異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

190話 変わることと変わらないもの -3-

公開日時: 2021年3月18日(木) 20:01
文字数:2,995

「相変わらず、雨が降らないね……」

 

 窓の外を眺め、エステラが呟く。

 やはりみんな、空模様が気になるようだ。

 雨期に雨が降らないってのは深刻な問題だ。作物にも悪影響が出かねない。

 去年の今頃は水害だなんだと大騒ぎしていたのにな。

 

 どんなに睨みつけても、空から雨粒が落ちてきたりはしない。

 

「影響は出てるのか?」

「まぁ、それなりにはね。足踏み水車のおかげでなんとかもってるって感じかな」

 

『BU』とは別に、こっちはこっちで頭の痛い問題だ。

 だが、天候はどうしようにもない。自然災害に抗う術など、俺は持ち合わせてはいないのだ。

 

「雨に関しては、待つしかないね」

 

 歯がゆそうに空を見上げるエステラ。

 深刻な日照りというわけではないのが、せめてもの救いか。

 

「なんとしても、水源は確保しておかなきゃね」

 

 空の色が映ったかのような、曇りのない瞳が俺へ向けられる。

『BU』との交渉をうまく運んで問題を解決しようという所信表明なのだろう。

 こじれさせて水門を閉じさせたりしないように……とはいえ、向こうの要求を丸呑みすることは出来ないから徹底的に抗ってやろう――という、な。

 

「ボクに出来ることなら、なんだってするよ。ボクは、この街の領主だから」

 

 トレーシーに会い、少し看過されたのかもしれない。

 領民第一に考え、抗う時は抗うと言ったトレーシー。

 お互い、若い女領主ということで、通じるものがあったのだろう。

 前のめり気味に、何かをやりたい症候群にかかっているようだ。

 

「焦っても仕方ないだろう。今は、今出来ることを精一杯やるしかねぇよ」

「そうだね」

 

 意気込みだけが空回りしそうだったエステラ。そいつを指摘してやると、照れ笑いを浮かべて頬をかいていた。

 そう、今は、今出来ることをやればいいのだ。領民の助けになるようなことを。

 

「つーわけで、下ごしらえを手伝え」

「いやぁ、それはちょっと……」

「領民の手助けを買って出るのが領主だろうが!」

「ボクは、大きさの揃った、味も歯ごたえも口あたりもいい朝ごはんが食べたいのっ!」

「……つまり、自分が手を出すと台無しになると?」

「そうなる自信がある」

 

 胸を張るな、見せつけるほどもない程度の胸を。

 

「もうすぐ終わりますから、ゆっくりしていてくださいね」

「うん。ありがとう、ジネットちゃん。あ、ヤシロ。お茶」

「ふざけんな、自分で入れろ」

 

 まったく。ジネットは甘い。

 そこにいるならアゴで使ってやればいいものを。

 

 こいつは変わらない。今も昔もお人好しで、誰よりもよく働いて、いつも笑顔で…………変わらないから、安心する。

 いや、まぁ、小さなところで言えばジネットだって変わっている。

 自分から意見を言うことが多くなったし、食い逃げなどの悪事に対し、見て見ぬフリをするようなことはなくなった。

 厳しさと責任感を、こいつはしっかりと身に付けている。

 

 だが、それ以上に変わらない部分が大きくて、だから……ほっとする。

 

「あぁ、……そうか」

 

 きっと、ベルティーナが言っていたのはこういうことなんだろうな。

 変わることは悪いことではない。

 でも、変わらないでいてほしいと思ってしまう部分が、必ずある。

 

 

 陽だまり亭に人が集まるのは、そういう変わらない安心感が心地よいからなのかもしれないな。

 

 

「なんですか?」

 

 しゃべっているうちに下ごしらえを終えたジネットが、包丁を片付けながら俺の顔を窺ってくる。

 

「『あぁ、そうか』って、何が『あぁ、そうか』なんですか?」

 

 嬉しそうに、興味深そうに、瞳をキラキラさせて。

 なんでもないことなのに、聞きたがる。

 

「大したことじゃねぇよ」

「では、遠慮なく聞き出せますね。さぁ、吐いてください」

 

 どこで覚えたのか、ジネットには似つかわしくない言葉を口にする。

 似合っていない自覚があるのだろう。自分の発言にくすくすと笑いを零す。

 

「ヤシロさんの真似です」

「俺、そんなこと言ってたか?」

「はい。『吐けー!』って、たまに」

 

 まぁ、言ってるかもな。記憶にも残らないほど、何気なく。

 そんな言葉をいちいち覚えていて、ここぞとばかりに使って、嬉しそうに笑って……

 

「俺のやり方は少し強引過ぎるのかもしれないな……」

「え?」

「なんとなく、そんな風に思ったんだよ」

 

 何もかもをぶっ壊して、今までになかったものをブチ立てる。

 俺のやり方はいつもそんな感じだ。

 

 ジネットのように、少しずつゆっくりとってのは、俺のやり方にはない。

 じわじわと罠に追い込むことは、稀にあるけどな。

 

「いいんじゃないでしょうか、強引で」

 

 その言葉を期待したのかもしれない。

 だから、こんな愚痴っぽいことを言ったのかも、しれない。

 

「ヤシロさんが始める新しいことは、みんなが楽しみにしていますし」

 

 ジネットなら、そう言ってくれると分かっていたから。

 

「それに――」

 

 こうやって、笑顔を向けてくれると、確信していたから。

 

「ヤシロさんが楽しそうにしていると、わたしも楽しいです」

 

 

 変わってほしくないってのは、こんな感じなんだな。

 

 

「あ、でも。あまり早く歩かれると追いつくのが大変ですので、ちゃんと待っていてくださいね」

 

 そして、これが変わったところ……

 

「どんなに遅れても、ちゃんと、追いつきますから」

 

 ささやかな自己主張。

 相手に対して、自分の要望を伝えることを、ジネットは覚えた。

 

「別に、無理して追いつかなくていいぞ」

 

 俺も下ごしらえを終え、包丁やらザルやらを片付け始める。

 視線は道具へと向け、聞こえなくても構わないと思いながら、汚れを洗い流す水の音に紛れ込ませるように呟く。

 

「……ちゃんと、帰ってくるから」

 

 ザバッとやかましい水音が止み、心なしか重さを増した視線をちらりと持ち上げると――

 

「それは、いいことを聞きました」

 

 極上の笑顔がこちらを向いていた。

 ……ちっ、聞こえたか。

 

「でも、追いつきますよ。頑張って」

 

 水を切り、道具を片付け、ついでのように言葉を寄越す。

 

「ヤシロさんの隣を歩くのは楽しいですから」

 

 その言葉には、返事は、ちょっと出来なかった。

 好きにすりゃいいだろう……って、言葉にするのは、ちょっと違うかなって。

 

「ヤシロ」

 

 俺が言葉を返さなかったために、静寂に包まれた厨房で、エステラが俺の前にカップを置いた。

 琥珀色の紅茶が注がれたカップ。

 顔を見ると、柔らかい笑みが浮かんでいた。

 

「飲んで」

 

 労いのつもりか、俺にお茶を勧めてくる。

 まぁ、自分の分を入れるついでに入れただけなのだろうが……このタイミングで出されると、ちょっと、気恥かしい。まるで気遣われているような気がして……

 

「さんきゅ、な」

 

 それだけ呟いて、出されたお茶を飲む。……と。

 

「渋っ!?」

 

 ものすっげぇ濃かった!

 

「……お茶っ葉って、どれくらい入れるものなの?」

「お前……お茶もろくに入れられないのか…………」

 

 ナタリアに基礎を教わって、ノーマのもとで半年ほど修行してこい。

 マジで嫁のもらい手がなくなるぞ。あ、婿をもらうんだっけ? 逃げ出されるわ、こんなもん飲まされたら!

 

「エステラさん。今度、お茶の入れ方をお教えしますね。一緒にやりましょう」

「ジネットちゃ~ん! その変わらない笑顔が好きだ~!」

 

 ジネットの胸に飛び込んでぎゅっと抱きつくエステラ。

 ……うむ。変わらないのも、いいことばかりじゃないな。

 

 ジネット。お前はもうちょっとエステラに厳しくなれ。甘やかし過ぎだ。

 

 

 ひとしきりエステラを慰め、マグダが起きてきたところで、俺たちは店を出た。

 まったく、朝っぱらから賑やかだな、この店は。

 

 

 

 

 

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