「位置について、よぉ~い!」
――ッカーン!
鐘の音と共に、選手が一斉に走り出す。
おーおー! モコカとニッカ、速いなぁ!
だが。
「ほら丸眼鏡、しっかり掴まっときな!」
「ぎゃぁあああああ!」
メドラの方がもっと速い。ベッコ程度じゃ枷にならないようだ。
しっかりしろよベッコ!
ハム摩呂くらい自由に生きてみろ! あんな風に!
「大冒険への、旅立ちやー!」
「ハム摩呂さん!? 意味のないスキップはやめてくださいまし! 走り難いことこの上ないですわ!」
「なら意味のあるスキップに、変更やー!」
「スキップをやめる気はありませんのね!? 分かりましたわ! お付き合いいたしますわ!」
開き直ったのか、それが手っ取り早いと思ったのか、イメルダが折れた。
ハム摩呂に合わせて楽しげにスキップしている。
さすがお嬢様だ。ダンスが得意なんだろうな。ハム摩呂の動きにぴったりと合わせている。
優雅さこそ、微塵もないけれど。
「楽しそうですね、イメルダさん」
「俺には苦悶の表情に見えるけどな」
いいなぁ、ジネットフィルター。
世界が輝いて見えているんだろうなぁ。
「ネネさん。一つお願いしてもいいですか?」
平均台を前にして、モリーがネネに声をかける。
「はい、なんでしょうか?」
「抱きついてください」
「ふへぃっ!?」
「平均台を、メドラさんのやり方で乗り切ってみたいんです」
メドラのやり方というのは、ベッコを抱えて一人で走る方法だ。
現在ベッコは死にかけているが……
「ネネさん。私を信じてくれますか?」
「分かりました、モリーさん。おまかせします」
「ありがとうございます」
モリーなら信じられると踏んだのか、ネネがモリーの首に腕を回す。
割と小柄なネネではあるが、モリーはもっと小さい。小柄な大人の女性と幼さの残る少女くらいの身長差がある。
なので、ネネがしがみつくような格好になっている。
「行きます」
「はい!」
モリーがネネを抱えあげて平均台を突破する。
速い。
人一人を抱えあげられるだけの腕力とバランス感覚があるなら非常に有効な手段だ。
だが、あの体勢ではそう長く持つまい。
平均台を渡りきったところでモリーがネネを降ろす。
「ここからは普通に二人三脚で行きましょう」
「そうですね。折角ですから楽しまないと」
「いえ、あの……バランスが悪いのでタイムが伸びないかと。あと、ネネさんの足の付け根にも負担がかかりそうだったので」
「あっ……そういう、こと、だったんですか?」
「いえ、でも、私も折角なので楽しんでみたいですし、二人三脚」
どうやら、モリーの方が現実的なようだ。
「楽しみたいですもんね~」って発想のネネは、ちょっと夢見がちなんだろうな。
工場長でしっかりせざるを得ないモリーと、給仕長なのにしっかりする素振りも見えないネネ。
はたして、どっちが大人なのやら。
「あたしたちも、アレを真似するですかね?」
モリーの作戦を見て、ロレッタがアゴをつまむ。頭の悪いヤツが『考えている風』を装う時にやりがちなポーズだ。
「ロレッタ。その知的な感じが逆に頭悪そうだな」
「なんで逆になっちゃうですか!? 知的のままでいいじゃないですか!?」
「……しかし、アノ作戦は有用」
「まぁそうだな」
「ですよね!」
俺たちの視線がジネットへと集中する。
「ジネットは――」
「……店長は――」
「店長さんは――」
「「「掴むところあるし」」」
「これは掴むところではありません!」
すごく掴みやすそうな巨大な突起物を両腕でかき抱くジネット。
わぁ~、柔らかそ~ぅ! 掴みたぁ~い。
「ふ、普通に! 普通に挑戦しましょうね、ロレッタさん!」
抱っこ作戦はお気に召さなかったようだ。
――が。
このジネットの判断は、後に正しいと証明される。
モリーの考えた作戦を真似するヤツがそのあと続出したのだが、人を抱えたまま平均台を渡るというのはやはり相当難しいようで、負傷者が出てしまった。
足を結んでいるので重心がズレ、おまけにバランスを崩しても咄嗟に足が出てくれない。
また、完全な信頼関係が築けていないと抱えられている方が恐怖に負けてじっとしていられずに重心を動かしてしまうのだ。
練習していたのであればまだしも、ぶっつけで予測不能な動きをされると対応が遅れてしまう。
そんな対応の遅れが、幅10センチの平均台の上では致命的となるのだ。
擦り傷程度の者がほとんどだったが、数名足を挫いた者が出てしまった。
「うっひゃー! 冷てぇ!」
「我慢しろ。冷やさないと腫れるぞ」
「もうちょっと優しくしろよ、英雄!」
「十分優しくしてんだろうが……」
「ちっきしょう……モコカとだったらうまくいったはずなのによぉ」
救護テントでぶーたれているバルバラもその一人だ。
つか、なんで俺が救護班みたいな真似を……あぁ、そうか。レジーナも足を挫いて動けないんだっけな。動けないというか、動かさない方がいいと判断したというか……俺がな。
結局俺のせいかよ、くそ。
バルバラはモーマットと組んでいた。
で、例の平均台でモーマットを持ち上げようとして、二人揃って台から転落したのだ。
しかも、バルバラはモーマットの下敷きになっていた。
「なんでお前が持ち上げる方なんだよ? モーマットの方が明らかに重いだろうが」
「でもアーシの方が強い!」
その『強さ』で強引に、それもいきなり持ち上げるからモーマットが暴れてバランスを崩したんだよ。ちゃんと話し合ってからやれ、そういうことは。
「すまなかったなぁ、バルバラさんよぉ……俺ちょっとびびっちまって」
「いや……まぁ、アーシの持ち方も悪かったし……気にすんな。そこまで痛くもないし」
「ホントすまん! 今度ウチの野菜大量にお裾分けしに行くから!」
「だから、もういいって」
へぇ。
バルバラのヤツ。今日一日で随分と丸くなったもんだな。
以前のあいつなら「そーだ! お前のせいだ! どーしてくれんだよ、このワニ!」くらい言いそうだったのに。
意外なところでモコカがいい影響を及ぼしているみたいだ。友達の存在ってすごいんだな。
「だったらよ、テレサちゃんに食わせてやってくれよ。ウチの野菜はうまいからな、きっとテレサちゃん喜んでくれると思うぜ」
「テレサが喜ぶ……」
がたっと椅子を倒しながら立ち上がり、バルバラがモーマットの襟を締め上げる。
「……テレサにいい顔して誘拐でもするつもりかこのワニ野郎!?」
「しねぇよ!? 友好の印だよ!」
「仲良くなって何をするつもりだ!? テレサに手を出すなぁぁあ!」
「出してねぇし、出すつもりもねぇよ!?」
あ~、うん。
やっぱ一日やそこらじゃ人格って変わらないんだな。
バルバラはやっぱバルバラだわ。
「アーシを『お姉さん』と呼びたければ、アーシを倒せ!」
「無理だし、呼びたくねぇ!」
モーマットが本気のSOSを視線に込めて寄越してきやがった。
そんな目で見るな。面倒事がこっちに来たらどうする。
「……モーマット。幼女は、ダメ」
「真顔で恐ろしいこと言うんじゃねぇよ、マグダよぉ……」
俺の隣にぴったり寄り添うマグダの一言に、モーマットの体力がガッソリ削られたようだ。
ん? マグダ?
今もずっと二人三脚のままだぞ。
解こうとしても拒否されるんだよなぁ……テントまで来るの大変だったなぁ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!