そうして、次々にハムっ子――第四走者がスタンバイする。
バトンは第三走者に渡り、間もなく俺たちの前へと戻ってくる。
「さて、長女の長女たる所以を見せつけてやるです!」
拳を握り、ロレッタが自信に充ち満ちた表情でスタート位置へ立つ。
ヒューイット姉弟四人。ロレッタ以外はみんなちんまい、七歳~九歳のハムっ子たちだ。
『ハムっ子ゲットだぜ!』でも証明されたとおり、真っ向勝負ではロレッタはその年代のハムっ子には敵わない。
だが、今ここで俺が――俺たちが仕込んだ猛毒が猛威を振るう。
「はぁ、はぁ……ぇっと……たしか、名前を呼んじゃうと『はむまろ?』ってなっちゃうから……バトン、ぅけとってぇ~!」
「まかせてー!」
ミリィが一番で第四走者へとバトンを渡す。
そして間をあけずに黄組、青組がハムっ子たちにバトンを渡す。
そして、ハムっ子たちが一斉に走り出――さない!
「「「えっ!?」」」
バトンを受け取ったハムっ子たちの動きが一斉に緩慢になる。
体がぐゎんぐゎんと揺れ始める。
「むゎああ! ちょっと遅れたのじゃ! 巻き返すのじゃ~!」
最後に、二秒ほど遅れてリベカからロレッタへとバトンが渡る。
そして、キリリッとした表情でロレッタがこの現象の――俺たちが仕込んだ猛毒の正体を告げて走り出す。
「ウチの子たちは午後に小一時間お昼寝しておかないと、夜七時にはオネムになるです!」
その言葉を証明するように、ハム摩呂他二人のハムっ子が同時にこてっと地面に倒れて寝息を立て始めた。
「至高の、まどろみや~……むにゃむにゃ」
「ぅぉおおお!? とてつもなく可愛らしくて抱きしめたいけれど、立って走るのだハム摩呂たん! 二人の未来のために!」
隣の変態領主がなんか勝手なことを叫んでいるが華麗にスルーしておく。
「ふははははです! 長女たるあたしは、この時間でもバリバリ活動できるです! ウチのお子様たちとは違うです! 体力の配分が出来るです! 大人の女です! ビコーズ、長女だからですぅぅううう!」
ハム摩呂にこそ後れを取るものの、ヒューイット家の血筋は伊達ではなく、ロレッタはあっという間にトラックを一周して第五走者のソフィーにバトンを渡した。
「起きて! みんな! まだ競技中だよ!」
「起きるさね! こんなところで寝たら風邪引くさよ!」
「おい、みんな! 飯だってまだだろ!? 今日だけもうちょっと頑張れよ!」
エステラにノーマにデリア。
普段子供の面倒を見ているお姉さんポジションではあるが、その声は眠りに落ちたお子様たちには届かない。
寝た子は起きないのだ。オモチャでも、お菓子でも、楽しみにしていた楽しいイベントであっても!
「ねぇ……これ、どうすればいいの?」
「ん~……棄権、とか?」
「それはなくない?」
「でも、ほら、他のハムっ子ちゃんたちも寝ちゃってるよ?」
パウラとネフェリーが第七走者とアンカーを見て苦笑を漏らす。
「んじゃあ、今から急いで代走を立てたらどうだ?」
「ヤシロ……君、確実に白組が勝つ状況になってからそういうことを……」
「え、なに? じゃあ仕切り直すの?」
「そんな時間がないことを知ってるくせに、もう…………パウラ、デリア」
「もう、代走でいいよ!」
「あたいもそれでいいから、この競技終わらせようぜ! あたいもう、お腹空いて限界なんだ! 甘い物も食いたいし!」
「……マグダも、異論はない」
「そりゃマグダには異論はないだろうさ……まったく! じゃあ、チームリーダーはすぐに代走を選抜してレースを再開して!」
「うん!」
「おう!」
エステラとパウラ、そしてデリアが応援席へと駆けていきハムっ子に代わる三人の選手を引っ張ってくる。
と、そんなことをやっている間に白組はアンカーのマグダにバトンが渡り、ぶっちぎりの優勝を飾ったのだった。
さすがに非難轟々かと思われたのだが――
「あははは! しょうがねぇな、ハムっ子たちは」
「子供なんだからしょうがないわよ」
「でも、寝顔かわいい~!」
「ヤシロのヤツ、知ってやがったな?」
「まったく、とんでもねぇ男だ」
「けどまぁ、ヤシロだしなぁ」
「あぁ、見抜けなかったこっちの負けだ」
「そんなことより、腹へったぁー!」
「なんかすっげぇいい匂いしてんだけど!?」
「知ってる! アレって、陽だまり亭のカレーでしょ!?」
「食えるのか!?」
「楽しみー!」
「もう、どこが優勝でもいいから早く終われー!」
「めしー!」
「「「めーしー!」」」
――と、なんかそんな感じで割とすんなりと受け入れられた。
結局の所、四十二区ってアレなんだよなぁ。
楽しけりゃなんだっていいじゃん。
――って発想なんだろうな。基本的に。
実に賑々しく、実に馬鹿馬鹿しく、夜までかかった区民運動会はようやく全競技を終了した。
あぁ、疲れた。
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