朝。
「ほぎゃーッス!」
けったいな鳴き声が響いた。
かと思えば、大地を揺るがすような足音と共に凄まじい勢いで二階から何かが降りてくる。
その何かは迷いもなくフロアへと飛び込んできて――
「ヤシロさんっ!」
毛布にくるまって眠る俺に飛びついてきた。
なんちゅー目覚めだ。
「ウーマロ……死刑」
「待ってッス! これは仕方ないんッス! だって、二階が、二階が!」
女子の巣窟となった二階に一人取り残されたウーマロ。
その状況に気付いて逃げ出してきたらしい。
「……って、誰か俺の部屋で寝てたヤツでもいるのか?」
部屋で寝てたら、他の部屋に誰がいるかなんて分からないだろうに。
「気配ッス! あのフロアには女性しかいないって気配がしてたッス!」
「……超人的な病だな、お前のソレは」
気配で女子を察知して、その女子の気配に怖気づいてんじゃねぇよ。
「それで、ヤシロさんの気配が一階からしたッスから、飛んできたんッス」
「え、遠く離れた場所から俺の居場所を察知したの? なにそれ、すっごいヤダ」
「怖かったッスぅぅうう!」
「俺は今、お前が怖いよ。いいから離れろ。寝覚めがずっと悪い」
何が悲しくてオッサンに抱きつかれて目覚めなきゃいかんのか。
昨日の朝はジネットが可愛らしく起こしに来てくれたというのに。ギャップがえぐい。これが気温だったら寒暖差でインフルエンザをこじらせていそうな落差だからな?
「だ、だだ、誰がいたんッスか、二階に……」
「マグダとカンパニュラとテレサと――」
「その辺は大丈夫ッス。むしろ心安らぐッス」
「ロレッタとジネットと――」
「まぁ、まだ大丈夫ッス」
「エステラとナタリアとルシアとギルベルタと、飼育員のイメルダ、ついでのレジーナだ」
「ぎゃああ、その辺はもう完全にアウトッス!」
「誰がアウトだい、まったく」
「朝から騒々しいですわよ、ウーマロさん」
ウーマロの叫びで叩き起こされたらしい面々が寝間着姿のままフロアに現れる。
「こら、貴族令嬢ズ。昨日ルシアが『淑女の寝間着を見るな』って俺を二階から追い出したんだぞ。自分から見せに来るな」
「ヤシロは今さらだし、ウーマロはどうせ見ないじゃないか」
「見れないッス……」
「俺は今さらってなんだ、こら」
もっとすごい姿を見ているし、みたいな発言やめてくれる?
そーゆーのは、タンクトップ+パンツ姿でも見せた後で言ってもらいたいもんだ。
「エステラが降りてきたのに、ナタリアはまだ寝てるのか?」
「ナタリアは……はぁ」
「今、服を着ているところですわ」
「あいつ、『お家スタイル』だったのか!?」
「さすがにそれは止めさせたけどね! ……ただ、タンクトップにパンツ一丁だったよ」
「それ見たかったなぁ!」
「そーゆー願望は口に出さないように! 紳士にあるまじき言動だよ!」
「紳士じゃなくていいから見たぁーい!」
「もう、救いようがありませんわね。嘆かわしい」
だって……男子の憧れが……全人類の夢が……
宇宙飛行士になることとタンクトップ+パンツ姿の女子を見ることだったら、後者の方が夢とロマンがあるだろうよ!
「略して『夢~ん』があるだろう!?」
「何か知らないけど、なくてもいいんじゃないかい、そんなしょーもないもの」
しょーもないとか、分かってない! エステラは分かってない!
「あの、……おはよう、ございます」
遅れて、ジネットが厨房から顔を出す。
そうか。まだジネットが起きる前の時間なのか。
「早く起き過ぎだ、ウーマロ。今日は丸一日寝倒すんじゃなかったのかよ」
「だって、怖かったんッス!」
「いやぁ、寝所に男子がいることで恐怖を覚えるべきはボクたちの方のはずなんだけどね」
「男子としてカウントされてないんだろうな、ウーマロ。ハム摩呂ポジションか、羨まし」
「いえ、決してそのようなことはありませんよ。みなさん、最低限の身だしなみをしてから部屋を出られましたし」
最低限で許されるんだから、かなり特別扱いじゃねぇか。
「とりあえず、ウーマロがうるさいから、全員着替えてから降りてくるようにしてくれ。なんなら、二度寝してきてもいいぞ」
「はい。わたしは着替えて朝の仕込みを始めますね。エステラさんとイメルダさんはもう少しおやすみになりますか?」
「ううん。さすがに目が覚めちゃったよ」
「ワタクシは、もう少し横にならせていただきますわ。……昨夜のルシアさんの絡み酒の疲労がまだ癒えておりませんし」
ルシア、寝床に酒を持ち込みやがったのか。
よかったぁ、俺、男で。
あと、イメルダがいてくれてよかった。
「ウーマロはどうする?」
「お、おお、おい、おい、おいら、ららら……っ!」
「は~い、女子撤収~! 宥めとくから。有料で」
「では、お願いしますね」
「支払いはウーマロ持ちだからね」
「こちらにも一部利益を要求しますわ」
「へーへー」
女子三人が厨房へと入り、二階へと戻っていく。
「ほれ、いなくなったぞ」
「はぁ~、ようやく落ち着いたッス」
「ん、7万Rb」
「思ってた以上に高いッスね!? いや、多大なご迷惑をおかけして申し訳ないとは思うッスけども!」
女子がいなくなって、ようやく俺の体から離れるウーマロ。
お前、そんな有り様で結婚とか出来るのか? どーすんだよ、トルベック工務店の跡継ぎ?
ヤンボルドにでも譲るのか?
……いや、あいつはウーマロ以上に結婚できないタイプだな。
グーズーヤは、俺が意地でも結婚させないし。絶対妨害して、徹底的に潰してやる。なんとなく、そんな気分だから、軽ぅ~い気持ちで、スナック感覚で。
「トルベック工務店の未来は暗いなぁ……」
「そ、そこは……なんとか、頑張るッス、けど……そのうち慣れるッスよ、きっと」
「お前、今いくつだよ……」
一向に慣れる気配ねぇじゃねぇか。
精神年齢九歳くらいじゃね? 過剰に女子に反応しちゃうお年頃。
「ベッコに春画でも描かせて、ウーマロの工房にべたべた貼りまくるか……」
「やめてッス!? そーゆー工房だと思われちゃうッス!」
「え、いけない?」
「勘弁してほしいッス!」
そっかぁ。
信頼とエロスの工務店として名を馳せてほしかったんだがなぁ。
「忙しい時にさ、こうして机に突っ伏して仮眠とる時あるじゃん?」
「あぁ、オイラも結構やっちゃうッスね」
「そんな仮眠を快適にするために、机に柔らかいクッションを二つつけて、その間に顔を挟んで眠れるという、おっぱいクッション付きテーブルの開発を――」
「しないッスよ!?」
「なんでだよ!? 仮眠の時だけでなく、会議中とか仕事に悩んだ時とか、目の前のおっぱいクッションをもにもにして心を落ち着かせることも出来る優れものだぞ!?」
「それを優れていると判断できるのはヤシロさんだけッス!」
「……しょうがない。では、おっぱいクッション単体での開発をウクリネスに持ち掛けるか」
「たぶん、引き受けてくれないと思うッス」
「なら自分で!」
「店長さんに懺悔させられて、没収される未来しか見えないッス」
くぅ!
不条理!
世は常に不条理なりけり!
「じゃあ、デリアが壊したテーブル、直しといてくれ」
「任せてッス! 朝食までには完璧に修繕しておくッス」
「天板は総取っ換えになると思うぞ」
「じゃあ、ちょっとウチに帰って木材持ってくるッス」
「イメルダに頼むか?」
「いや、女性は朝の支度に時間がかかるッスから、邪魔しちゃ悪いッスよ。すぐ戻るッスから、イメルダさんはゆっくり支度させてあげてくださいッス」
言って、ウーマロが陽だまり亭を出て駆けていく。
そういう気配りは出来るんだよなぁ。紳士的というか……でもな、顔を見た瞬間に「ぎゃああ!」って悲鳴上げる方が遥かに失礼だと思うぞ、絶対。
「まったく。残念なヤツだなぁ」
と、飛び出していったウーマロの背中を思い浮かべ、俺はもう一度毛布にくるまった。
酷い目覚めだったので、今度こそは幸福な目覚めが訪れるようにと祈りながら。
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