異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

371話 それぞれのけじめ、それぞれの思い -2-

公開日時: 2022年7月9日(土) 20:01
文字数:3,946

「あ~……しんど。もう、あと十日くらい寝て過ごしたいわ……」

 

 ようやく泣き止んだころ、レジーナは随分とげっそりしていた。

 泣くのはかなり体力を使うからな。

 

 デリアがテーブルを一脚壊してしまったこともあり、座席が変わっている。

 今は、レジーナを取り囲むようにデリアやミリィが座っている。

 

「店長、ごめんな。テーブル壊しちゃって……あたい、ちゃんと弁償するからさ」

「気にしなくて大丈夫ですよ」

「大丈夫ッス。さすがにもう夜遅いんでやめとくッスけど、明日のオープンまでにはオイラが新しいテーブルを作るッスから」

「ホントか!? ありがとうな、ウーマロ! お金、あたいが払うからな!」

「や、はは、あの、まぁ、このくらいは別になんてことないッスし……」

「それじゃダメだ! あたいが悪いんだから、あたいが払う!」

「もらっとけウーマロ。その方が、デリアが楽になる」

「ヤシロさんがそう言うなら……」

「……ウーマロ。明日は一日休みなのに、平気?」

「もちろんッスよ、マグダたん! 陽だまり亭はいつでも完璧であってほしいッスから」

「……ありがとう」

「むはぁぁあああ! ……あっ」

 

 さすがに疲労が堪り過ぎていたのか、「マジ天使ッスー!」が飛び出す前に、ウーマロの電池が切れた。

 パタリと床に倒れたウーマロを、ジネットがおろおろと見下ろす。

 

「あ、あの、ど、どうしましょう!? えっと……とりあえずお布団を!」

「いや、落ち着け、ジネット。俺の部屋で寝かせてくるから」

 

 ウーマロを背負い、自室へ向かう。

 今日くらいは、ベッドを譲ってやってもいいだろう。

 俺も、めっちゃ疲れてるけどな。

 この恩は高く付くぞ、覚悟しとけよ。

 

「では、お風呂の準備をしますね。少し遅くなりますが、入られる方は準備を――」

 

 厨房に入ったころ、ジネットのそんな声がフロアから聞こえてきた。

 俺は最後にしとくか。さすがに遅くなり過ぎだ。

 髪の長い女子たちが先に入った方がいい。

 

「ヤシロ様、お手伝い致します」

 

 厨房を抜けるころ、ナタリアが俺を追ってきた。

 

「エステラについてなくていいのか?」

「ついていない方がいい時もあるのですよ」

 

 言って、中庭へ出るドアを開けてくれる。

 

「格好を付けたい時に、身近過ぎる者がいるとテレてしまいますからね」

 

 微笑ましげに言って、ナタリアは一度フロアの方を振り返る。

 俺も視線を向け、「だな」と呟く。

 

 

 ウーマロを俺のベッドに放り込んで毛布を掛ける。

 と、ナタリアがウーマロの耳元で「あっはぁ~ん」と吐息を漏らした。

 

「……何やってんだよ?」

「いえ、夢の中でいつものようにそわそわもじもじされるかと思いまして」

「ゆっくり休ませてやれよ。……ほら、あわあわし始めちまったじゃねぇか」

 

 ナタリアの色香は鼓膜を通って夢の中へ侵入したようで、ウーマロが寝ながら「あ、いや、あの……っ!」っと体をうねらせ始めた。

 ……ったく。

 

「お~ぅ、いぇ~す」

 

 と、俺が耳元で吐息を吐くと、その途端ウーマロは死んだように深い眠りに就いた。

 寝顔が「すーん」としている。

 

「……失敬な」

「効果抜群ですね」

 

 くすくすと笑うナタリア。

 どことなく、今日という日を乗り切れてほっとしているように見えた。

 

「疲れたか?」

「えぇ、それなりには。けれど、平気です」

 

 部屋を出て、廊下で二人、立ち止まる。

 ナタリアは、じっと、どこか遠くを見つめて呟く。

 

「やりようがなかったあの頃に比べれば、体の疲労など疲れたうちには入りません」

 

『湿地帯の大病』が猛威を振るい、ゴッフレードが我が物顔で暴れ回っていた時代。

 エステラやナタリアは精神的にかなり追い詰められていたのだろう。

 肉体を酷使し、ベッドに入っても未来を憂いて心が安まることはなかっただろう。

 むしろ、寝ようとするほど余計なことが浮かんで心を蝕んでいく。

 

 睡眠に恐怖を覚えるようになると、人はあっという間に精神を崩壊させる。

 

「今は、明日の苦労から目を逸らして現実逃避する余裕がありますから」

 

 こちらを向いてにこりと笑ったナタリアは、本当に穏やかな表情をしていた。

 

「仕事は山積みだからな」

「えぇ。それも、裁判の結果が分からないと動かしようがないくせに結果が出たら即座に片付けなければいけない厄介なものばかりです。未来の私にエールを送るしか、今は出来ることがありません」

 

 未来のことは未来の自分に丸投げで、今は精々現実逃避していればいい。

 

「そろそろ戻るか」

「そうですね。今戻ると、ちょうど一番盛り上がっているところでしょうし」

 

 あの場にいた者たちへ語りかけ、徐々にヒートアップして一番気分が高揚している部分の発言をしっかりと聞いてやろうという腹づもりらしい。

 まぁ、俺もその計画に乗っかっておくとしよう。

 

 足音を忍ばせて、こっそりと厨房へ戻り、フロアへ向かう出入り口付近に身を潜めてフロアの様子を窺う。

 

「ボクは、真実を知った時に憎しみに囚われた。本音を言えば、ウィシャートをこの手で……って、思ったんだ」

 

 エステラがその場にいる者たちへ熱く語りかけている。

 

「もし、ウィシャートが捕らえられる前にみんなに伝えていたら、もっと違う結末になっていたかもしれない。その……もっと、悲惨な結末に」

 

 四十二区を不幸のどん底に突き落とした『湿地帯の大病』が、ウィシャートのくだらない支配欲のためにもたらされた人災だと知れば、みんなは怒り、暴動が起こっていたかもしれない。

 エステラ自身も激しい怒りを抱えた状態では、その暴動を鎮めることは出来なかっただろう。

 

「ボクが未熟だったから、みんなに伝えるのが遅くなったんだ。本当にごめん」

 

 みんなを信用していなかったのではなく、おのれの未熟さ故であったと謝罪の言葉を述べる。

 黙秘していた罪を、自分一人で背負いやがって。カッコつけめ。

 

「ボクは弱かった……、だから、みんなの手を汚させるのが怖かったんだ」

「まっ、デリアがいるからねぇ。これの暴走を止めるのが大変なのはみんな知ってることさね」

「なんだよぉ! あたいだってちゃんと我慢できるぞ!」

「テーブル壊しちゃったじゃない、今さっき、ここで」

「……むぅ。ネフェリーだってテーブル『ばん!』ってしてたじゃねぇかよぉ」

「わ、私は……全力で叩いたって、テーブル壊れないもん……」

 

 エステラを気遣い、明るく話す声が聞こえる。

 

「パウラさんも、よく我慢なさいましたわね」

「あたしは…………うん、なんでかな、悔しいし、すっごく頭にくるけど……エステラやヤシロがきちんとケリを付けてくれたって、思えたから。……まぁ、まだちょっとムカムカした気持ちは飲み込めてないけど、でも、それはあくまでウィシャートとバオクリエアに向けて。エステラたちに怒る気はないよ」

「ミリリっちょも、偉かったですね」

「みりぃは……怒るより、悲しいって思った。……どうして、そんなことのために、酷いことが出来ちゃうんだろうって……同じ人間なのに、って……」

「大切なもんの差、やろなぁ。分かり合えへんヤツってのは、おるもんや。……悲しいけどな」

 

 そんな話をするみんなに、ルシアが静かな声で言う。

 

「皆の怒りや割り切れない思いは分かる。……が、それよりも、皆がエステラを責めなかったことに、私は安堵している」

「当たり前じゃない、ルシアさん」

「そうよ。エステラもレジーナもヤシロも、誰も悪くないもん」

 

 ネフェリーとパウラが言って、ぐすっと鼻を鳴らす音がする。

 これは、パウラか……

 

「……けど、もう二度と……あんな酷いことが起きないように、して、ほしいな……エステラとヤシロなら、それが出来ると思うし……」

 

 パウラが、涙声で言う。

 過去は変えられない。

 だが、未来の惨事を未然に防ぐことなら、きっと出来る。

 

「うん。約束するよ。もう二度と、あんな非道なことはさせない」

「それには、私も協力を惜しまぬ。無論、『BU』と外周区の領主全員にも協力をさせる」

「私も、成人して領主の職に就いた暁には、全身全霊をもってこの街の平和を守れるよう最大限努力致します」

「くくっ、一番頼もしいさね、カンパニュラが」

「ホントだね」

「えっ、待ってよノーマ、ネフェリー! ボクだって頼れるだろう?」

 

 エステラの訴えに笑い声が漏れる。

 あぁ、これで大丈夫だろう。

 ほっと息を漏らすと、俺の背後から潜めた声が聞こえてきた。

 

「……よかったですね、エステラさん」

「ジネット?」

「お風呂の準備をしていました」

 

 厨房の向こうを指さして、にこりと微笑むジネット。

 そういえば、そんな話をしてたっけな。

 

「信じてるとか信用できないとかそんな次元じゃなくて、秘密を打ち明けるのは恐怖を覚えるもんだ」

 

 怒られるかも、嫌われるかもってのは、相手への信頼度とは関係なく不安や恐怖として心の中に広がっていく。

 打ち明けて、受け入れられて初めて「あぁ、やっぱり大丈夫だった」と安心できる。

 こればっかりは、どれだけ時間が経過しても慣れるということはない。

 

「だから、お前もそんな顔すんなよ、ナタリア」

「……はい」

 

 酷く緊張した表情をしていたナタリア。

 エステラが責められたら、すべての責任を引っ被ってエステラを守ろうとしていたのが丸分かりだ。

 そんな必要はないと確信しつつも、緊張は取れなかったのだろう。

 ほっとした表情の中に、激しい緊張で酷使された心臓からの訴えが色濃く表れている。

 顔、真っ青だぞ。

 少し心を落ち着けてから戻ろうな。

 

「……本当に、四十二区は素晴らしい街です」

「エステラさんと、それを支えるナタリアさんの奮闘を、みんなが見ていましたから」

「…………ありがとうございます」

 

 呟いて、ナタリアは一度まぶたを閉じ、溢れそうになっていた涙を強引に飲み込んだ。

 泣いたって誰も責めないのによ。

 

 フロアの盛り上がりが落ち着くまでの間、そしてナタリアの心の準備が整うまでの間、俺たちは厨房に身を隠して時間を過ごした。

 

 

 

 

 

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