「ヤシロさん、すごいです。お子さんの気持ちまでよく理解して……本当に、すごいです」
なぜか、ちょっと泣きそうな目をしてジネットが言う。
……なんで涙目なんだよ?
「なんだか…………お祖父さんみたいです」
「誰が年寄り臭いか!」
「あ、違います! わたしの祖父に、少し……ダブるものがありまして」
なんか、前にもそんなことを言われた気がするな。
俺ってそんなにジジイっぽいのか?
「こういうのは、どこで思いつかれるんですか?」
「あぁ、これは……」
…………自分のことなんか、話したことないんだが…………ま、いっか。
「女将さんが、俺にやってくれたことでな」
「おかみさん?」
「まぁ…………母親だ」
俺にとっての母親は、やっぱり女将さんなんだ。
「そうなんですか……素敵なお母様なんですね」
「まぁ……そうかもな」
くっそ。
他人に褒められて…………ちょっと嬉しいとか、なんでだ?
「食べたー!」
「おぅ! 偉いぞ、クソガキ!」
「それ、褒めてるのかい?」
「めっちゃ褒めてんじゃねぇかよ。なぁ、ガキ?」
「うん!」
エステラが小首を傾げる。
なんでそんな反応なのか、こっちが小首を傾げたい気持ちだわ。
「本当に、ご迷惑をおかけしました」
ババアが丁寧に畳んだエプロンを返しつつ頭を下げる。
「いいえ。こちらも新しい発見がありましたし。どうかお気になさらないでください」
恐縮して、ジネットも頭を下げ返す。
おにぎりの追加料金を払うと言うババアの言葉をやんわり断り、焼き鮭定食二人前の代金を受け取る。
ババアは何度も頭を下げ、ガキは元気に手を振り、店を出て行った。
「よかったです。喜んでもらえて。ヤシロさんのおかげです」
「しかしまぁ、ガキにはちょっと多いのかもしれないな」
「そうですねぇ……たまにですが、少しだけ食べ残されるお子さんがいらっしゃいますね」
飽食の日本とは違い、この街で食べ残すなんてことは基本的にあり得ない。
なんと言っても、ここは最貧区なのだ。骨付きカルビの骨を三日三晩しゃぶり続けるような生活水準だった街なのだ。
なのに食い残しが出るってことは、純粋に量が多いのだろう。
「お客さんの食べ残しは、再利用のしようがありませんから……少し、もったいないですよね」
「堆肥に混ぜてやれば、そのうち肥料になるかもしれんが……それも限度があるしな」
使い回して別の客に、なんてことが出来るはずもなく、結局は生ごみとしてまとめ、堆肥にするくらいしかないのだ。……ブタに食わせるとか……つっても、家畜にはそれ用のエサを各ギルドが作ってるしな。
「ウチじゃあ、ウーマロの料理に紛れ込ませるくらいしか使い道ないよなぁ」
「紛れ込ませないでほしいッス!」
凄まじくいいタイミングでウーマロが陽だまり亭へやって来た。
なんなら、外でスタンバイしていたんじゃないかってレベルのナイスタイミングだ。
「企業秘密を盗み聞きするなよ、いやらしい」
「企業秘密じゃないッス! それはただの陰謀ッス!」
ぷりぷり怒るウーマロを、ジネットが座席へと案内する。
なんだかんだで客が捌け、店内は顔馴染みばかりになっていた。
ウーマロがやって来たってことは……もうそんな時間か。
「……ただいま戻った」
「今日も完売したです!」
マグダとロレッタが揃って店内へ入ってくる。
この二人は陽だまり亭二号店と七号店の移動販売の陣頭指揮を執っていたのだ。
ランチ後は、やはりまだ客足が遠のくので、その時間二人は移動販売の方へ行っているのだ。
ランチ後から数量限定で発売される『午後メニュー』を引っ提げて。
ポップコーンは新味のキャラメルポップコーン。
タコスは、タマゴサラダを挟んだタマゴサンドが毎日数量限定で発売されている。
夕飯までの小腹を満たす用途で、これらはいい売り上げを記録している。
「マグダたんっ! 外回りお疲れ様ッス!」
「……ウーマロも」
「むはぁ!? 今ので疲れ吹っ飛んだッス!」
で、マグダが戻ってくる時間を見計らってウーマロはランチを食いに来るのだ。
……こいつ、もうプロだろ? 時間ピッタリじゃねぇか。
こんなスチャラカなキツネが、その筋では高名な建築家だってんだから……ファンとかいるしよ…………ん?
「あぁっ!」
思わず喉から漏れ出た俺の叫びに、その場にいた者が全員「ビクッ!」っとする。
「ど、どうされたんですか、ヤシロさん?」
「……そうか。そうだよ…………なんで、今まで気付かなかったんだ…………」
ここにいる連中は、みんな顔馴染みだ。
つか、最早『仲間』の域だ。
『仲間』なら……協力してくれて当然だよなぁ…………? なぁ?
「…………んふふふふふふ」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! 怖いッスよ、ヤシロさん!」
「あ……なんか嫌な予感がするなぁ、ヤシロのあの顔……」
「邪悪ですわね」
「……何かを企んだ時の顔」
「悪お兄ちゃんモードです」
「そうですか? わたしには、なんだかとても楽しそうに見えますけど」
「「「「「節穴?」」」」」
「ひ、酷いです、みなさん!?」
俺は、ここ最近陽だまり亭で発生していたという問題を解決する妙案を思いついた。
実に、単純なことだ。
単純だが、そいつを実現させるには『引き』が必要になる。
そして、俺には『心強い仲間』が、こ~んなにたくさんいるじゃないか。
「なぁ、みんな」
俺は、その場にいる『仲間』たちに視線を向ける。
満面の笑みで。
「俺たち…………『なかよし』だよな?」
「「「「「怖っ!?」」」」」
ジネットを除く全員が顔色を青くした。……失敬な。
「はい。とても仲良しですよ。ヤシロさん」
「だよなぁ?」
「はい」
満面の笑みで応えるジネットのその言葉を、ここにいる連中の意見を代表したものだと解釈して受け取っておく。
さぁ、商売を始めようか……
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