異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

追想編4 マーシャ -2-

公開日時: 2021年3月11日(木) 20:01
文字数:2,960

「あ~ぁ☆ もっとおっぱい大きくならないかなぁ~?」

「おいおい。それ以上になったら、オオシャコ貝でも着けなきゃいけなくなるぞ?」

 

 へぇ……

 ビックリ。

 オオシャコ貝なんて、海の底でもあんまり見かけないようなものまで知ってるなんて。

 

「ヤシロ君の博識には驚かされちゃうなぁ~」

「おうよ! おっぱいに関して知らないことなんてないぜ!」

「えぇ~……そっちなのぉ?」

 

『海の知識は』って言ってほしかったなぁ~。

 

 まぁ、ヤシロ君は四十二区の人だもんね。

 海に出ることもないし…………あ、なんかヘコみそう。話題変えちゃお。

 

「それで、デリアちゃんは元気そうだった?」

「あぁ……それなんだがなぁ…………」

 

 ヤシロ君がバツが悪そうに頬をかく。

 あれれ? 何か仕出かしちゃったのかな?

 

「川の主を取り逃がしたのが相当悔しかったみたいで、泣いちゃってな」

「へぇ~……デリアちゃんが、泣いたの?」

「あぁ……泣き止ませるのに苦労したよ。今度甘いものをご馳走するって言ったら、嬉しそうに帰っていったけどな」

 

 …………それって、きっと違うよ、ヤシロ君。

 もしかしたら、記憶への干渉で感性が鈍くなっちゃってるのかな?

 気付かないなんて、ヤシロ君らしくないねぇ。

 

 ……そっか。喜んでたかぁ。

 …………いいなぁ。

 

 …………あっ、ダメだ。

 心の中に、悪い私が出てきちゃう……

 他人を羨んで、妬んで、ダメだって分かってることをやっちゃいたくなる困った感情…………でも、今は出てきちゃダメだよ…………

 

「ねぇ、ヤシロ君」

 

 今のヤシロ君を悩ませるようなこと……言っちゃダメ……

 

「もし、私が泣いてたら、慰めてくれる?」

「イヤだな」

 

 …………え。

 即答……?

 

 それは……さすがに、ちょっと…………寂しい、よ。

 

「お前の泣いてる顔なんか見たくねぇもん。その代わり――」

 

 言いながら、ヤシロ君は私の髪の毛を、こう……くしゃくしゃって…………撫でてくれた。

 

「嬉しい時には、いっぱい話を聞かせてくれな。魚のことでも海のことでもなんでもいい。いくらでも付き合ってやるからよ」

「…………へ、へぇ……そっかぁ。うんうん。いくらでもいいのかぁ」

 

 …………驚いた。

 ……なんで?

 なんで、こんなにドキドキするんだろう?

 

『マーシャには、いつでも笑っててほしい』

 

 そんな言葉を、言われた気がした。

 言われてないのに…………言われたみたいな満足感が……顔の筋肉を緩ませちゃう……

 

「うふふ~、言質取ったからねぇ☆ た~っぷり付き合ってもらうからねぇ☆ 一晩じゃ足りないかもしれないんだからね☆」

「睡眠時間はくれな。朝から晩まで働き詰めなんだから、あの食堂」

 

 ……『あの食堂』?

 

 …………まさか、記憶の欠損……進行してる?

 

「ヤ、ヤシロく……」

「でも、そうだな」

 

 その時、私は間の抜けた顔をしていたと思う。

 

「今度泊まりに来いよ」

「………………へ?」

 

 泊まりに…………え? ヤシロ君の部屋に…………え、え、えっ、それって…………

 

「みんなが泊まりに来た時も、お前は来たことないもんな。結構楽しいんだぞ、ゲームしたり」

「へ、へぇ……そうなんだぁ。へぇ~、いいなぁ。じゃあ次は私も混ぜてもらおうかなぁ☆」

 

 ビ、ビックリしたよぅ!

 だよね! そうだよね!

 ヤシロ君がそんなこと言うわけないもんね。

 

 みんなで、だって。

 

 …………もう、ヤシロ君は。迂闊な発言が多いんだから。

 これ、私じゃなかったら、目を白黒させて大パニックになってるところだよ?

 気を付けないと、勘違いされちゃうんだからね。

 

「そのためにも、絶対思い出すからな、お前のこと」

「…………」

 

 それは……ズルいよ。

 

 だって、それは…………勘違い、しちゃうよ。

 

「………………むぅ」

「なんですねるんだよ?」

「……本当は、ヤシロ君いろいろ知ってるんでしょ? 私のこと」

「Fカップ」

「そういうことじゃなくて」

 

 またそうやってはぐらかそうとする……けど、今日は誤魔化したりさせない。

 ちゃんとヤシロ君の言葉で言ってもらう。たった今、そう決めた。

 

「それとも、本当は寂しがり屋だってことか?」

「へ……」

 

 言葉に詰まった。

 私、は……別に寂しがりってわけじゃ……

 

「ホントは、猛暑期の川遊びとか豪雪期のかまくらとか、一緒にやりたかったんだよな?」

「え、ど、どうして……あっ、デリアちゃんから聞いたの?」

「いやぁ。見てりゃ分かるよ、それくらい」

 

 嘘だ。

 嘘だ嘘だ。

 だって、これまでは誰も私の本音なんて気付きもしなかったもん。

 

「それから、結構ヤキモチ焼きなんだよな」

「ふぇ……っ!?」

「他のヤツが楽しそうに話してるのを聞いて、たまにほっぺたぷっくりさせてるもんな」

「さ、させてないよぅ!?」

「してるよ。こう……『ぷくぅ』って……」

「してないもん! してないもんんん~!」

「ははっ、結構可愛い顔してるぞ、そういう時」

「むぅ……」

 

 そんなところで可愛いとか言われても…………素直に喜べないよ。

 

「すごいよな、世界って」

「せかい?」

「いや、ほら。海は広いしさ、深いだろ? 何十年かかったって全部を見て回ることなんか出来ない」

「うん」

「かと思えば、こんな壁に囲まれた街の中の、四十二区って小さな街の中では、世界がどんどん変わっていくんだ。昨日なかったものが今日出来てたり、今は出来ないことが、いつか出来るようになったり」

「うんっ」

「どこ見ていいのか、分かんなくなるよな」

「うんうんっ! そう! そうなの!」

 

 人魚は海から出られない。

 人間の街へ――陸の街へ行くのは危険だ、無謀だって、最初はみんなそう言ってた。

 でも、私は見てみたかった。人間の街を。陸の生活を。

 

 そして、見てみたら、虜になった。

 陸の上は、面白いことがいっぱいだった。

 

 もう、羨ましくて羨ましくて、どうして自分には足がないんだろうって何度も思った。

 足があったら、好きな時に街へ行けるのに……

 羨んでも羨んでもまだ足りない。もっと陸の街を見たいと思った。

 

 そんな時、デリアちゃんと出会って、エステラと出会って……私は夢中で陸の街を見学した。

 

 仲良くしてもらって、楽しいものたくさん見て――狭い陸の街のこと……もう全部見尽くしたかなぁなんて思い始めた頃……、ヤシロ君に会った。

 

 衝撃だった。

 コンスタネイション――仰天した。

 

 街が、みるみる発展していく。

 街のみんなが、みんな見違えるほど明るくなって活き活きし始めて、同じ街だなんて思えないくらいに綺麗になって……

 

 その変化の中心にはいつもヤシロ君がいた。

 

 奇想天外で、大胆不敵。

 やってることと言ってることはメチャクチャで、到底正気の沙汰とは思えない振る舞いの数々。

 

 けれど、……だからこそ、みんなが彼に夢中になった。

 

 恋なんてしたこともないようなデリアちゃんが、女の子みたいに赤い顔をしていつも話してくれた。『ヤシロがこんなことを言ってくれた』『ヤシロがあんなことした』『ヤシロが』『ヤシロが……』って、キラキラした瞳で。

 エステラもそう。

 口には出さなくても、いつも彼のことを気にかけている。

 

 そして、ついにはルシア姉やギルベルタちゃんまで……

 

 いいなぁ……

 羨ましいなぁ……

 

 私にも足があれば……陸の上で生きていければ…………そうしたら、きっと。

 もっと…………ね?

 

 私がこんなに絶賛する人なんて、他にいないんだからね。

 分かってるのかなぁ、そこんところ。

 

 ……分かられてると、恥ずかしくてちょっと困るけどね。

 

 だって、浅ましいしね、そんなの。

 

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