異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

91話 真夏の日の足の裏 -3-

公開日時: 2020年12月27日(日) 20:01
文字数:2,111

「しかし、そんなに痛かったのですか?」

「はい。土鍋がつむじに直撃した時と同じくらい……」

「……そんなに、ですか?」

 

 なんだか喩えが生々しい。こいつ、実体験だな?

 

「不健康だから痛いんだよ。俺なんか、押されても痛気持ちいいくらいだぞ」

「確かに、少々大袈裟な感じはしましたね」

 

 くすくすとアッスントが笑い、それが少々気に障ったのか、ジネットが頬を膨らませる。

 

「だったら、アッスントさんもやってもらってみてください! 絶対痛いですから!」

 

 ムキになるジネットも珍しい。

 しかし、アッスントも余裕の表情だ。

 

「失礼ながら……ヤシロさんは筋肉ムキムキのパワー系の方ではありませんし、親指で軽く押されただけであの痛がりようは…………やはり少々大袈裟だとしか……」

「よしアッスント。そこに座って足を洗え」

 

 ふっふっふっ……お前は知らんようだな。テレビで足つぼを舐めていた芸能人がどれだけ悶絶させられていたかを。

 

「いえ、構いませんが……面白いリアクションは取れませんよ?」

 

 そういうのを、『ネタ振り』と言うんだよ。

「全然痛がりませんよ……痛ぁぁ!?」って、お前、お笑い分かってるな。

 

 じゃぶじゃぶと、ジネットに比べかなり乱暴に足を洗うアッスント。

 ジネットと同じようにソファに座り、俺へ右足を差し出してくる。

 

「…………俺の国に、『豚足』って食い物があってな」

「なぜ今その話を?」

 

 いや、ブタの足じゃないんだなぁ、と思ってよ。

 アッスントの足は普通の人間の足だった。これならツボも押しやすいだろう。

 蹄だったらどうしようかと思ったところだ。

 

「少しだけ、ドキドキしますね」

 

 浅く腰掛けたアッスントが背もたれに体重を預ける。

 

「絶対痛いですからね」

「ほほほ……ジネットさんほど大騒ぎはしませんよ」

 

 アッスントは余裕だ。

 

「なら、ジネットよりも大騒ぎしたら、今日注文した食材を値引きしてくれな」

「えぇ、構いませんよ。ただし、あり得ないような乱暴な行為は御免蒙りますよ? ワザと騒がせようとして……」

「フェアにやるさ。精霊神に誓ってな」

「そうですか。では、安心です」

 

 なぁに。お前みたいな不健康そうなヤツ、フェアにやったって泣かせることは余裕だ。

 

「じゃあ、行くぞ」

「はい。お願いします」

 

 ――ギュッ!

 

「ぴぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 よく晴れた、とてもとても暑い夏の日、ブタが鳴いた――

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ! 無茶苦茶やっていませんか!? ナイフとか突き立てていませんか!?」

「親指で軽く押してるだけだろうが、ほら」

「ぎゃああああああああああああああああっ! ぎゃいん! ぎゃいん! ぷぎゃああ!」

 

 ソファーの上でジタンバタンともんどりうつアッスント。

 

「ジネット。アッスントが落下しないように押さえておいてやれ」

「そうですね。お怪我をされては困りますし」

 

 ジネットは素直に俺の言うことを聞き、アッスントの両肩をソファに押さえつける。

 

「なっ!? や、やめてくださいっ! 押さえつけないでくださいって!」

「ですが、危ないですので」

「悪魔っ! 悪魔ですか、あなたは!? もしかして、過去のことを根に持っていたりするんですか!? 恐ろしい、恐ろしい人ですね、ジネットさぁぁぁああああああああんっ!?」

 

 土踏まずを、外側から中央へ向かって親指で押し進める。ゴリゴリした筋のようなものがあるので、それをこりこりするように親指でマッサージしていく。

 

「ふぎゃっ! ぎゃあ! すみません! 謝ります! さっき笑ってすみませんでしたぁァぁぁアッ!」

 

 本気の泣きが入ったので、全然やり足りないのだが、解放してやる。

 

「はぁ………………はぁ……………………はぁ…………………………」

 

 ソファにぐったりと寄りかかり、激しく肩を上下させるアッスント。

 ちらりとこちらを向き、涙に潤む両目で俺を見つめる。

 そして恨みがましい口調でこんなことを言いやがった。

 

「……もう………………ヤシロさんってば……乱暴なんですから……」

 

 お前んとこで竹を取り扱ってなくてよかったな。

 もしここに竹があったら、先端を斜めにカットして確実にお前を突き刺していたところだぞ。

 

「じゃあ、値引きよろしくな」

「…………はぃ………………ぜぇぜぇ…………お任せください…………」

 

 まるで拷問にでもあったかのような疲弊ぶりで、アッスントが頷く。

 見送りは出来ないと、ぐったりした姿勢で言われ、俺たちは二人で外に出て、行商ギルドを後にした。

 

 ……結局、何やってたんだろうな、ここで。

 

「今度は、わたしがヤシロさんにやってあげますね」

 

 まだ少しご機嫌ななめなジネットが復讐を誓ったような目で俺に言う。

 おぅ、やってみろ。

 俺は足つぼには強いからな。

 

「…………今度、お暇な時に、お時間を作ってください」

「…………ん?」

 

 陽だまり亭が暇になるのは夜だけだ。

 そこで時間を作れということは………………

 

「あ…………あぁ、…………まぁ、そのうちな」

「はい。……そのうち」

 

 

 まぁ、考え過ぎ…………だよ、な?

 

 

 なんとも微妙な空気の中、俺たちは大通りを歩いていく。

 太陽はまだまだ高い空の上にいて、日差しは容赦なく降り注いでくる。

 

 そのせいだろうな。

 

 俺が今、こんなに変な汗をかいているのは。

 

 

 

 

 

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