異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】足元から伝わってくる

公開日時: 2020年11月22日(日) 20:01
文字数:4,477

 ランタンをぶら下げて、一人夜の道を歩きます。

 

 ふふふ。

 なんだかドキドキしますね。こんな時間にお出掛けすることなんてそうそうありませんから。

 

 夕刻には戻るとおっしゃっていたヤシロさんでしたが、日がすっかり沈みきってしまった今もなお、お帰りになられていません。

 エステラさんやナタリアさんもご一緒ですから、何かあったとは思えないのですが……

 

 そんな不安が顔に表れてしまっていたのか、先ほどマグダさんとロレッタさんに「店番なら任せてください」なんて言われてしまいました。

 ふふ、ダメですね、わたしは。

 年下のお二人に気を遣わせてしまいました。もっとしっかりしなくては。

 

 けれど、少し心配だったことも事実ですので、わたしはお言葉に甘えて様子を見に行くことにしたのです。

 

「わぁ、こんなところまで綺麗になっているんですね」

 

 大通りへと続く道は細く、でこぼこで、夜に歩けば高確率で転んでしまうという、日中ですらわたしはよく転んでしまっていたそんな道だったのですが、今は綺麗に均されて平坦な道になっていました。

 大きな石や砂利もどかされて、しっかりと踏み固められたなだらかな道になっています。

 

 思わずしゃがんで地面を撫でてしまいました。

 真っ平らです。

 

 わたしは滅多に大通りまで来ないので、今まで知りませんでした。

 この脇道でこれだけ綺麗になっているのでしたら、大通りはどんなふうになっているのでしょうか?

 

 わくわくと落ち着きをなくした心に急き立てられ、わたしは立ち上がり大通りへと向かいました。

 

 

 

「すごいです……」

 

 大通りは、見違えるほど綺麗になっていました。

 道が平らなのはもちろん、両脇に軒を連ねるお店も、なんだか綺麗になっている気がします。

 一部の店舗は改装中なので、この機会に修繕したお店が多いのでしょうか。

 

 飲食店が篝火を焚いているため通りは明るく、こんな時間だというのに大勢の人が行き交っていました。

 すれ違うどの顔もみんな笑顔で、今日という日を満喫しているように見えました。

 

「おぉい、そんなところで寝てると、風邪引くぞ」

 

 見れば、酔っぱらった男性が通りの真ん中でごろりと寝転がっていました。

 大丈夫でしょうか?

 手をお貸しした方がいいかもしれませんね。

 陽だまり亭に来ていただければ、酔い覚ましのお薬もありますとお伝えするべきでしょうか。

 

「あぁ~、いいのいいの、放っとけよ。そいつはいつもこうなんだから」

 

 ガハハと、お連れの方が笑いながらおっしゃいました。

 

「そーそー、家に帰ったって隙間風だらけで一緒、一緒!」

「違いねぇ! なんなら、こいつん家のベッドより、ここの道の方が平らで寝心地いいんじゃねぇか?」

「わははは! そりゃあいいや! 傾いたベッドよりかいい夢見られんだろうぜ」

 

 そんなことを言いながら、大きな声で笑っていました。

 ……よかった。

 おそらくあの方は大丈夫でしょう。

 ほら、お連れの方が抱え起こして肩を貸しています。

 

 きっと、無事にお家まで連れて行ってもらえるでしょう。

 

 それにしても……

 

「お家のベッドよりも寝心地がいい……ですって。うふふ」

 

 ウーマロさんやハムっ子さんたちが整えたこの道は、そんなにも好評なんですね。

 わたしも、人目がなければ一度寝そべってみたいくらいです。

 しませんけれどね。うふふ。

 

 少し進むと、一段と賑やかなお店がありました。

 

「はぁ~い、エールとワインお待ち~!」

「パウラちゃ~ん! こっち、ビッグソーセージ四つ追加で~!」

「はぁ~い!」

 

 大通りで一番人気だという噂の『カンタルチカ』さんです。

 看板娘のパウラさんの声が外の通りにまで聞こえてきます。

 

 かつて、ロレッタさんが働いていたお店なんですよね?

 どんな雰囲気なのでしょうか。

 

 わたしは酒場に行ったことがありませんので、少しだけ興味を惹かれました。

 大きく開かれた窓から店内の様子を窺います。

 

 お店の中は大柄な男の方で埋め尽くされ、空いているスペースがほとんどありませんでした。

 人でごった返すフロアの中を、イヌ耳を揺らしてパウラさんが踊るように走り回っていました。

 

 夜にこれだけ大きな窓を開け放っていると少々寒いのではないかと思ったのですが、店内は夜風になど負けない熱気がこもっていました。

 むしろ、夜風が吹き込むくらいがちょうどいいのかもしれません。

 

 こういうところも、陽だまり亭とは違うんですね。新発見です。

 

「あれ? ジネットじゃない、どうしたの?」

 

 窓から覗き込んでいたわたしに気が付いて、パウラさんが駆け寄ってきてくださいました。

 

「久しぶり~! 寸劇の時ぶりだよね?」

 

 パウラさんとは、大通りで行った寸劇でご一緒しました。

 ……あれは、ちょっと恥ずかしかったのでなるべく思い出さないようにしていたのですが……

 

「え、えぇ、そうですね」

 

 少し、頬が熱くなってしまいました。

 ちゃんと笑えているでしょうか。気恥ずかしいです。

 

「お店、大盛況ですね」

「うん、そうなの!」

 

 それが嬉しくてたまらない。

 そんな笑顔でパウラさんは頷かれました。

 

「みんなヤシロのおかげ! 食材の価格が元通り……ううん、前より安くなって、しかも欲しいだけきっちり買えるからお店は安泰。大通りの工事とかも始まって、街のみんなも懐が温かいからこうやって仕事終わりに飲みに来てくれて、ご覧の通りの大繁盛! もう、本当に英雄みたいだよ、ヤシロは!」

 

 握った拳を嬉しそうにぶんぶん振り回して、パウラさんが興奮気味におっしゃいました。

 あ、しっぽがパタパタ揺れています。

 

「そうだそうだ! 俺たちに仕事と金と美味い酒を与えてくださった英雄様に乾杯だ!」

「おぅ! 英雄様にかんぱーい!」

「お酒をありがとう、英雄様ー! ガハハハ!」

「ヤシロさ~ん、愛してるぅ~!」

「ぎゃはははは!」

 

 みなさんが口々にヤシロさんを褒め称えていました。

 少々冗談交じりではありますが、感謝の気持ちに偽りはないように思えました。

 だって、どなたもみなさん、本当にいいお顔で笑っていらっしゃるんですもの。

 

 ちなみに、「ヤシロさ~ん、愛してるぅ~!」とおっしゃっていたのは、トルベック工務店の大工さんですね。何度かお顔を拝見したことがあります。

 今度伝えておきましょう。

 

「ねぇ、寄ってく?」

「あ、いえ。これからヤシロさんを迎えに行くところですので」

「そうなんだ。じゃあ、今度ヤシロと一緒に飲みに来てよね」

「そうですね、機会がありましたら、是非」

 

 あまりお仕事の邪魔をしては申し訳ないので、わたしはぺこりと頭を下げてお店を後にしました。

 

「ヤシロによろしくね~!」と、窓から顔を退かせて、パウラさんが手を振り見送ってくださいました。

「俺たちの分もよろしく~!」と、大勢の酔っぱらいさんたちからも伝言を頼まれました。

 はい。きちんとお伝えしておきます。

 

 ふふふ。

 ヤシロさん。

 みなさんがヤシロさんに感謝されていましたよ。

 嬉しいですね。

 

 わたしも嬉しいです。

 ヤシロさんの優しさを、多くの方に理解していただけて。

 

 心持ち軽くなった足取りで、わたしは中央広場へと向かいました。

 マグダさんに伺ったところ、四十区への近道はこちらだとウーマロさんがおっしゃっていたそうです。

 なので、ヤシロさんもきっとこの道を通るだろうと、教えてくださいました。

 

「ここまで来るのは久しぶりですね」

 

 中央広場では露店が開かれているのですが、わたしにはあまり縁のない場所でした。

 綺麗な雑貨やアクセサリー、小規模な青果店などの露店があるのですが、食材は行商ギルドさんから購入していますし、おしゃれにお金を使う余裕はありませんでしたから。

 

 夜間は露店が閉まり、中央広場はガランとしていました。

 いつか、みなさんで来てみたいですね。

 マグダさんやロレッタさんと、可愛いアクセサリーを見て回るのはとっても楽しそうです。

 

 そしてヤシロさんと……

 

『ジネット。これなんか似合うんじゃないか?』

 

 ……はぅ。

 そんなことを言われたら、どんな顔をしていいのか分かりません。

 露店に来るのは、もう少し後にした方がよさそうですね。

 ……あぁ、夜風が涼しくて気持ちいいです。今は少しだけ顔が熱いですから。

 

 

 中央広場を突っ切ると、まだ舗装されていない道が暗闇に延びていました。

 この先が四十一区、そして四十区へとつながっているようです。……が、この道を一人で進むのはちょっと怖いですね。

 

 こんなところまで来たのは、もしかしたら初めてかもしれませんし。

 

 わたしは、ほんの少しだけおっちょこちょいなところがあると、シスターに言われますから。迷子にでもなっては大変です。

 

「広場で、待っていましょうかね」

 

 引き返し、中央広場の中央へ戻ります。

 すると、そこに何かを引き摺ったような跡がありました。

 おそらく、ヤシロさんの蝋像が置かれていたのがこの辺りなのでしょう。

 

「ふふ、今度はどんなヤシロさんが登場するんでしょうか」

 

 ヤシロさんは嫌がっているようですが、わたしは……ヤシロさんには申し訳ないのですが、ちょっと楽しみにしているんです。

 だって、本当にヤシロさんそっくりで、ともすれば動き出したりしゃべり出したりしそうなんですもの。

 

 四十二区全体を覆っていた閉塞感を打ち破ったあの瞬間の――

 

 

 カッコいいヤシロさんの声や表情は、わたしの胸にしっかりと刻み込まれています。

 

 それを鮮明に思い出させてくれるんです、あの蝋像は。

 あと、凛々しい中にも可愛らしいヤシロさんの顔つきがよく表現されていて、わたしにはとっても可愛く見えるんです。

 ロレッタさんに話したら「カッコいいはカッコいいですけど、可愛い……です?」と首を傾げられてしまいましたけれど。

 

「ふふ。帰ったら、また拭いてあげますね、ヤシロさん」

 

 もちろん、蝋像の方ですけどね。

 

 そんなことを思っていると、風が吹き抜けていきました。

 少し肌寒く、自然と肩が寄ります。

 襟をつまんで首周りを覆い、身を縮めて腕をさすります。

 

 寒いなと思うのと同時に、この場所はとても静かだなと改めて思いました。

 

 喧騒は遠くなり、今は何も聞こえません。

 辺りは暗く、手元にあるランタンの頼りない光だけがぼんやりと小さな範囲を照らすのみです。

 

「……ヤシロさん、遅いですね」

 

 闇に続くような、暗い道の先を見つめました。

 

 

 あぁ、早く――

 

 

 

 ――早くヤシロさんに会いたいです。

 

 

 

 そう思った時、微かに音が聞こえました。

 風に紛れるような微かな音でしたが、わたしの耳はしっかりとその音を聞きました。

 

 足音です。

 こちらに向かって歩いてくる足音がして、わたしはほっと息を漏らしました。

 知らず、とても緊張していたようでした。

 溶けるように緊張が解れて、ようやくそれに気が付きました。

 

 よくよく耳をすませば、大通りの喧騒も微かにですが聞こえていました。

 

 ふふ、すごいです、ヤシロさん。

 足音だけで、こんなに安心するなんて……

 

 わたしは駆け出し、少しでも早くお顔が見られるよう出迎えに向かいました。

 

「おや、あれは?」

 

 ナタリアさんの声が聞こえて、そして――

 

「あっ!」

 

 思わず声が出ました。

 ぼんやりした明かりの中に、ヤシロさんの顔が見えました。

 

「ヤシロさ~ん!」

 

 手を振って駆け寄ります。

 

 あぁ、よかった。

 やっと会えました。

 

 

 おかえりなさい、ヤシロさん。

 

 

 

 

 

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