「それでヤシロさん。『大玉転がし』って、どんな競技なんですか?」
「でっかい球を転がして、向こうのパイロンをぐるっと回って戻ってくるんだ」
「『台風の目』のようなルールなんですね。……でも、パイロンがいくつも並んでいますけど?」
大玉転がしが行われるレーンには、三つのパイロンが間隔をあけて並んでいる。
「年齢によって、コースの長さが変わるんだよ」
「年齢……あ、そうでしたね」
入場門に並ぶ選手を見て、ジネットが納得いったように手を叩く。
チラッと読んだルールでも思い出したのだろう。
さらにマグダとロレッタが競技の説明を補足する。
「……大玉転がしは、各チーム『年少』『年中』『年長』『壮年』の4チームを編成してリレー形式で行われる」
「年少と壮年は手前にある第一パイロンを、年中は第二パイロンを、年長は一番遠くにある第三パイロンを回って戻ってくるです! 走行距離はそれぞれ30メートル、50メートル、400メートルとなっているです」
……うん。年長の走行距離が酷いことになってるが、まぁ、気にするな。
大玉を転がしつつ400メートルとか……アホかと。
けど、体力自慢の人間が多いこの街だとこれくらいでちょうどいいのだそうだ。
「……これは交流の意味が強いので点数は低め」
「しかしながら、落とせない一戦でもあるです!」
「では、みなさんで一所懸命応援しましょうね」
今回、俺たち陽だまり亭一同は競技に参加しない。
各チームとも、参加人数は『三人以上』と規定されており、上限はない。たくさんいることが有利になる競技じゃないし、地域によって子供や年寄りの人数が異なるからな。
「ちなみに」と、俺はさらなる補足をしておく。
「年少と壮年は出場者が揃わなかった場合、混在が認められている。年少チームにジジイが入ってもいいし、地域の年寄りがみんな死にかけていたらガキどもを走らせても構わない。どっちも足腰弱いから似たようなものだしな」
「表現に悪意を感じますよ、コメツキ様」
「ご年配の方には敬意を、幼い者たちには愛情を持って接するべきです、コメツキ様」
左右から、イネスとデボラに肩を掴まれた。
……つか、なんでデボラまで『コメツキ』呼ばわりなんだよ? まったく、これだからみんなと一緒がいい『BU』っ子は……
「さぁ、まいりましょうか」
「は? まいるって?」
「あなたもエントリーされるのですよ、コメツキ様」
「はぁ!? 聞いてねぇぞ!」
二本の細い腕にがっちりと拘束され、俺は後ろ向きに引き摺られていく。
くそっ、こいつらも無駄に力が強ぇ! 獣人族でもないくせに、どんな鍛え方してやがるんだ!?
「各世代『三人以上』というルールが存在しています。現在年長チームはモコカさんとバルバラさんの二名しかエントリーしておりません」
「だからって、なんで俺が!?」
「双方ともに親しく、また、どちらか一方に肩入れをせず、かつ、どちらにも厳しく接することが出来る人材があなたしかいないからです、コメツキ様」
「だからって……!」
「諦めてください」
「俺、さっきの競技に出たばっかじゃねぇか!」
「走ってはいなかったじゃないですか、コメツキ様」
有無を言わさず、俺は入場門へと拉致された。
……つか、なんでデボラの方が『コメツキ様』を連発してたんだ? イネスは一切言ってないのに。
もしかしてあれか? 「これまで言ってなかった分取り返さなきゃ」的な発想? いらねぇよ、そんなもん。
連行される最中、入場門の前に待機する参加選手の中で「やちろ~!」とシェリルが手を振っていた。
あいつも参加するんだな、年少組で。
そんなことを考えているとあっという間に入場門へ到着してしまった。
入場門へ放り込まれると、バルバラが「おーい、英雄! こっちだこっち!」と大きく手を振って俺を迎えた。……追い返してくれてもよかったのに。
「なぁ、英雄! このバアさん知ってっか? すっげー優しいんだぜ?」
と、紹介されたのはムム婆さんだった。
「ほぼ毎日顔を合わせてるよ」
「うふふ。そうねぇ」
ムム婆さんは陽だまり亭でお茶を飲むのが日課なのだ。
俺が陽だまり亭をあけていない限りは高確率で顔を合わせることになる。
しかし、バルバラとムム婆さんが知り合いだったなんてな。
行動範囲が似たようなもんだし、そりゃ顔も合わせるか。
「前にテレサが道で転んでな? その手当てをしてくれたんだよ。通り魔のこのバアさんが!」
「『通りすがり』よ、バルバラちゃん」
えらい言い間違えだな!?
ムム婆さんが一気にデンジャラスバーサンになってんじゃねぇか。
「で、その後テレサにお菓子くれたんだ。いいヤツなんだぜ!」
「なら、口の利き方に気を付けろ」
「まぁ! ヤシロちゃんがそんなこと言ってくれるなんて。うふふ……長生きはするものねぇ」
珍しいものでも見るように、俺を見てニヤニヤし始めるムム婆さん。
なんだよ。まるで俺が常識知らずの破天荒キャラみたいに。俺は結構礼節を重んじてるんだぜ?
一応、失礼がないようにムム婆さんのカップ数も目測したしな。平等に。不公平がないように。
特に興味が湧かないから脳に記憶させていないだけで。
「なんかバアさんさぁ、優しくて、いい匂いして、かーちゃんみたいなんだよなぁ」
「あらあら。お母さんだなんて。私はそこまで若くないわねぇ」
「そうだな。曾祖母くらいだよな」
「……ヤシロちゃん。どうして二親等も遠ざけたのかしら? 祖母でよくないかしら?」
おぉう……ムム婆さんが暗黒のオーラを……
「これでも私、ゼルマルと一つしか違わないのよ?」
「へぇ、一個下なのか」
「…………上、よ」
「あの元気な死にかけジジイより上なのか!?」
「誰が死にかけじゃい、小童!」
青組から威勢のいいジジイの声が飛んでくる。
肉体は健康でも、魂はもうそろそろすり切れる寸前だろうが。今日まで健康に生きてきたんだから、寿命まで欲張んじゃねぇよ。
「まぁ、年上の『女房は金のわらじを履いてでも探せ』っていうし、誰かさんにとっては都合がいいんじゃないかなぁ~?」
「ごーっほごほっごほっ!」
ゼルマルが今にもぽっくり逝きそうなほどむせ返る、のだが、まぁ、まだまだ生きるんだろうな、あの爺さんは。生き甲斐があるからなぁ。
「それにね」
と、ゼルマルのことには一切触れずに、ムム婆さんが話を元に戻す。
このバアさんも、結構したたかだよな。こと、自分の恋愛話になると。まぁ、興味が微塵もないからいいけど。
「バルバラちゃんにはもっとお母さんに相応しい人がいるでしょう?」
朗らかな、という表現がぴったりくる笑みを浮かべ、ムム婆さんが視線を移動させる。
その先には、小さな袋をぶら下げてパタパタとこちらへ駆け寄ってくる一匹のオコジョがいた。
「シェリル~、バルバラさ~ん!」
手を振って満面の笑みで駆けてくるのは、ヤップロックの妻ウエラーだった。
「奥さん……」
ウエラーを見て、バルバラが少し強張った表情を見せる。
緊張。そんな感情がありあり伝わってくる。
「はぁ、はぁ……ごめんなさいね。製粉作業が長引いちゃって……」
「おかーしゃん!」
仕事が押して、大慌てで駆けつけた。そんな様子で、ウエラーは肩を上下させている。
胸に飛び込んできたシェリルを抱きとめ、「あらあら、うふふ」と穏やかに笑う。働くお母さんだ。
「シェリル、かけっこでいっとーしょーだったんだよ! ほら!」
と、獲得した記念メダルを誇らしげに見せるシェリル。
「あらあら。それは見たかったわねぇ。ごめんね、遅くなって」
「うーうん! また走るから見ててね!」
「えぇ、この後はずっと応援しているからね」
そう言って、愛娘の頭を撫でる。
そんなウエラーを、バルバラは複雑な表情で眺めていた。
「バルバラちゃんも、一等賞を取ったのよ。ねぇ?」
ムム婆さんの言葉に、バルバラがぎょっとした表情を見せた。
そして、気まずそうに視線を逸らし、言いたい言葉が見つからないかのように口をつぐむ。
「あら、そうなの? すごいわ、バルバラさん!」
「いや、まぁ……アーシ、体力くらいしか、取り柄ねぇっすから……」
「そんなことない! もっと誇って。私、すごく嬉しいわ。ねぇ、メダル見せて」
「あ……い、一応、これ……っす」
「まぁ~! お揃いね、シェリル」
気まずそうに、気恥ずかしそうに、バルバラが眉間にしわを寄せる。
……あぁ、なるほど。そういうことか。
「で、ムム婆さんはなんで知ってんだ? こいつらの状況を」
「うふふ……」
俺が何かに気が付いたことを悟り、ムム婆さんは嬉しそうにほうれい線を歪曲させる。
「ウエラーちゃんに相談されていてね」
「ウエラー『ちゃん』?」
「あの娘、昔ウチでお手伝いしてくれていたのよ」
「え、マジで!?」
それはまた、なんつーか……世間は狭いというか、そういうこともなくはないかというか。
「バルバラちゃん、シェリルちゃんがあぁしてお母さんに甘えるとね、テレサちゃんを連れて出かけちゃうんだって」
母の温もりを知らないテレサが羨ましがらないように。ということなんだろうが……羨ましいのはバルバラも同じなのだろう。今の表情を見ていればよく分かる。
「なんとかしてあげられないかしらと、ずっと思っていたのよねぇ~」
「なんだよ、その『ねぇ~』ってのは」
まるで俺に丸投げするみたいな言い方で気に入らんな。あぁ、実に気に入らん。
好々爺然としたムム婆さんと並んで、ウエラーたちの様子を窺う。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!