「それにしても、今回は随分強引だったよね。普段の君らしくもなくさ」
しれっと他人事ですよ~みたいな顔を決め込んでいるエステラ。俺を追い詰めた張本人なんだからお前も糾弾されろよ。まったくズルい女だ。
「実は、ギルドの仲間に……農家を辞めるとか言うヤツが出てきてよ……」
「辞めてどうする気なんだい?」
転職か?
この世界に職業選択の自由ってあるのかね?
「冒険者になって、一発当てるって……」
おぉ無謀!
冒険者がどんな方法で金を得るのかは知らんが、『一発当てる』と言ってるヤツが当てられた試しがない。
きっと、相当切羽詰まってのことなんだろう。
「そいつの家、この前子供が生まれたばかりなんだが……このままじゃ、家族がバラバラになっちまう……」
「それは……悲しいことですね」
ジネットが泣きそうな表情を浮かべる。
「それでっ、1500Rbありゃあ、なんとか農家を続けられるんだ! それで持ち堪えられるのはしばらくの間だろうが、それでも、今すぐ辞める必要はなくなる!」
「それじゃあ、君たちの利益をすべてその家族にあげるっていうのかい?」
「俺らは……まだ、なんとかやっていける。少ないが、蓄えもある。…………仲間の苦労には代えられねぇよ」
「……モーマットさん…………」
そんな事情があったのか。
それで、あの土下座か。
ってことは何か?
こいつは自分たちの利益を度外視で俺に1500Rbで買えと言ったのか?
素直に2000Rbで押し通しておけば自分たちの利益にもなったろうに。
はぁ……バカというか、正直というか、バカ正直というか、…………うん、バカだな。
「……ヤシロ」
モーマットの話を聞いて、マグダが少し悲しそうな表情を見せる。
耳がぺた~んっと寝てしまっている。
こいつも、親から離れて狩猟ギルドで暮らしていたのだ。独りぼっちのつらさはよく知っているのだろう。
「…………一人前、1500Rb」
「俺に売ろうとしてんじゃねぇよ」
ポップコーンのトレーを差し出しながら言うマグダ。この娘、将来が怖いわぁ……
それにしても……
オールブルームで最も貧しいと言われる四十二区。中央区と比べれば、その差は天と地ほどの差と言えるだろう。
だが、そんな最底辺である四十二区の中でさえも貧富の差は激しい。
言ってしまえば、たかが1500Rbだ。
四十二区の中に限っても、その額をなんら躊躇いなくポンと出せてしまうヤツは少なくない。
大通りの酒場にいたヤツらなんかがその筆頭と言えるだろう。一口1000Rbの賭けに、ほいほい乗ってきやがったのだから。
もちろん、賭けに負けてまったく懐が痛んでないわけでもないのだろうが、あいつらにしてみれば「損をした」程度で済ませられる額だったのだ。
だが、農業ギルドの連中が同じ目に遭ったなら……人生終了の合図が高らかに鳴り響くことだろう。
みな、分かっているのだろうが、気付いていない。気付かないフリをしているわけではなく、本当に気付いていないのだ。
農業ギルドをはじめとする生産者たちの犠牲の上に、現状が成り立っているということを。
俺が来る以前の陽だまり亭ですら、ギリギリとはいえなんとかやってこられていたのがいい証拠だ。
日に一人二人の来客数で、五人も来れば諸手を挙げるほどで、けれどその中には食い逃げが半数近くも含まれているというお粗末さで。
にもかかわらず、潰れずに済んでいたのだ。
そのしわ寄せがどこに行っていたのかなんて、考えるまでもない。
ゴミ回収ギルドの野菜の買い値は、行商ギルドに比べれば良心的過ぎると思われるくらいに高い。故に、ジネットもモーマットもバカみたいに喜んでいた。
が、俺に言わせれば、あんな額での取引など『買い叩いている』以外の何ものでもない。もしかしたら、そんな言葉で表現するのもおこがましいと言えるほどかもしれない。
トルベック工務店の連中が足しげく通ってくれるおかげで、陽だまり亭はもはや安泰と言えるくらいの状況にまでなっている。
もちろん、まだまだ贅沢なんて出来ないし、俺が自由に出来る金もまったくないが、ここで生活していく分にはもう十分と言えるほどなのだ。
この上で移動販売がうまく回り出せば…………両手に巨乳美女をはべらして、好きな酒を好きなだけ飲めるような生活も夢じゃない。
だから、俺が生産者たちのことを憂慮してやる必要などどこにもないのだ。
販売側の身としては、仕入れ値が抑えられれば抑えられるほど、利益は上がるのだから。
俺が散々言ってきたことじゃねぇか。「騙される方がバカなんだ」と。
おかしな現状に、気付くことも、疑問を持つこともしないヤツらがそもそも悪いのだ。悪条件であるにもかかわらず、行商ギルドに言われるままに承諾し、考えることを放棄したヤツらこそが悪なのだ。
幸いなことに、ジネットは何も気付いていない。頭の働くエステラですら、そのことに考えが及んでいない。
みんな、貧富の差があることは当たり前だと、それはそういうものなんだと、享受してしまっている。
ならば、俺がそのことを気付かせてやる必要などどこにもないのだ。
だが……こうも考えられる。
金は天下の回りものだと。経済が回ってくれなければ、俺が将来受け取るべき額もグッと押し下げられてしまうと。
モーマットたち生産者は、おそらく大通りの店に入ることもほぼないのだろう。
陽だまり亭が移動販売を再開させたところで、そんな状況じゃお客として取り込めない。そもそもポップコーンすら贅沢品扱いで、そう簡単には手が出せないものかもしれない。
そんなヤツらが四十二区の半分を占めるのだ。
いくら移動販売がうまくいったところで、それではいずれどこかで頭打ちする。
つまり、俺が両手に巨乳美女をはべらして、思う存分飲み食い出来る未来が遠ざかるということだ。
だから、まぁ、なんというか…………つまりそういうことってことだよ。
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