「まぁ、そんなわけで、今日は仕事がなくなったんッスよ」
そう言って、ウーマロは店内をキョロキョロと見渡す。
……仕事がなくなったからマグダに会いに来たってんだな? だから、いねぇってのに。
「折角、三十区でいいものを買ってきたんッスけどねぇ……」
「いやぁ、そいつは悪いな。わざわざ俺のために」
「もちろん、マグダたんのためッスよ!」
手を差し出す俺から守るように、ウーマロは茶色い小袋を抱きかかえる。
マグダが喜びそうなものと言えば…………
「乳パッドか?」
「オ、オオ、オイラッ、そんなもの女性にプレゼントできないッス!」
なんだよ、気の利かねぇヤツだな。
乳パッドだったら、今ちょうどエステラが来ているから貸してやってもいいかと思ったんだが……
「珍しい食べ物が売ってたんッスよ」
そう言って、ウーマロは小袋の中身をテーブルへと広げる。
ごろんと転がり出てきたのは、黄色い粒がびっしりとついた20センチ程度の棒状の食い物だった。
「お。トウモロコシじゃねぇか」
「ヤシロさん、なんでも知ってるッスね!?」
この街では珍しい食い物なのか?
「でも、こいつは普通のトウモロコシとはちょっと違うんッス」
ここでも、ウーマロは得意げな表情を見せる。
普通じゃない? 変わった食い方でもするのか?
「湯がいて丸齧りするんじゃないのか?」
「…………そ、その通りッス」
普通じゃねぇか!?
「ヤシロさんって、もしかして貴族かなんかなんッスか?」
「は? トウモロコシなんか普通に食うだろ?」
「食わないッスよ、トウモロコシなんて。乾燥させて、鳥のエサにするものなんッスから」
「鳥のエサ?」
「そうッスよ。普通のトウモロコシは皮が硬くて、とても食えたもんじゃないッスよ」
…………そうなのか?
日本で売ってたトウモロコシって、もしかして品種改良に改良を重ねて誕生したものだったのかな?
「四十二区のトウモロコシは、もっと小さくて、硬くて、貧相な野菜ッスよ」
「別の区のは、いいトウモロコシだってのか?」
「三十区のは、とにかく美味いッス」
トウモロコシねぇ……
「ところで、ヤシロさん」
「なんだ?」
トウモロコシを手に取り眺めていると、ウーマロが俺をジッと見つめてきた。
……なんだよ、気持ち悪い。
盗んだりしねぇから安心しろよ。
ふと見ると、トルベック工務店の連中が全員俺に注目していた。
……な、なんだよ、お前ら?
「……ヤシロさん」
「…………なんだ?」
「そろそろ……注文、取ってくれないッスかね?」
「………………あ?」
「オイラたち、腹減ったッスよ……」
注文…………
「なんで俺が?」
「ヤシロさん、ここの従業員ッスよね!?」
まぁ、そうなんだが……
「なんだよ、お前ら……俺のエプロンドレス姿を期待してるのか?」
「飯が食いたいんッスよ!」
「ジネットに言え!」
「じゃあ連れてきてくださいッス!」
お、そうか?
ウーマロがそこまで言うんならしょうがねぇな。
俺は別に、そんな気はまったくないんだけどさ、お客様がそう言うんなら、これは従業員として従わないわけにはいかないよな?
立ち入り禁止と言われたが、他ならぬお客様――それもお得意様の上客様のご要望だ。俺はすぐにでもジネットを呼びに行かなければいけない。
ジネットのいる、ジネットの部屋へと。
その際、まかり間違って、ついうっかり、ラッキースケベ的に美少女の入浴を覗いてしまったとしても、これは完全なる不可抗力であり、俺には一切の非がないよな?
「よぉし、分かった! 今すぐ呼んでこよう!」
「ちょっ、ヤシロさん!? なんでそんなテンション上がってんッスか!?」
ウーマロの言葉を背に受け、俺は喜び勇んで足を踏み出した。
新たに誕生した、期間限定の桃源郷へ向けて!
「ちょっと待ってくださいッス!」
だが、動き出した俺を、ウーマロたちトルベック工務店の面々が取り押さえてきやがった。
えぇい、何をする!? 離せ! 離さぬか!
「控えおろう! 頭が高いぞっ!」
「なんなんッスか、その口調!? 誰気取りなんッスか!?」
「つか、グーズーヤにヤンボルド! なんでお前らまで俺の邪魔をするんだよ!?」
「なんだか、今のヤシロさんを見ていると、不安しか感じないです!」
「……ジネットさんのピンチ、オレ、阻止する!」
なんてヤツらだ!?
こいつらは全員俺の敵か!?
「エステラさん、どうしたんですか?」
その時、厨房の奥からジネットの声が聞こえてきた。
…………なんてことだ………………桃源郷は……もう、消失してしまったのか……
夢の時間は…………もう、終わってしまったらしい…………
全身から力が抜けていく…………
俺は耐えがたい脱力感を覚え、ただ声のする方へと視線を向けるしか出来なかった。
俺が動かなくなったことで、俺を押さえつけるウーマロたちの力も弱まる。
全員、言葉を発さず、ジッと厨房の出入り口を眺めている。
荒んだ空間に女神の声がしたのだ、注目してしまう気持ちは、まぁ分からんではない。
「早く食堂に行って、お食事にしましょう」
「や……しかし…………この格好は……」
「とってもお似合いですよ。エステラさん、可愛いです」
「そ……そうかな…………? ちょっと小さいし……」
「ヤシロさんも、きっと可愛いって言ってくださいますよ」
「ヤッ、ヤシロのことなんか、別にどうでもいいんだけどね!」
俺のいないところで俺を悪く言うなよ……泣くぞ?
「……でも、やっぱり、人に見せられる格好じゃない、よね……」
「大丈夫ですよ。わたしとヤシロさんしかいませんから」
「…………ヤシロに見られるのが一番嫌なんだけどなぁ……」
え、なに? 俺のこと嫌いなの?
泣くよ?
「ほら。行きましょう」
「ん~~~~…………分かったよぉ……」
泣きそうな、なんとも情けないエステラの声がした直後、ジネットが厨房から姿を現した。
「あ、ヤシロさ……きゃっ!?」
そして、カウンター前で固まっている俺を含めて九人の男どもを見て、ジネットは短い悲鳴を上げる。
そりゃ、驚くわな。
「ど、どうしたんだい、ジネットちゃ…………」
ジネットに続いて姿を現したエステラが、食堂内の光景を目にして固まる。
そんなエステラは、マグダの制服を身に纏っていた。
ぴっちりと体に張りつき、控えめながらも微かに凹凸のある体のラインを浮き彫りにするワンピース。ヒラヒラのエプロンドレスは、いつものクールなイメージのエステラをフェミニンな印象に変貌させ、見ているこちらの背筋をむずむずとさせる。
マグダの制服はやはりエステラには少し小さかったようで、スカートの丈が超ミニスカートのようになっている。そのせいで細く白い太ももの大半があらわとなり、眩しく輝いているように見える。
濡れた髪は艶っぽく、『可愛らしい服を着せられて照れるクール女子』をいい塩梅で引き立たせ、得も言われぬいい味を醸し出している。
「ぃっ………………にゃやぁぁあああああっ!?」
悲鳴と共にしゃがみ込んだエステラ。
だが、しゃがんだ拍子にスカートの裾から眩しい太ももが、ちょっと奥まで顔を覗かせる。
「エステラ、グッジョブだっ!」
「うぅぅう、うううぅううるさいっ!」
顔を真っ赤に染め俺に吠えた後、エステラは厨房の奥へと引っ込んでしまった。
エステラの姿が見えなくなった途端、ウーマロが倒れた。
きっと、女の子に対するときめきが許容量を超えたのだろう。
ウーマロ以外にも、エステラの姿に見惚れる者が続出していた。
「……美しい」
「……エステラたん……マジ女神」
「…………踏まれたい」
「……俺、今日死んでも悔いはない」
何人かおかしなヤツがいるようだが……あ、全員漏れなく変か……エステラの制服姿は破壊力抜群だったようだ。
……あいつ、雇おうかな?
「あ、あの。みなさん! え、えと……ようこそ陽だまり亭へ!」
ジネットもテンパって、おかしなタイミングで挨拶をしている。
「ジネット」
「は、はい」
「エステラはこれから飯を食うのか?」
「え、あ、はい。随分と遅くなってしまいましたが」
「んじゃあ、ついでにこいつらの分も……」
「自分! エステラさんと同じものを!」
「俺も!」
「オレも!」
「それがしも!」
「じゃあ俺はエステラたんの食べ残しを!」
「だったら俺はエステラたんをっ!」
「よし、後ろ二人は出て行け」
ウチの関係者に手を出すことは俺が許さん。
踊り子さんにはお手を触れない! これ、全世界共通、鉄壁のルール!
俺は、甚く反省した二人をとりあえず許し、その代わり、全員に席から立ち上がらないという条件をのませた。
ヤロウどもから離れた奥の席をエステラの席として、遠くから眺める権利だけを与えてやった。……まぁそれでも、ヤロウどもは大喜びではあったが。
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