異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】川遊び~ノーマ&イメルダ~

公開日時: 2020年12月31日(木) 20:01
文字数:3,803

 川遊び。

 

 初めに聞いた時はなんの冗談かと思ったもんだよ。

 そんな子供がやるようなことを、いい大人が集まって……って。

 

 けど――

 

「来てよかったさね」

 

 特にこのチェアベッドっていうのがいいさね。

 木枠に布を張った縦に長い椅子で、リクライニングってのをすればベッドのように寝そべることも出来るって代物で、これに寝そべっていると強い日差しも心地よく感じるさね。

 ピンと張られた布がしっかりとしつつも柔らかく体を包み込んでくれるから、木が持つあの独特の武骨さがなく、ずっと座っていても疲れない。

 

 それに、このパラソルってのもいいね。

 木の骨組みに厚手の布を張って、降り注ぐ日差しを遮って人工的に日陰を生み出している。外で寝そべっていても、太陽の光がまぶしく感じないなんて、大した発明さね。

 

 ただまぁ……

 

「なんで木、なんだろぅねぇ?」

 

 こういう場所で使用するなら、枠や骨組みは木よりも鉄の方が適してると思うんさよ。

 御覧な、枠組みの一部がもう湿ってるじゃないかさ。こういうところから腐っちまうんだ、木なんてもんはさ。

 鉄の方が向いてるってのに……発注する場所を間違ってんだよ、ヤシロは。

 

 

 ……祭りん時の金型作りは、楽しかったんだけどねぇ。

 

 

 また、あんな見たこともないような面白い仕事を任せてくれないもんかねぇ。

 

 そんな下心もあって、今日は参加してたりするんだよ、アタシは。

 どうせこういうのは身内にばかり相談するんだろう?

 なら、入り込んでやろうじゃないかさ、あんたの身内にさ。

 

 向こうで女の水着を見てニヤニヤしてるキツネ大工より、アタシの方がいいって思い知らせてやるんさね。

 

「お隣、よろしくて?」

 

 じゃりっと、小石を踏み鳴らして木こりギルドのお嬢さんがアタシの隣へやって来る。

 チェアベッドはパラソルの下に二脚並べてあるから、もう片方は空いている。

 

「好きにしなよ」

「では、お邪魔しますわ」

 

 しかし、驚いたねぇ。

 まさか、木こりギルドを四十二区に引き込んでくるなんてねぇ。

 どこまですごいことをするつもりなんだろうねぇ、あの男はさぁ。

 

「何を考えていましたの? 随分と難しいお顔をされておりましてよ?」

「そうかい? 別に大したこっちゃないさね」

 

 チェアベッドに体を預け、それでもなお口を動かす。

 しゃべりたいなら、付き合ってやるさね。

 

 サイドテーブルに置いた煙管を手に取り、火をつける。

 煙を吸い込むと、なんだかいろいろな感情が湧き上がってきた。

 

 なんだか、当たり前に声をかけられて、気が付いたらここにいるけれど……

 

「……ふぅ~」

 

 煙を吐き出すと同時に、言葉と感情が零れ落ちていった。

 

「アタシは、ここにいていいんかぃねぇ」

 

 そもそも、出会いは最低なものだった。

 それから、少し話をするようになって、それだけで。

 

 なんだか、自分一人だけ酷く場違いなんじゃないかって、そんな気がしてきた。

 

「そんなこと、考える必要もありませんわ」

 

 けれど、隣で寝そべるお嬢さんは、体を横に向けて、上品な笑みを湛えてこんなことを言った。

 

「ワタクシたちを呼んだのはあの彼なんですのよ? あの方の頭の中には損得勘定しか存在しませんわ」

 

 損得勘定。

 確かに、オオバヤシロって男は自分の利益のためには力を惜しまない男だともっぱらの噂だ。

 なら、ヤシロがアタシを誘ったのは……ヤシロがそうしたいと思ったから、なのかぃ?

 

「その彼がワタクシたちを呼んだのでしたら、ワタクシたちがここにいることこそが彼の利益になるのですわ。むしろ胸を張って感謝を要求するくらいでちょうどよろしいのですわ」

「くふふ……、利益ってのは、この水着のことかいね?」

「えぇ、さぞ眼福でしょう?」

 

 恥じるでなく、隠すでなく、堂々と胸を張るイメルダは、女のアタシから見ても得も言われぬ色香を纏いS字のラインが艶めかしく色っぽく見えた。

 ヤシロの目には、さぞ幸福な光景に映っているんだろうね。

 

「それじゃ、アタシも恩を売っておくとするかぃね」

「ですわね。相応の見返りを期待いたしましょう」

「くふふ……」

 

 面白い考え方さね。

 このお嬢さんと話が出来たってだけでも、来た甲斐があったかもしれないね。

 

「ノーマさ~ん! イメルダさ~ん!」

 

 ぺたぺたと、濡れた足音をさせてロレッタが駆けてくる。

 

「二人とも泳がないですか? 水が冷たくて気持ちいいですよ」

「アタシはここで横になってるからいいさね」

「ワタクシも、ゆったりとしていたいですわ」

「そうですかぁ。折角一緒に飛び込みして遊びたかったですのに」

「あんた……デリアの悲劇を見てなかったんかぃね?」

「いや、悲劇と言うなら、いまだに向こうで目を洗い続けてる男性陣だと思うですけど……」

「あの連中なら、あれくらいは平気さね」

 

 根拠はないけどね。

 

「それじゃ、退屈になったら一緒に遊んでです!」

「はいはい、好きなだけ飛び込んでおいでな。見守っててやるからさ」

「はいです! じゃ、行ってくるです!」

 

 ぱたぱたと走り去るロレッタの背中を見つめ、誰にも言えない思いを心の中で呟く。

 

 

 ……アタシ、泳げないんさよ。

 

 

 それがバレないように、こうして休んでる振りしてんさよ。

 川に近付けば、デリアあたりに引き摺りこまれかねないからねぇ……

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 ロレッタさんが駆けていき、ワタクシはほっと息を吐きましたわ。

 

 ……ワタクシ、泳げませんのよ?

 どうして足も着かないような水の中へ入るとお思いですの?

 みっともなく「わっぷわっぷ」とか、出来ませんわ!

 

「水辺に来て、水に入らないというのも、贅沢なものですわね」

「そうさねぇ。若い子らがはしゃいでる声を聞いているだけで楽しい気持ちになれるからねぇ。アタシはそれで充分さね」

 

 大人ですわ!?

 大人の、余裕ある発言ですわ!

 

 やはり、ワタクシの選択は間違っていませんでしたわ!

 

 いかにして泳げないことを隠し通すか。選択肢は三つありましたわ。

 まず、シスターの隣で足を水に浸す程度に留める。

 浅瀬なら、ワタクシも平気ですわ。

 でも、ミリィさんが水を蹴って遊んでいらしたので却下しましたわ。

 

 突然顔に水がかかったら、ワタクシ、泣くかもしれませんわ!

 

 第二に、殿方とお話をして時間を潰す。

 ですが、ここにいる殿方は……目潰し組の皆様は、男性だけで固まってこそこそしてらっしゃいますし、ヤシロさんは店長さんに付きっきり。

 それでなくとも、ヤシロさんだったらきっとワタクシが泳げないことを看破して「教えてやるよ」と言い出しかねませんもの。

 店長さんのカナヅチを見抜いたように。

 

 ……そして、ヤシロさんの教育は見る限りかなりスパルタですわ。

 水の中で目を開けるとか、意味が分かりませんわ。

 

 あと一人男性がいますけれど……なんなんですの、彼は?

 瞬きもせず一心不乱にネフェリーさんを見てますわ。

 先ほどの『デリア・ハプニング』の際も、一切目を逸らしませんでしたわ。

 焼き付けていますの? 焼き付きますの、それで?

 あれは、一途と言うより病気ですわね。変質的ですわ。なるべく近付かないようにいたしましょう、そうしましょう。

 

 それで、残ったのがノーマさんの隣で日光浴をする、でしたの。

 ワタクシの目論見通り、ノーマさんのような気だるげな大人女性は川遊びには消極的でしたわ!

 

 大人女子とは、水辺であろうとはしゃがず、騒がず、「みんなで楽しんでおいでませ」と日陰でゆったり過ごすものなのですわ!

 

 ……それにしても、ノーマさん。

 けしからんナイスバディですわね。

 ワタクシといい勝負……いえ、色香という点では悔しいかな惜敗かもしれませんわね。

 あの胸、何が入っていますの? ぷるんぷるんですわ。

 

「つかぬことを伺いますけれど」

「なんさね?」

「揉ませていただいても?」

「不許可さね!?」

 

 そうですの?

 女子同士ですのに。残念ですわね。

 

「……あんたもヤシロに感染してるんかぃね? 気を付けなよ」

「感染しますの、彼? 恐ろしいですわね」

「……あんたに自覚がないことの方が恐ろしいさね」

 

 ただ寝そべっているだけで、むせかえるほどの色香を振りまくノーマさん。

 負けじとセクシーポーズをとってみましたが……判定してくれる殿方がいないので勝負がつきませんわね。

 とはいえ、ここにいる殿方に優劣を決められるのは癪ですけれど。

 

 ともあれ、ワタクシはここでノーマさんと一緒にのんびりと日光浴を楽しみますわ。

 

 ……と、思った矢先、ワタクシを影が覆いましたわ。

 ただし、その影は太陽を隠した雲の影でも、パラソルの影でもなく――

 

「お前ら、折角川に来たんだから、もっと濡れろよな」

 

 ――オメロさんがまるまる入りそうな大きな樽を担いだデリアさんの影でしたわ。

 イヤな予感しか、いたしませんわ。

 

「そぅら、よっと!」

 

 ワタクシの予感通り、デリアさんは巨大な樽いっぱいの水をワタクシとノーマさんめがけて放ち、一瞬で全身がずぶ濡れになるくらいに引っ掛けましたわ。

 

「あははは! どうだ、気持ちいだろ?」

「…………デリアぁぁああ!」

「わっ!? なんだよ、ノーマ!? 冷たくて気持ちよかっただろ?」

「加減と限度ってもんがあるんさよ! そこへ直りな! 説教してやるさね!」

「やなこった! 捕まえてみろ~っだ!」

「デリアぁぁああ!」

 

 色香も優雅さもかなぐり捨て、ノーマさんがデリアさんを追いかけ回し始め、ワタクシは一人チェアベッドに横たわり――

 

「みぃぃいっ!」

 

 ――突然顔に水をかけられて、びっくりして、泣いてしまいましたわ。

 シスターが気付いて、慰めてくれなければ、早々にお家に帰っていたところですわ。

 まったくもう、ですわ。

 

 

 

 

 

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