「あ、ヤシロさん! ロレッタさんですよ! 応援しましょう」
ジネットの声が弾む。
ロレッタが舞台へと上がり、両手を振りながら周囲にアピールして、盛大にコケた。
どっと笑いが起こる。
さすがロレッタだ。笑いの神が群れを成して降り注いでやがる。
「パウラさんの衣装も可愛くて素敵ですね」
ドレスが多い中、ホットパンツにヘソ出しジャケット姿のパウラは目を引いた。
快活で、ほんの少し女の子っぽい。
実にパウラらしい出で立ちだ。
そして、そんなパウラの後ろに……
「えっ!? あれ、レジーナだよな?」
「え、どこですか?」
「パウラの後ろ」
「え? …………えぇっ!?」
ジネットはレジーナの大変身を知らなかったようで、あまりの変貌振りに目を白黒させていた。
「み、……見違えました」
「見間違えたかと思うほどに、だろ?」
しかし、なんでまた『ミス元気娘』にエントリーしてんだよ?
『元気』とは対極にいるような生き様のくせに。
『元気』が『陽』の言葉なら、レジーナは間違いなく『陰』の生き物だろうに。
「……レジーナは『ミス淫猥』を探していたので、もうなんでもいいだろうという結論に至り、パウラが引きずっていった」
「何やってんだ、あいつは。他所の区に来てまで……」
あるわけないだろうが、そんなもん。
「ロレッタさんの衣装、やはり少し地味だったでしょうか?」
陽だまり亭三人娘の衣装はすべてジネットの手作りだ。
それぞれの個性に合わせるように、ジネットはふんわりと、マグダは可愛らしく、ロレッタは快活な雰囲気の衣装になっている。
色身もジネットは紺と白、マグダは赤と白、ロレッタは緑と白というように、個性を強調しつつ三人で統一感も出している。
「お揃いです」と、三人とも嬉しそうに衣装合わせをしていた。
……露出は少なめだけどな。
特にジネット。
マグダとロレッタはヘソとふとももを出しているのに、ジネットは二の腕がちょっと出ているだけだ。それも上からシースルーのケープを羽織っているから露出感が少ない。
もっと有効活用すればよかったのに!
その最強の武器を!
エクスカリパイを!
「エクスカリパーイ!」
「ヤシロさん?」
「あぁいや、なんでもない」
「……通常であれば『なんでもない』時の発言ではないけれど、ヤシロだから仕方ない」
「えっと、今のは一体どういう意味なんでしょうか?」
「……店長は知らなくてもかまわない内容」
「あのな、『エクスカリバー』って聖剣があってな、それとおっぱいを掛け合わせた――」
「いちいち説明しなくていいよ、そんなくだらないこと」
エステラに首根っこを掴まれ、ジネットから引き離される。
「それよりもジネットちゃん。申し訳ないんだけど、ヤシロはちょっと借りていくよ」
「え? どちらへ?」
「更衣室さ」
「更衣室……? どなたかのメイク直しですか?」
「ううん。『直し』じゃなくて『メイクアップ』かな。いまだすっぴんのままみたいだからね」
『だからね』と言いながら、エステラが俺の顔を覗き込み、にやりと笑う。
……背筋に、いやな悪寒が走った。
「どうしてわざわざ『男女兼用更衣室』なんかを作ったと思う?」
「お前、何を企んで…………まさか、リカルドもグルか?」
「エステラよ、こちらも確保したぞ」
「おいっ、なんだよ、ルシア・スアレス!? 俺は審査委員長だぞ!」
ルシアによってリカルドが捕縛されている。
……あいつも被害者か。
「なぁに、いつまで経っても女性の美に対する思いに理解を示さないそなたに、実際体験してもらおうと思ってな。完璧でない状態で人前に出ることの不安感と、戦いの前には少しの手抜かりもなく美を極めたいと思う女心というものをな」
「言っている意味が分からねぇぞ、ルシア・スアレス!」
「だから体験させてやると言っているのだ。感謝してもかまわんぞ」
「いててて! てめっ、離せ! おい、エステラ! お前からも何か言って――」
「リカルド。君……性懲りもなくボクにブーブークッションを仕掛けようとしたんだって?」
「…………テメェ、どこでそれを?」
きっ!
――と、俺を睨むリカルドだが、俺は知らん。
おおかたマグダかロレッタがしゃべったのだろう。
あの時、周りには結構いろんなヤツがいたからな。迂闊なんだよ、お前は。
「リカルドのアホに制裁が必要なのは分かった。だが、なんで俺まで? 俺は理解のある方で――」
「何かにつけて露出露出、おっぱいおっぱいと騒ぐ不届き者に教えてあげるんだよ。無遠慮にじろじろ見られるっていうのが、どんな気持ちなのかをね」
「………………いや、そこまで連呼してはいないんじゃないかなぁ、俺」
「エクスカリパイが、なんだって?」
ん~……言い逃れ、出来なそう☆
「ちぃっ! かまってられるか! オオバ! 振りほどいて逃げるぞ!」
「少々不本意ではあるが、今だけは協力してやるぜ、リカルド!」
「無駄な抵抗はしない方が身のためだよ、お二人さん」
エステラが小粋なウィンクを寄越し、俺とリカルドの上に巨大な影が覆いかぶさってきた。
「悪足掻きはよすんだね、リカルド、ダ~リン☆」
「「メ、メドラは卑怯だろ……」」
メドラの背後にはデリアにノーマ、面白がってるルシアにナタリア、心配そうながらもちょっとわくわくしちゃってる感が隠しきれていないミリィ、そして妙に気合いの入っているネフェリーと腕まくりしているイメルダがいた。
……逃亡、不可能じゃねぇか、こんなの。
「私から、逃げられると思ってるのかなぁ~☆」
いや、お前からは逃げられるよ、マーシャ。
マーシャだけなら速攻逃げてたんだけどなぁ……
「さぁ、行こうか二人とも。……と~っても可愛くオシャレさせてあげるから★」
邪悪。
今のエステラのスマイルは、それ以外に形容しがたい禍々しさに満ちていた。
「あ、あのっ、エステラさん!」
そう!
そうだよ!
こういう時に「可哀想です!」って庇ってくれる存在がいるじゃないか!
そう、その者の名はジネット!
慈悲と慈愛と大きなおっぱいで形成された優しさの権化、ジネットだ!
さぁ、ジネット!
この悪魔のごとき非道な仕打ちを糾弾し、俺を窮地から救い出してくれ!
「わたしも、きっとおそらくロレッタさんも、お手伝いしたいですので、少し時間をいただけませんか!? せめて『ミス元気娘』のコンテストが終わるまでは!」
って、こら。
お前もそっち側かーい!
……いや、そんな気はしていたけどな。
だから必要以上に持ち上げてこっち側に来るように祈ったってのに……あぁ、そうだった、ここの神は底意地が悪いんだった!
俺が頼めば頼むほど逆張りしてくるようなイヤ~な神だったよ、そういえば! ふん!
「分かったよ、ジネットちゃん。ヤシロ《メインディッシュ》は最後に取っておくことにするね」
「ちょっと待て……、オードブルや食前酒なんかもいるのか?」
「それはもちろん、盛り上げるために必要なだけね」
「…………お前はどんなおぞましいことを考えているんだ?」
「おぞましいなんてとんでもない。ボクたちはただ、美の共演を楽しみにしているんだよ。『ミスマスラオ』の戦いをね」
「なんだ、その1ワードで矛盾する不吉なネーミングは!?」
「あぁ、もう、うるさい☆ 皆の者、引っ立てぃ!」
「「「かしこまりー!」」」
「ちょーっと待てぇー、お前らー!」
こうして、俺たちは華やかに着飾った力自慢の女性たちに捕縛され連行されていった。――地獄へ。
「ヤシロさ~ん! コンテストが終わったら駆けつけますから、待っててくださいね~!」
嬉しそうに手を振るジネットとマグダ。
来んでいいわい!
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