異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】せやから、せやから……

公開日時: 2020年12月26日(土) 20:01
文字数:4,031

 その日は朝から憂鬱で、ホンマかなわんかった。

 愛用の薬匙が、まさか折れてしまうとは思いもせぇへんかって……ホンマへこんだわぁ。

 しゃーないさかいに金物ギルドまで足を運んだんや。

 

 予備はあるんやけど、予備が使えへんようになったら困るさかいにな。

 一応発注しに行ったんや。

 

 ……日中に。

 

 日差しとか、ホンマ、堪忍してほしいわ。

 

 ほんで、珍しく日中に外に出たわけなんやけど、その帰り道でミリィちゃんとばったり出くわしたんや。

 ミリィちゃんは生花ギルドの可愛娘ちゃんで、野草や薬草の話が出来る数少ない貴重な友人なんや。

 ウチの言う植物、ほとんど知ってるんは、ミリィちゃんとあのおっぱい魔人はんくらいやねん。

 な? 貴重やろ。

 

 今日かて、「生花ギルドの見習いさんがね、沈丁花の毒にやられて大変だったんだょ~」とか、「でもあれ、口内炎の薬になるんやで~」とかそんな話をしとってん。

 ほしたら、そこにおっぱい魔人はんがひょっこり現れて、なんやミリィちゃんと仲良ぉしゃべってるさかいにやな、「おやおや~?」って思ぅたんや。

 

 相手が誰であれ、男性には緊張と畏怖を垣間見せとったミリィちゃんが、なんや楽しそうに話しとるやんか。

 なんなん、自分? ホンマ何者なん?

 ミリィちゃんまで手懐けるとか、どんな魔法使ぅたんや?

 

 ホンマ、油断ならん男やね。

 

「みりぃはね、これから野草を採りに行くの」

「花じゃなくてか?」

「ぅん……乾燥させて、保存食にするの」

「あぁ、せやな。もうそんな時期やもんなぁ」

 

 あまりにも自然と会話しとるさかいに、ウチかてついつい普通に会話に参加してしもうた。

 こんなこと、言うつもりやなかったのに。

 

 

「よかったらウチも一緒に行ってもえぇかな? 今のうちに集めておきたい薬草もあるし」

 

 

 あれぇ?

 ウチ、今、何口走った?

 一緒に? え、ホンマに?

 

 そんなん、薬草くらい一人で採りに行ったらえぇがな。

 生花ギルドの人にちょこ~っと許可取って、見張りつけてもろて、ささ~っと採ったら小一時間で済む話やん。

 

 それを、え、なに? 一緒に?

 なんで?

「あぁ、やっぱ今のなし!」って、言おうか思たんやけど……

 

「ぅんっ! 一緒にいくと、たのしい」

 

 あぁ、アカンわ……

 そんなキラキラまぶしい笑顔で言われたら、今さら断られへん……

 

 ミリィちゃんはめっちゃえぇ娘なんやけど……森に二人で行って間ぁが持つとはとても思われへん。

 せやから、いつもよぅ知らんオバちゃんにお願いして、ずーっと無言でも大丈夫なようにしとったのに…………よし、道連れにしたろ。

 

「ほなら決まりやな。荷物が仰山になっても、男手がおるから安心やなぁ」

「ちょっと待て。なんで俺まで一緒に行くことになってんだ?」

「ぇ……?」

「え?」

「いや……『え』じゃなくて……」

 

 ウチは悪意てんこもりで言うとるんやけど、ミリィちゃんはホンマに一緒に行ってくれると思ぅとったんやね。

 随分頼りにされとるやんか、自分。

 え? ホンマに仲良しなん?

 なんで? どうやって?

 

 謎過ぎるで、自分。

 

 これが自分やなかったら、大事になっとるで。

 おっぱいが大好きなくせに、その上いろんな女の子とすぐ仲良ぅなるくせに、一線を越えることは絶対にせぇへん。

 そればかりか、相手が本気にならへんように絶妙な距離をずっと取っとる。

 小狡く生きれば、とっかえひっかえでさぞや優越に浸れる人生を送れるやろうに……それを決してしない。そんで、そうやとこっちに確信させてくれる。

 

 変な御人おひとやわぁ、ホンマ。

 

 自分がお人好しやっちゅう証拠なら、探さんでもいくらでも出て来るで。

 たとえば、こんな風に……

 

「野草が生えとるんは深い深い森の中……美女と美少女だけやと、何かと不安やなぁ……なぁ、ミリィちゃん」

「ぅ、ぅん…………ふあん、だね」

「ミリィ使うのは卑怯だぞ、レジーナ」

 

 ……な?

 

 ホンマ、変な御人やわ。

 

 

 

 

 

 ホンマ、変やわ自分。

 

「なぁ、レジーナ。ミリィ呼んできてくれる?」

「何回引っ掛かんねんな、自分!?」

 

 森の中には警戒用の巨大食虫植物が仰山仕掛けられとる。

 とはいえ、そこまで危険な植物やのぅて、せいぜい足止め程度のもんなんやけど……それにしても掛かり過ぎや。

 

 なんで触んねんな?

 あからさまに危なそうな突起物とか、不自然な動きする蔦とか、警戒色丸出しの葉っぱとか、なんで触るん?

 目の前でちらちら動くから興味惹かれてまうん?

 赤ん坊かいな?

 

「ウチたぶん、明日起きたら川漁ギルドのクマ耳はんみたいな腹筋になっとるわ」

「笑ってないで助けろよ」

「そんなミノムシみたいな格好で凄まれても怖いことあらへんわ」

 

 あぁ、お腹イタ。

 笑わせ過ぎやで、自分。

 なんなん、もう?

 なんでそんな可愛らしい顔してんねんな。

 食虫植物に捕まって「しょぼーん」って顔して……ウチの母性本能の限界値でも調べるつもりかいな。

 連れて帰るで、ホンマ。

 

「きゃぅ!? てんとうむしさん、また、なの?」

「うん、また、なの」

「むやみに触っちゃ、ダメ、だょ」

 

 叱られとるやん!

 こんな小っちゃい、可愛い女の子に、めっちゃ真面目に叱られとるやん!

 アカン、笑い死ぬ。

 

「レジーナ、笑うな」

「無茶言ぃなや、自分」

 

 そんな「しょぼーん」な顔で言われて、笑わんわけないやろ。

 

「くっそ、服がべちゃべちゃだ」

「あっちの方でちょっと休んどきぃや。変なもんに触らんと、大人しゅう座っとったら安全やさかいに」

「へいへい……そーするよ」

 

 有用な薬草が採れる近辺には、食虫植物が群生しとる。一応、泥棒避けのためにな。

 まぁ、薬草が見分けられる人間やったら、こんな食虫植物には引っ掛からへんけど。

 あのうっかりさんは危険やさかいに、ちょっと離れたところで待っててもろぅて、さっさと薬草を採ってしまお。

 

 あのなんでも出来てまうおっぱい魔人はんが、実はこんなに世話の焼ける人やったとはなぁ。

 アカン。ギャップやわ、これ……ちょっと、可愛い見えてきてもぅてる。

 ウチにもあるんやね、母性本能。気を付けよ。こうしていろんな女の興味を引いとるんやな、あのジゴロは。怖いわぁ。ふふふ……。

 

「れじーなさん、楽しそぅ」

「へ? せ、せやろか?」

「ぅん。今日、とってもいい笑顔、してる、ょ?」

「さ……さよか」

 

 かなんなぁ。

 そんな無自覚なモン、見んといてんか。

 ……顏、熱ぅなるわ。

 

「ミリィちゃんは、あのおっぱい魔人はんと仲えぇのん?」

「ぉ……おっぱ……ぁう、ぁの……ぅん」

 

 おぉっと、アカンアカン。ミリィちゃんにおっぱい魔人はアカンかったな。

 せやけど、あの御人を的確に表現できる言葉って他にないさかいなぁ……

 

「仲良し……だと、嬉しい、な……ぇへへ」

「なにこのメッチャ可愛い生き物!? 持って帰ろかな!?」

「ぁうっ、だ、ダメ、だょぅ?」

 

 なんやろ。

 不思議な気分やなぁ。

 

 ウチ、今日、変やわ。

 

 何をやるにしても、絶対一人の方が気楽で、ウチにぅてて、絶対一人の方が好きやのに……

 

 

 なんや、今、めっちゃ楽しいわ。

 

 

 ふふ、変やな、ウチ。

 なんや、笑けてくるわ。

 

「なぁ、知ってる? この薬草な、天日で干してからよぅ揉むと、葉っぱの裏にな……」

「ぅん、ぅん。それで?」

 

 妙なテンションに押されて、らしくもなく饒舌になって、なんでも楽しそうに聞いてくれるミリィちゃんに薬草の蘊蓄を垂れて、逆に花の蘊蓄聞かせてもろて、なんやめっちゃ女子っぽいおしゃべりを楽しんでしもた。

 

 たまには、悪ぅないかもなぁ、こうやって誰かと出かけるんも。

 

 そんなことを思った直後。

 

「たーすけてー!」

 

 ちょっと離れたところで、おっぱい魔人はんが食虫植物に捕食されとった。

 

「ぁう……、す、すぐに!」

「もう! これで何度目やねんな、自分!? しっかりしぃや!?」

 

 誰かと出かけると、こうやって煩わされることもあるんやな。

 考えもんやなぁ、やっぱ。

 

 ウチが欲しかった薬草はあらかた手に入った。

 あとは、ミリィちゃんが採りたがってたヒラールの葉っぱだけや。

 迂闊なソーセージボーイに苦言を呈しつつ、何度釘を刺しても懲りひん様に呆れつつ、森のさらに奥へと進む。

 

 そこで、森の厄介者に出くわしてもうた。

 巨大でしつこくて、獰猛でこそないけれど、非常に煩わしい獣。

 

 あ~、こらまた面倒が増えて、時間が減るわぁと、げんなりした気持ちになっていると――

 

「お前らっ!」

 

 おっぱい魔人はんが真剣な顔でウチらを呼んだ。

 その顔を見てピーンときた。

「あ、この人あの獣のこと知らへんのや」って。

 煩わしいけれど、危険はないこと。

 まぁ、見た目だけならかなり危険な獣に見えるさかいに慌てるのは無理もあらへん。

 

 こら、あとで「あの時自分、めっちゃ必死な顔しとったなぁ~」って冷やかしたらなぁ、なんて思ぅた矢先、おっぱい魔人はんはウチらを置いて走り出した。

 明らかに自分が狙われていると確信した直後に、ウチとミリィちゃんから遠ざかるように。逆方向へ。

 

 あの獣の素性を知らず、獰猛で危険な獣やと思い込んだままで、ウチらから危険な獣を遠ざけようと――自分が犠牲になろうと……

 

 

 なんやねん。

 

 なんやねんな、自分……

 

 

 

 なんで、そんなカッコいいことすんねんな。

 

 

 

 

 

 ちょっと、感動してしもたやないか、アホ。

 

 

 

 案の定、逃げ切ることは出来ずに、おっぱい魔人はんは獣に捕まって「はふはふっ」ってじゃれつかれとった。

 危険がないって分かってたから、ぼーっとして見ていられた。

 頭ん中真っ白になって、熱に浮かされたみたいに傍観してられた。

 

 せやけど、もしそれが危険な獣やったら……ウチ、みっともなく泣き叫んどったかもしれんで?

 やめてや、もう。

 

 顏、熱ぅなってまうわ。

 

 

 せやから、こんなことを大きな声で言うてもうたんやで?

 

 

「チャンスや。今のうちに野草採っておいで」

 

 

 せやから、その後軽口叩いたんやで?

 せやから、自分を助けられんと、放置して野草採りしたんやで?

 

 

 あのまま自分の隣に立っとったら……ウチ、茹ダコみたいな顔になってもぅてたやろうしな。

 ……ホンマ、かなんわ、自分。

 

 ミリィちゃんのみならず、ウチみたいな変わり種まで手懐けるつもりなんかいな。どんな魔法使われたんやろなぁ、ウチは?

 

 ホンマ、油断ならん男やね。

 

 

 

 

 

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