「滅多に人なんか来ぅへんから、気ぃ付かへんかったわぁ」
レジーナは、まるでおばちゃんのように手をぱたぱたと振って笑みを浮かべる。
なんだ、こいつ?
なんで関西弁だ?
『強制翻訳魔法』の匙加減か?
それとも…………
モーマットはたしか、レジーナは外からやって来たって言っていたよな……
もしかしたら、こいつは……
「な、なぁ! お前」
「お前ってなんやのん? ウチにはちゃんとレジーナって名前があるんやさかい、そう呼んでんか? お前やなんて、感じ悪いわ」
「あ、す、すまん……」
「うん。分かってくれたらえぇんや。素直でえぇ子やな、自分」
「……『自分』ってのも、割かし感じ悪いと思うんだが」
「そうかな?」
なんだ、このマイペース女は。
まぁ、いい。
それよりもだ……
「レジーナは、外からこのオールブルームに来たんだよな?」
「そうやで。よう知ってるな……どこかで会うたことあったかいな?」
「いや、知り合いに聞いたんだ」
「ウチの噂……あんまりえぇ噂ないやろ? 悪い噂ばっかりや……」
「あぁ、いや、それでだな! 前はなんて町にいたんだ?」
ヘコミかけたレジーナに質問をぶつける。
これで、『大阪』なんて名前が出てくればしめたものだ。同郷の知り合いが出来れば、いろいろ情報が聞き出せるかもしれない。
「前にいた町? 『バオクリエア』やで」
「……香辛料で有名な?」
「そう。ウチの生まれ故郷。よう知ってるな、自ぶ……おっと、『自分』は感じ悪いんやったっけ? ほなら、なんて呼んだらえぇんやろ?」
「俺はヤシロだ」
「ヤシロか……うん、覚えたで」
レジーナがにっこりと微笑む。
その顔は無邪気で、どことなく可愛らしかった。
なんだよ。全然怪しくないじゃねぇか。
むしろ、さばけた性格のいいヤツに感じる。
「あ、それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「あ~、ごめんなぁ。ウチ、今メガネ探してんねん。あれがあらへんと、な~んも見えへんねんかぁ」
それで、あんなに接近してきたのか。……まぁ、近過ぎるだろとは思ったが。
「探すの手伝おうか?」
「え~、ホンマに~? いや~、助かるわぁ。気持ちだけとはいえ、そう言うてもらえると嬉しいなぁ」
「気持ちだけって……探すって」
「うんうん。おおきになぁ」
レジーナは、感謝の言葉を述べるも、俺のことは一切相手にしていない風な感じで、ごそごそとカウンター付近を物色し始めた。
……当てにされてない……ってことか?
いや、まぁいいんだけどな?
どうしても手伝いたいってわけじゃないし。
ごそごそと床に這いつくばってメガネを探すレジーナを眺めていると、店内中央に置かれたテーブルの上にメガネを発見した。
こいつ、本当に見えてないんだな。
「レジーナ。テーブルの上にあるぞ」
「テーブル? あらへんよぉ。ウチ、今日はテーブル使うてへんもん」
「いや、あるって」
「ないない。見間違いや」
メガネをどう見間違うってんだよ……
俺の言うことを信用しないレジーナに業を煮やし、俺はテーブルの上のメガネを手に取る。
そして、しゃがみ込むレジーナの顔に、そのメガネをかけてやった。
「ぅひゃあっ!? な、なにっ!?」
突然視界がクリアになって驚いたのか、レジーナは奇妙な声を上げ、顔を上げた。
そして、俺とバッチリ視線がぶつかる。
「な、あったろ?」
俺が言うも、レジーナは反応を返してこない。
ぽかんとした表情のまま、ジッと俺を見上げている。
そして、「くわっ!」っと目を見開いたかと思うと、物凄い雄叫びを上げやがった。
「のゎぁぁぁああああああああああああっ!?」
マンドラゴラでも抜いたのかと思ったわ。
奇声を上げた直後、レジーナはカウンターの裏へと避難し、その陰に隠れてこちらを窺うように見つめている。
「ひ、ひひ、ひ、ひ、人……人がおる…………い、いい、いつの間に……」
「いつの間にって……さっき会話してたろうが」
「実在する人やとは思わへんかったんやもん!」
「はぁっ!?」
いや、だって、お客さんとか言ってたろうが?
「ウ、ウチ……この街の人と、びみょ~に距離あるさかい……だ~れも訪ねて来ぅへんし、ずっとずっとずっとず~~~っと一人ぼっちやったさかいな…………いつしか、そこにおらへん人が見えるようになってもうたんやんかぁ……」
「怖ぇよっ!?」
「せやさかい、今回も、見えへん『お客さん』が来たんやとばっかり……」
「ぼっちを拗らせ過ぎだろう!?」
こいつはいつも架空の客と会話をしていたのか!?
……それで、手伝うって言っても相手にしなかったのか…………架空の客は探し物なんか出来ないもんな……
「あ、あぁ……アカン、アカンわ……」
「お、おい。どうしたんだよ?」
レジーナがカタカタと震え出し、カウターにすがりつくようにもたれかかる。
今にも倒れそうな顔色の悪さだ。
「ウ、ウチ、ここ数週間……いや、数ヶ月かもしれへんけど……誰っっっっっとも会話してへんから、ようしゃべらんわ……」
「いや、むしろ滅茶苦茶しゃべってる方だから」
レジーナはカウンターにしがみつきながら、ふらつく足でなんとか立ち上がる。
メガネ越しに俺を見つめ、訝しげな表情を見せる。
アゴを引き、不審者を見るような上目遣いでジィ~っと見つめられて…………正直不愉快だ。
「……ウチを、追い出しに来やはったんですか?」
「なんでそうなる!?」
「せやかて、それ以外にこの店に来る理由なんてあらへんし……」
「客だよ! 客!」
「冗談は顔だけにしときっ!」
「誰の顔が冗談だ!?」
女将さんは「愛嬌があって可愛い」って言ってくれてたわ!
「お客? ウチの店に? ハンッ! 冗談にしても笑えへんわ……」
レジーナの態度が急変する。
表情が歪み、憎しみに似た感情がありありと見て取れる。
まるで、背後にどす黒いオーラが立ち込めているようだ……
「自分……見たことない顔やけど……新入りか?」
「あぁ。最近この街にやって来た者だ」
「せやろな」
「つかお前、この区の人間の顔、ちゃんと認識できてんのかよ?」
「…………ぜ~んぜん、分からへん…………だって、だ~れもウチとしゃべってくれへんねんもん……顔見る機会もあらへんねんもん…………」
それでよく、カマかけられたな……
「せやけど、ウチの店に来るやなんて、新入りくらいしか考えられへんわ」
「なんでだ?」
「この街の人間はみんな……ウチのこと………………アレ、みたいやし」
「『嫌い』か?」
「はっきり言わんっとってんか!? ウチかて、まだ辛うじて認めてないんやさかい!」
いや、そこは認めとけよ。
涙ぐむなよ、こんなことで……自分で言い出したことだろうが。
「…………えぇねん。どうせウチは嫌われとんねん……ほんのちょっと他人と違うからって……そんなことで嫌ぅてからに……」
こいつは、扱う薬が薬師ギルドとは違う。
それ故に迫害……というより、嫌がらせを受けてきたのだろう。
おそらくは「薬師ギルドの規定に従い、逆らうな」という圧力だ。
それに反発したばかりに、わずかな権利と引き換えに自由と尊厳を奪われたのだ。
居づらくなって出て行ってくれれば万々歳、といったところか。
「まぁ、確かに、他人と違うってのは忌避されがちだけどさ……でも、お前は」
「ウチ、メッチャ美人やもんなっ!」
「……………………あ?」
こいつ、なに言ってんだ?
「分かるねん……街の人の気持ち……認めたくないやん? 自分より美人な女がおるやなんて。しかも、その美人が、超天才で、人を助ける素晴らしい能力を持ち合わせてる完璧超人やったら尚のこと、認められへんやん?」
…………こいつ、ネガティブなのかポジティブなのか、マジで分かんねぇ。
「……男からも避けられてんだろうが」
「高嶺の花……ちゅうやつなんやろうな」
「…………『ギャー!』とか言われたことないか?」
「…………………………………………………………ある」
やっぱりあるのか。
モーマットの怯え方を見ていて、そうじゃないかなとは思っていたよ。
「……なんで知ってんの?」
「んなもん、見てりゃ分かる」
「なんや自分、いけずやな……」
いけずってなんだよ。
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