンボルドなら張り切って作ってくれるだろうな」
「そんなのダメだよぉ! カンタルチカはそこらの飲食店とは一線を画すお店なんだよ? 飾りもカンタルチカらしく、一番面白可愛いものにしなきゃ!」
そうやってこだわり過ぎると収拾が付かなくなったりするんだよなぁ。
プロに任せとけば、とりあえずは無難にいい物が出来るんだけど……こだわり派の人間はそれじゃ納得しないんだよな。
「陽だまり亭はどんな飾りにするの?」
「割と普通だぞ」
「そんなわけないじゃん! ヤシロがいて地味な飾りなわけないもん!」
「ジネットがふざけた案を出してきやがったんで盛大に却下したんだよ」
「あぁ、英雄像ミュージアム? ジネット、あれ本気だったの?」
本気も本気、大真面目だったよ。
な~んかにこにこしながら「お話があります」とか言うから何かと思えば、「陽だまり亭に様々な仮装をした英雄像を並べてミュージアムを作りましょう!」とかいうふざけた話だったのでデコピンを四発お見舞いしておいた。人差し指から小指まで、四連続だ。
蹲るジネットの隣で、陽だまり亭の飾りは普通でいこうということに落ち着いた。
当日は大通りでパレードをして、東側の焼肉で打ち上げの予定だ。
陽だまり亭がある西側はさほど人は来ない。
何より、陽だまり亭にすげぇ飾り付けをしちまうと見物客が押し寄せてしまいかねないしな。
そんなことになったら、ジネットが店を離れられなくなる。
今回陽だまり亭は、完全に見物客側に回ると決めたのだ。
ジネットが仮装パレードに参加するし、俺たちもそれを見物に行くつもりだしな。
それが終わったら、仮装したまま街をぶらぶらするつもりだ。
妹たちが「仮装しながらお菓子売りたーい!」と張り切っていたので、二号店と七号店は出す予定だが。
ポップコーンとマシュマロ、あとカルメ焼きと綿菓子とリンゴ飴。そこら辺を売ることになるだろう。
「じゃあさ、カンタルチカの飾り付けを考えてよ! ヤシロがアイデア出してくれたらきっとすごいことになるから!」
「変な期待を寄せんじゃねぇよ」
俺はデザイナーじゃないんだぞ。
そんな奇抜で面白おかしいデザインなんかパッと思い浮かぶかよ。
「なんでもいいから~! 考えてくれたら、ハロウィン用の新商品ご馳走してあげるから!」
「なんだよ? まさか、魔獣のソーセージにチョコレートとかかけたものじゃないだろうな?」
お菓子に寄せてみたとか言うなよ?
「ううん。お店に亡者のうめき声が響く――ってコンセプトの、激辛ソーセージなんだ」
「そんなに辛いのか?」
「自信作!」
酒飲みどもは好きかもな。
チョリソーみたいな感じで。
「ちょっと興味あるなぁ。ボク、辛いの結構好きなんだよね」
「嘘吐けよ、この激甘党」
「ボクはヤシロよりもお酒が飲めるんだよ?」
飲酒量で決まるもんじゃねぇだろ、甘党辛党は。
それに、俺も酒が飲めないわけじゃない。ただ飲んでないだけだ。
「ね、ね? 食べたいでしょ? だから何か考えてよ~! まだ誰も食べたことないんだよ? 一番乗りだよ? ね? ヤシロ、お願~い!」
「ったくよぉ……」
お願いされてもなぁ……
可愛いオバケの飾りはベッコがそこかしこに設置している。
意表を突くような奇抜な飾りはヤンボルドが多数作っている。
今さら多少捻ったところでインパクトなんかそうそう…………
「んじゃあ、店全体を魔獣に見立ててよ、入り口を獣の口みたいにしてみたらどうだ?」
ドアのところにでっかい顔を作って、ドアの上下に鋭い牙を無数に並べて、飯を食う前に獣に食われるのかよ!? ……みたいな。
「……って、ありきたりか」
「ううん! いい! それ、すごくいいよヤシロ! そんなのどこもやってないよ!」
「確かに面白いかもね。魔獣のお腹の中に入るなんて、エキセントリックで非日常的で、なんだか面白いよ」
「ね! しかも、魔獣のお腹の中で魔獣のソーセージ食べられるんだよ!」
「でも、すごく辛いからみんなが『うーうー』唸ってるんだよね?」
「そうそう! しかもみんなオバケの格好で! あはっ、それすっごく面白いかも!」
きっかけを与えたら、そこからぱぁーっとイマジネーションが膨らんだようで、パウラは店を眺めて、覗き込んで「ここにこんな飾りを付けて、あっちには……いや、いっそのこと!」と、瞳をきらきらさせて張り切り出した。
「やっぱり、ヤシロに頼んで正解だった! 見てて、大通りで一番すっごい飾り付けにするから!」
「自分で作るのか?」
「ウーマロさんにお願いする!」
「ヤンボルドじゃなくてか?」
「だって、店内もやってほしいもん」
ヤンボルドの設計だと、酒飲みがちょっと大騒ぎすると壊れる危険がある――と、パウラも思っているようだ。
そんなことはないのかもしれんが、客商売だからな、安全を期したいのだろう。
ま、分かるぞ、その気持ち。
「なら、早めに予約しておいた方がいいぞ。ウーマロのヤツ、今ノーマと一緒にあっちこっち走り回ってるから」
「えっ、そうなの!? ヤンボルドさんに仕事取られて暇してると思ったのに!」
はは、考えることはみんな一緒か。
それとも、それほど分かりやすくウーマロがヘコんでいたのか。
「あ、そうだ。だったらカンタルチカの屋根をウーマロに貸してやるといいぞ。飾り付けが一層面白くなる」
カンタルチカの店先に、狼に食べられそうな少女の影でも浮かび上がらせてやればストーリー性が生まれるかもしれない。
赤ずきんみたいなイメージでさ、狼が「がおー!」少女が「あーれー!」みたいな。
「うん! 言ってみる。あぁ、こうしちゃいられない! ウーマロさんを探しに行かなきゃ!」
「あぁ、いいよ。これからウーマロに会いに行くから伝言しといてやる。それより、早くイメージを固めてデザイン画でも描いておくといい。その方がウーマロの手間も減って仕事がスムーズに進むから」
「うん、分かった! ありがとね、ヤシロ! じゃ、ちょっと待ってて!」
にっこにこ顔で尻尾をぶゎっさぶゎっさ揺らして、パウラが店内へと駆け込んでいく。
新作激辛ソーセージを取りに行ったのだろう。
「面白い飾りになりそうだね」
「だな」
折角イベントをやるんだ。いろんなところが利益を上げればいい。
んで、それに恩義を感じて、この次何かやる時には進んで無償労働やら資材提供をしてくれれば万々歳だ。
「ヤシロってさ、パウラには甘いよね?」
「はぁ?」
素っ頓狂なことを言うエステラ。
なんだよ、ネフェリーの次はパウラかよ?
「お前にも十分優しくしてるだろうが」
「身に覚えがないなぁ」
このやろう。
お前がツルだったら、一生無償労働しなきゃ返せないくらいの大恩を忘却しやがって。
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