「まだですの? ワタクシはいつになったらここを出られますの?」
先ほどから、イメルダがそわそわと落ち着きなく、「早く会場へ向かいませんこと?」と、何度も同じことを繰り返している。
会場の準備が終わり次第、迎えが来ることになっている。
だからそれまでは大人しくしていろと言っているにもかかわらず、早く見たくて仕方ないようだ。
会場がイメルダの住む木こりギルド支部であるにもかかわらず、イメルダにサプライズを仕掛けなければいけないということで、今日は早朝から、半分寝ぼけていたイメルダを陽だまり亭へと連れてきて、その間にハムっ子総動員で会場の準備を行わせている。
設営はウーマロが指揮し、料理はジネットが総監督だ。
マグダはベッコのもとへと行きサプライズの準備を手伝い、ロレッタはネフェリーたちと一緒に来賓のもてなしをしている。まぁ、来賓と言ってもハビエルたちなので、多少の失礼があってもご愛敬だ。
そんなわけで、現在陽だまり亭にいるのは、俺とイメルダ、そしてエステラとナタリアのみだ。
ナタリアはイメルダのドレスを着せるために呼んでおいた。
ウクリネスは向こうで参加者の服を着せなきゃいけないからな。
「もうそろそろ、ヤシロさんのタキシードも見飽きてきましたし……早く会場へ向かいたいですわ」
「悪かったな、飽きの来るしょうもない格好で」
くそ。昨日はなんかキャーキャー言われてたから、「ふふっ、俺も罪な男だぜ、ベイベー」とか思ってたのに……イメルダときたら……
「なかなか見られますわね」の一言で済ましやがって……そりゃお前はこういう格好の男を腐るほど見てきたんだろうが……まぁ、いいけどね、別に。
「ほら、ご覧よイメルダ。イメルダが褒めないから、ヤシロが拗ねてるよ」
心外だな、エステラ。
誰が拗ねてるか。
ただほんのちょっと、「つまんねーのー! もうやめちゃおっかなぁ!?」って気分になってるだけだ。
「服装を褒めるなどナンセンスですわ。いくら着飾ったとしてもつまらない男はつまらないものですわ」
悪かったな、つまらない男で。
「ヤシロさんの良さは、服装などに左右されず、常日頃からしっかりとこの目で見ていますわ。今さら褒めるなど、それこそ失礼というものですわ」
ん? なんだ?
つまり、「ヤシロさんってば、いっつもカッコいいんだから~!」ってことか? そういうことなのか?
「お前は見る目があるな、イメルダ」
「安いね、君は!?」
黙りなさい、エステラ。
人間誰しも、褒められれば嬉しいものだ。
お前だって、「世界最高峰のぺったんこだ」とかって言われりゃ嬉しいだろ?
「おにーちゃん!」
そこへ、イメルダが待ちに待ち続けた迎えの者が姿を見せる。
「スペシャルな日の、お召し物やー!」
小さなタキシードをピシッと着こなしたハム摩呂だ。
一丁前に髪型もいじっているようだ。
「それじゃ、向かうとするか」
「馬車を待たせてあるから、それに乗っていくといいよ」
エステラの言葉を聞き、ようやくイメルダの機嫌が直ったようだ。
「待たせた分、割増しで素晴らしいパーティーにしてくださいましね」
などと高飛車な発言をしつつも、顔は遠足当日の小学生みたいにわくわくキラキラしている。
わがままキャラは、このまま貫くつもりなのだろうか。もうかなりメッキが剥がれているんだが。……あぁ、ほら。スキップとかしちゃってるし。
「早く行きますわよ! 早く! ハリーアップですわ!」
「いや、……いいから落ち着け」
「落ち着いてますわ~♪」
「なら、歌いながら踊るのをやめろ」
くるくると回るイメルダをうまく誘導し、陽だまり亭を出る。
と、そこには、シンデレラが大挙して押し寄せてきそうな、なんともメルヘンな意匠の馬車が停まっていた。
イメルダがとても好んでいる大工、トルベック工務店のナンバー2、ヤンボルドの作品だ。
「まぁっ! 素敵ですわ! こんなに美しい馬車は、ワタクシ、今までに見たことがありませんわ!」
従来は、いくらオシャレな馬車といっても壁や天井は直線の箱型で、そこにどれだけ美しい細工を施すか、という程度のことしかされていなかった。
しかし今回の馬車は、壁が緩やかなカーブを描き、まさにカボチャの馬車のようなキュートなフォルムをしているのだ。
そして、そんなキュートな馬車を引く馬も、普通の馬ではない。
イメルダがとことん気に入るように、特別な馬を、本日限りで、交渉に交渉を重ねて、なんとかかんとか手配したのだ。
この馬車を引く馬……それは!
「……会場まで、案内する。オレ、馬車、引く!」
「ヤ、ヤンボルドさん!?」
そう! ウマ人族、馬面、馬並みのヤンボルドだ!
「イメルダがお気に入りみたいだったから、馬車を引いてもらうことにした」
「扱いがおかしいですわ!? ヤンボルドさんにそんな真似……もし、手に怪我でもされたら……!?」
「ヒヒーン!」
「ヤンボルドさんがやる気ですわっ!?」
まぁ、そう心配すんな。ヤンボルドは力が強いタイプの獣人族で、樹齢数百年の巨大な丸太を軽々と持ち運べてしまうような男なのだ。人間が二人乗った程度の馬車くらい、余裕なんだよ。
そしてこいつは、こういうバカバカしいことが大好きなのだ。
エスコート役として、俺とハム摩呂が同乗し、イメルダを挟むようにして席に着く。
「さぁ、行くのだヤンボルド!」
「メェェエエッ!」
ヤンボルドが嘶く! ……嘶いてないけど! 「メェエ」だったけども!
とにかく、張り切ったヤンボルドに引かれ、俺たちの乗った馬車はゆっくりと動き始め、そして、会場へ向かって走り出した。
エステラとナタリアは、あとから徒歩でやって来る。
この馬車は、本日の主役であるイメルダを優雅に会場へ連れて行くための演出なのだ。
「ヤ、ヤシロさんっ!? あ、あの!? 速ッ、も、物凄く速いですわ!? カーブが! カーブが怖いですわ!?」
「かかるGが、魔獣級やー!」
「ヤンボルド! もっとゆっくり! ゆっくりでいいから!」
「ゲロゲーロ!」
「お前っ、悪ふざけもいい加減にしろよっ!?」
「荒れ狂う、慣性の法則やー!」
凄まじい速度で疾走する馬車の中で、イメルダとハム摩呂が俺の腕にしがみついてくる。いつの間にか俺が真ん中になっていた。ハム摩呂軽いから、Gがかかると飛んでっちゃうんだよな……
その後もヤンボルドの暴走は続き、木こりギルドを通り過ぎては引き返し、そして引き返し過ぎてはまた通り過ぎるまで爆走し、その度その度、凄まじい重力を俺たちにかけつつUターンを繰り返して……完全に悪乗りしてやがる。馬車でドリフトとか、初めて見たっつの。
「ヤ、ヤンボルドさんに対する評価を……改めさせてもらいますわ……」
真っ青な顔をして、イメルダが言う。
仕事は出来るヤツなんだが……そもそも何を考えているのかまったく分からないヤツでもあるのだ。職人って、そういう人多いよね。
「ヤ、ヤシロさん、大丈夫ッスか!? だからオイラ、ヤンボルドだけはやめた方がいいって……」
会場前に急停車した馬車に駆け寄ってきたウーマロがおろおろとした顔で言う。
ホント、よく知っているヤツの忠告は素直に聞くもんだよな……サプライズにこだわり過ぎて命を落とすところだった。
「オレ、サプライズっ!」
「……こっちがサプライズだっつの……」
まさかここまで酷いとは……
少々衣服が乱れてしまったため、準備委員会館の中で服装やメイクの乱れを直してもらう。
待機していたウクリネスが器用にパパパッとやってくれた。こいつはメイクも出来るのか……万能だな、服屋。
「ワタクシ、ここには初めて入りましたわ」
「今回のパーティーの準備をしていた場所だからな、入れるわけにはいかなかったんだよ。それから、他の部屋には入るなよ。まだ見せられない物がしまってあるからな」
例えば、お前んとこの親父、とかな。
「まだ何かあるんですのね。楽しみですわ」
馬車酔いもどこへやら。会場が目の前に迫り、イメルダのわくわくはピークを迎えているようだ。
会館に、エステラが入ってくる。
「それじゃあ、会場に向かおうか」
「どうやって先回りを!? サプライズですわ!?」
「いや……君たち、結構な時間行ったり来たりしてたからね……」
徒歩の方が断然速かったというオチである。
サプライズが留まるところを知らない。
エステラに先導され、五分ほどの道のりを歩く。
先ほどから何度か見切れてはいたのだが、改めて見ると、こう……「おおぉお……」と、息が漏れてしまう。
会場は、とても華やかに、そしてエレガントに、美しく飾りつけられていた。
ミリィとアリクイ兄弟が用意した花の絨毯。通路の周りを埋め尽くす色とりどりの花からは、甘い香りが漂い、目だけでなく鼻までもを楽しませてくれる。
「素敵ですわ」
イメルダがちょっとうるうるしている。
よしよし、いい感じだ。
花に囲まれた道を進み、大きな中庭へとやって来る。
以前、イメルダの家に泊まりに来た際、ジネットが怪しい動きをしていた場所だ。
あの頃はこの屋敷しかなく殺風景だったが、今は周りに様々な建物が立ち並び、ちょっとした町のようになっている。
木材を保管する倉庫や、加工をするための工場、木こりたちがくつろぐための施設など。実に充実している。
よくもこれだけのものを作り上げたもんだな。
「イメルダさん、ヤシロさん。お待ちしていました」
中庭には、四十二区の住民たちが集結しており、盛大な拍手をもってイメルダを出迎えた。
「みなさん……どうされたんですの、その服…………が、柄にもなくおめかしなんてなさって……ま、まぁまぁ、見られますわね!」
自分の発案したパーティーに、これだけ多くの者が、それも正装して、誠意をもって集まったのだ。
イメルダにとっては、さぞ嬉しいことだろう。
瞳に薄く張った水の膜が、太陽の光を反射してきらりと光った。
中庭には、長いテーブルがいくつも設置され、その上には色とりどりの料理が並んでいる。
デリアが目を輝かせて眺めている付近はケーキコーナーで、四十二区内に存在するすべてのケーキがそこに並んでいる。
屋敷を背にして立てるようなポジションにちょっとしたステージが設けられている。一度登れば嫌でも注目される、そういう場所だ。
「じゃあ、主催者の挨拶といこうか」
「分かりましたわ」
さすがというべきか、こういう場所でのスピーチを臆することなく、イメルダは胸を張って壇上へと上がる。
「皆様………………以下同文」
「落ち着け、イメルダ! 普通でいいから、挨拶して!」
壇上に上がり一気に視線を集めると、さすがのイメルダも緊張してしまうようだ。
すーはーと深呼吸をして、イメルダが再び話し始める。
「本日はお集まりいただき、感謝いたしますわ。多くの方に協力していただき、こんなに素晴らしいパーティーが開催できること……嬉しく思いますわ。本当に、ありがとうございます」
とても素直に、イメルダが感謝の気持ちを述べて頭を下げる。
頭を上げた後、チラリと俺を見たかと思うと、にこっと微笑みをくれた。
小さく手を振ってそれに応えると、イメルダは嬉しそうに前を向き、話を続けた。
「これだけの人数が集まってしまっては、室内でのパーティーは不可能ですわね。屋外で何かと不便はあるかもしれませんが、どうか、心ゆくまで楽しんでいってくださいまし」
イメルダが礼をすると、拍手が巻き起こる。
そんなわけで、パーティーの始まりだ。
乾杯の後、招待客たちは一斉に食べ物へと群がる。
ケーキが大人気だ。……いや、まず飯食おうぜ。
「魔獣ソーセージくださいです!」
「ちょっと、ロレッタ! 一人でそんなに食べないでよね!?」
「今日は食べ放題です!」
「他の人の分もあるんだからね!」
飯は飯で、なんだかんだ盛り上がっているな。
……つか、どんだけ好きなんだよ、魔獣ソーセージ。
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