「……店長、おかわり」
「ぅぇえっ!? ま、またさっきの怖いのをやるんですかっ!?」
無慈悲なマグダがジネットを酷使しようとしている。
……自分でやれ。
「音はすごいが、危険はさほどない」
「……多少はあるんですね?」
そりゃ多少はあるさ。火を点けている以上はな。
「エステラの質問とも合致するから、説明をしてやろう」
そう言って、俺はバターを引き直したフライパンに、爆裂種のコーンを十数粒だけ投入した。
火を点けて熱していく。蓋はしない。
「皮の硬い爆裂種は、こうやって熱してやることによって……」
ポンッ! と、フライパンの中の一粒が弾け飛ぶ。
その場にいた全員が肩をびくりと震わせた。
「このように、実の中の水蒸気が膨張、破裂をすることで弾け飛ぶんだ」
説明している間にも、フライパンの中のコーンは次々に破裂し、フライパンからポ~ンと飛び出していくものまであった。
「……あむ! ナイスキャッチ」
フライパンから飛び出したポップコーンを、マグダが口でキャッチする。
さすがネコ科、器用なもんだ。
物の数分で、投入したコーンがすべて白くもこもこしたポップコーンへと変わった。
「魔法を見ているようです……」
その光景をジッと見つめていたヤップロックは、目の前で起こったことが信じられないようで、表情を固まらせていた。
「さすがは、夢再生ギルド……」
「それやめろっつってんだろ!」
ゴミ回収ギルドだから!
夢を再生するのはご自分でどうぞ!
「んじゃ、おかわりを作るか」
「……ヤシロ」
「ん? どした、マグダ?」
「……マグダ、やる」
いつもの虚ろな目ながらも、眉をキリッとさせて、マグダが両腕を伸ばしてくる。さながら、「フライパンを貸せ」とでも言うように。
「出来るか?」
「……覚えた」
まぁ、蓋をしてフライパンを振るだけだから、難しくはないんだけど……
「……今後、メニューになれば、作れる人、必要」
へぇ……
マグダはマグダで今後のことを考えているのか。
確かに。メニューが増えた時に手伝える人員が多ければ回転率も上がるだろう。
小さいくせに、そんなとこにまで気を遣ってんだな……
「よし、やってみろ。ただし、十分に気を付けてな」
「……任せて」
俺は、バターを入れ、コーンを投入し、フライパンをマグダへ渡す。
「……作った者が、最初に食べる権利、ある」
フライパンを火にかけた途端、マグダがそんな言葉を呟いた。……こいつ、さっきジネットが一番に食べられたのが羨ましかっただけなんじゃ…………
「……マグダの一口は、大きい」
独り占めするつもりじゃなかろうな……?
ふと辺りを見渡すと、先ほどは避難していた面々が全員厨房に留まり、虎視眈々と獲物を狙う獣の眼をしていた。……どんだけだよ、お前ら。
これではポップコーン争奪戦で今日が終わってしまう。
俺はもう一つ入手した食材、トウモロコシ粉を使ってトルティーヤを作ることにする。
一口にトルティーヤと言っても作り方は様々だ。が、変にこだわり過ぎるのもよくないだろう。というわけで、生地も寝かせない簡単なヤツにしておこう。
ぬるま湯と塩をトウモロコシ粉に混ぜ、耳たぶくらいの硬さになるまで捏ねる。ここで石灰を入れてアルカリ処理をしてやらないと、ナイアシンとかいうビタミンの仲間が摂取されにくいらしいのだが……他所で補填してくれ。石灰などない。
生地を薄く伸ばし、フライパンで両面をパリッとする程度に焼く。
どうせ、アホみたいに貪り食われるのだろうから、大量に作っておくこととする。
「ヤシロさん。お手伝いすることはありますか?」
鳴り響くポップコーンの破裂音に肩をすくませつつ、ジネットが俺の隣へとやって来て手伝いを申し出てくれた。
ただ、音が怖いのか涙目だ。
「じゃあ、サルサソースを作ってもらおうかな」
「おサルさんソースですか?」
「サルが気の毒だろう。やめてやれ」
「……えっと?」
「トマトを角切りにして、玉ねぎとにんにくをみじん切りに……それからレモンを半分絞ってくれ」
「はい!」
俺がトルティーヤを焼いている間に、驚くような手際の良さで材料が揃えられていく。
マズい。追われている……このせっつかれる感じは好きじゃない。
「ヤシロさん。出来ました。次は何をしましょう?」
「歌いながら不思議な踊りを踊っていてくれ」
「はい。分かりま……せんよっ!? なんの意味があるんですか!?」
俺は追われるのが好きではないのだ。なんか適当なことをして時間を潰していろ。
「では、作業を変わりましょうか?」
「そうだな。両面がパリッとする程度に焼いておいてくれ」
「はい」
持ち場を交代し、俺はサルサ作りに移る。
といっても、ジネットが用意してくれたものを鍋で煮込むだけだ。
玉ねぎとにんにくを炒め、トマトとオリーブオイルを入れて十分ほど煮込み、粗熱を取った後で、大量のレモン汁と塩を入れて味を調える。以上。
さっぱりとした酸味の、サルサソースの完成だ。
あとは、養鶏場で屠畜された鶏肉のミンチを使ってタコスを作る。
ひき肉を調味料で味付けしながら煮込み、もっさりしたところで火から下ろす。
これを野菜と一緒にトルティーヤに挟んで、サルサソースで食べるのだ。
「お~い、出来た…………ぞ?」
振り返った俺は、絶句した。
「……こちらも……ポリポリ……出来ている……ポリポリ」
そこには、アホかというくらい大量のポップコーンが山と積まれていた。
六個のボウルにそれぞれ溢れんばかりにポップコーンが盛られている。
……限度を知らんのか?
「不思議な触感と、お手軽さ、そして、癖になるこの味…………食事とは呼べませんが、食べ物としては上出来だと思います」
ベルティーナが頬をパンパンに膨らませてそんな講釈を垂れる。
……つか、あんたはなんでその状態でスラスラしゃべれるんだ? 器用過ぎるだろう。
「ヤシロさん。トルティーヤの準備が出来ま……すごい量ですねっ!?」
ジネットもビックリしている。
「ジネット。あなたも早く食べないとなくなりますよ」
なくなる予定なのかよ、これ……
ヤップロック一家も、無心にポップコーンを貪り食っている。
「ウチのトウモロコシが、こんな美味しいものに変わるだなんて……まるで魔法だ……ヤシロさんは、奇跡を起こすお人だぁ……」
気持ちの悪い崇拝はやめていただきたい。
だいたい、ポップコーンを発案したのは俺じゃない。
たぶん、外国の誰かだ。
しかし、こいつら……好き勝手にポップコーンパーティーを開催しやがって……俺が飯を作っているというのに…………よし、いいだろう、上等だ。腹いっぱい食えばいい。
……今に目にもの見せてやるからな…………くふふふ。
俺は表情を切り替え、腹の底に渦巻くどす黒い感情を微塵も感じさせない爽やかな声で話し始めた。
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