「あ~ぁ☆ もっとおっぱい大きくならないかなぁ~?」
「おいおい。それ以上になったら、オオシャコ貝でも着けなきゃいけなくなるぞ?」
へぇ……
ビックリ。
オオシャコ貝なんて、海の底でもあんまり見かけないようなものまで知ってるなんて。
「ヤシロ君の博識には驚かされちゃうなぁ~」
「おうよ! おっぱいに関して知らないことなんてないぜ!」
「えぇ~……そっちなのぉ?」
『海の知識は』って言ってほしかったなぁ~。
まぁ、ヤシロ君は四十二区の人だもんね。
海に出ることもないし…………あ、なんかヘコみそう。話題変えちゃお。
「それで、デリアちゃんは元気そうだった?」
「あぁ……それなんだがなぁ…………」
ヤシロ君がバツが悪そうに頬をかく。
あれれ? 何か仕出かしちゃったのかな?
「川の主を取り逃がしたのが相当悔しかったみたいで、泣いちゃってな」
「へぇ~……デリアちゃんが、泣いたの?」
「あぁ……泣き止ませるのに苦労したよ。今度甘いものをご馳走するって言ったら、嬉しそうに帰っていったけどな」
…………それって、きっと違うよ、ヤシロ君。
もしかしたら、記憶への干渉で感性が鈍くなっちゃってるのかな?
気付かないなんて、ヤシロ君らしくないねぇ。
……そっか。喜んでたかぁ。
…………いいなぁ。
…………あっ、ダメだ。
心の中に、悪い私が出てきちゃう……
他人を羨んで、妬んで、ダメだって分かってることをやっちゃいたくなる困った感情…………でも、今は出てきちゃダメだよ…………
「ねぇ、ヤシロ君」
今のヤシロ君を悩ませるようなこと……言っちゃダメ……
「もし、私が泣いてたら、慰めてくれる?」
「イヤだな」
…………え。
即答……?
それは……さすがに、ちょっと…………寂しい、よ。
「お前の泣いてる顔なんか見たくねぇもん。その代わり――」
言いながら、ヤシロ君は私の髪の毛を、こう……くしゃくしゃって…………撫でてくれた。
「嬉しい時には、いっぱい話を聞かせてくれな。魚のことでも海のことでもなんでもいい。いくらでも付き合ってやるからよ」
「…………へ、へぇ……そっかぁ。うんうん。いくらでもいいのかぁ」
…………驚いた。
……なんで?
なんで、こんなにドキドキするんだろう?
『マーシャには、いつでも笑っててほしい』
そんな言葉を、言われた気がした。
言われてないのに…………言われたみたいな満足感が……顔の筋肉を緩ませちゃう……
「うふふ~、言質取ったからねぇ☆ た~っぷり付き合ってもらうからねぇ☆ 一晩じゃ足りないかもしれないんだからね☆」
「睡眠時間はくれな。朝から晩まで働き詰めなんだから、あの食堂」
……『あの食堂』?
…………まさか、記憶の欠損……進行してる?
「ヤ、ヤシロく……」
「でも、そうだな」
その時、私は間の抜けた顔をしていたと思う。
「今度泊まりに来いよ」
「………………へ?」
泊まりに…………え? ヤシロ君の部屋に…………え、え、えっ、それって…………
「みんなが泊まりに来た時も、お前は来たことないもんな。結構楽しいんだぞ、ゲームしたり」
「へ、へぇ……そうなんだぁ。へぇ~、いいなぁ。じゃあ次は私も混ぜてもらおうかなぁ☆」
ビ、ビックリしたよぅ!
だよね! そうだよね!
ヤシロ君がそんなこと言うわけないもんね。
みんなで、だって。
…………もう、ヤシロ君は。迂闊な発言が多いんだから。
これ、私じゃなかったら、目を白黒させて大パニックになってるところだよ?
気を付けないと、勘違いされちゃうんだからね。
「そのためにも、絶対思い出すからな、お前のこと」
「…………」
それは……ズルいよ。
だって、それは…………勘違い、しちゃうよ。
「………………むぅ」
「なんですねるんだよ?」
「……本当は、ヤシロ君いろいろ知ってるんでしょ? 私のこと」
「Fカップ」
「そういうことじゃなくて」
またそうやってはぐらかそうとする……けど、今日は誤魔化したりさせない。
ちゃんとヤシロ君の言葉で言ってもらう。たった今、そう決めた。
「それとも、本当は寂しがり屋だってことか?」
「へ……」
言葉に詰まった。
私、は……別に寂しがりってわけじゃ……
「ホントは、猛暑期の川遊びとか豪雪期のかまくらとか、一緒にやりたかったんだよな?」
「え、ど、どうして……あっ、デリアちゃんから聞いたの?」
「いやぁ。見てりゃ分かるよ、それくらい」
嘘だ。
嘘だ嘘だ。
だって、これまでは誰も私の本音なんて気付きもしなかったもん。
「それから、結構ヤキモチ焼きなんだよな」
「ふぇ……っ!?」
「他のヤツが楽しそうに話してるのを聞いて、たまにほっぺたぷっくりさせてるもんな」
「さ、させてないよぅ!?」
「してるよ。こう……『ぷくぅ』って……」
「してないもん! してないもんんん~!」
「ははっ、結構可愛い顔してるぞ、そういう時」
「むぅ……」
そんなところで可愛いとか言われても…………素直に喜べないよ。
「すごいよな、世界って」
「せかい?」
「いや、ほら。海は広いしさ、深いだろ? 何十年かかったって全部を見て回ることなんか出来ない」
「うん」
「かと思えば、こんな壁に囲まれた街の中の、四十二区って小さな街の中では、世界がどんどん変わっていくんだ。昨日なかったものが今日出来てたり、今は出来ないことが、いつか出来るようになったり」
「うんっ」
「どこ見ていいのか、分かんなくなるよな」
「うんうんっ! そう! そうなの!」
人魚は海から出られない。
人間の街へ――陸の街へ行くのは危険だ、無謀だって、最初はみんなそう言ってた。
でも、私は見てみたかった。人間の街を。陸の生活を。
そして、見てみたら、虜になった。
陸の上は、面白いことがいっぱいだった。
もう、羨ましくて羨ましくて、どうして自分には足がないんだろうって何度も思った。
足があったら、好きな時に街へ行けるのに……
羨んでも羨んでもまだ足りない。もっと陸の街を見たいと思った。
そんな時、デリアちゃんと出会って、エステラと出会って……私は夢中で陸の街を見学した。
仲良くしてもらって、楽しいものたくさん見て――狭い陸の街のこと……もう全部見尽くしたかなぁなんて思い始めた頃……、ヤシロ君に会った。
衝撃だった。
コンスタネイション――仰天した。
街が、みるみる発展していく。
街のみんなが、みんな見違えるほど明るくなって活き活きし始めて、同じ街だなんて思えないくらいに綺麗になって……
その変化の中心にはいつもヤシロ君がいた。
奇想天外で、大胆不敵。
やってることと言ってることはメチャクチャで、到底正気の沙汰とは思えない振る舞いの数々。
けれど、……だからこそ、みんなが彼に夢中になった。
恋なんてしたこともないようなデリアちゃんが、女の子みたいに赤い顔をしていつも話してくれた。『ヤシロがこんなことを言ってくれた』『ヤシロがあんなことした』『ヤシロが』『ヤシロが……』って、キラキラした瞳で。
エステラもそう。
口には出さなくても、いつも彼のことを気にかけている。
そして、ついにはルシア姉やギルベルタちゃんまで……
いいなぁ……
羨ましいなぁ……
私にも足があれば……陸の上で生きていければ…………そうしたら、きっと。
もっと…………ね?
私がこんなに絶賛する人なんて、他にいないんだからね。
分かってるのかなぁ、そこんところ。
……分かられてると、恥ずかしくてちょっと困るけどね。
だって、浅ましいしね、そんなの。
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