で、入場門に行ってみたら、なんだか赤組が騒がしかった。
「余りましたわ!」
どうやら、イメルダがペアを組めずにあぶれてしまったようだ。
いや、おかしいだろ。人数合わせてたのに。
「ぁの、ね。いめるださんと組むはずだった人、ね。生花ギルドのお姉さんなんだけど、あまり丈夫な人じゃなくて……ちょっと、走れない、の」
ということで、ミリィがすごく心配そうにしていた。
優しいなぁ、ミリィは。どこに申請すれば連れて帰れるのやら。
「仕方ありませんわね。ワタクシは一人で、華々しく、そしてゴージャスに走りますわ!」
「それじゃ不公平なんだっつの。お前はハム摩呂とでも組んで走ってろ」
「はわゎ、思いがけない、ご指名やー!」
ハム摩呂は同年代のチビッ子と走ることになっていたのだが、こいつなら二回走ったって体力的に問題ないだろう。
「ヤシロ、いいのかい?」
足を縛っているなんて感じさせないような動きでエステラとナタリアが近付いてくる。
「イメルダは速いチームに振り分けられているんだよ。組ませるなら遅いチームからでないと……」
「いいんだよ。ハム摩呂なら、二回走ったって体力が尽きることもないし。仮に遅いチームのヤツを引っ張ってきて二回も走らせてみろ、欠場者がもう一人増えちまうぞ。それに」
俺はエステラを呼んで、そっと耳打ちする。
「ハム摩呂だからな」
「あぁ、なるほどね……」
エステラにも俺の意図するところが理解できたようだ。
イメルダの顔を窺い見て、「あ~ぁ」と眉根を寄せた。「可哀想に」とは、思ってなさそうな顔だな。精々「見ものだね」ってところか。
どんなに運動神経のいい人間であろうと、ハム摩呂とペアを組んだら確実に引き摺られる。
速いチームのイメルダには遅い人間ではなく、さらにもっと速いハム摩呂を宛がう方が『足枷』になる。もっとも、イメルダの方がハム摩呂の足枷になるのかもしれないけどな。
とりあえず、イメルダ……死ぬなよ。
俺は全力のハム摩呂に付き合わされるのは御免だからな。そうなるくらいならさっさと棄権するね。……体力が一瞬で底を尽いちまう。
「ハム摩呂さんがワタクシのパートナーですの?」
「そんなかんじー!」
「よろしいですわ。精々ワタクシをお引き立てなさいまし!」
「サンドイッチの横の、ブロッコリーやー!」
「パセリですわよ!? 形はちょっと似てますけれども!」
「カリフラワー!」
「白くなりましたわね!?」
「ロマネスコー!」
「なんですの、それは!? 聞いたこともない名前ですわ! だんだんサンドイッチよりも目立ち始めましたわね、ハム摩呂さん!?」
「はむまろ?」
「このタイミングでですの!?」
うん。なんかいいコンビになりそうだ。
ハム摩呂がイメルダの刺々しさをマイルドにしてくれている気がする。
あとな、ジネット。
「ロマネスコはカリフラワーやブロッコリーのお友達で、塩茹でにして食べるととても美味しく……」とか、説明しなくていいから。
って!? あるのか、ロマネスコ!? 日本でもあんまり見かけたことない野菜なのに。
ハムっ子たちに畑を任せているせいで品種改良が爆進み……とかじゃ、ないよな? な?
よし。深く考えるのはよそう。あるもんはあるのだ。それでいいじゃないか。
「んフフ~☆ やわやわ、ふわふわなのネェ☆」
「ちょっ! どこ触ってるんさね!?」
はんなりしたオシナの声と、焦りを滲ませたノーマの大声に思わず視線が向かう。
互いの足を黄色い紐で固定したオシナとノーマがなんかじゃれ合っていた。
というか、オシナがノーマに抱きついてぐりぐり頭をこすりつけていた。その大きくも柔らかそうな二つの膨らみに。
「おっぱいだ!」
「……おっぱいを触っている」
「ノーマさん、触られてるのはおっぱいですよ!」
「分かってるさね! いちいち指摘しなくていいんさよ!」
いや『どこ触ってる』って聞いてたから、どこを触られているのか教えてやったんだが。
というか。
「いいなぁ、オシナ!」
「ウフフ~☆ 役得ネェ☆ 徒競走、頑張ってよかったのネェ」
「あんた、頑張ってなかったじゃないかさ! ほとんど歩くような速度でビリッケツだったさね!」
「あんなに長い距離小走ったのは久しぶりなのネェ」
「走ってないさね!? 小走りって自分で認めたさね、今!」
完膚なきまでの最下位を喫したオシナと、四十二区トップクラスのデキる女ノーマ。
ペアを組むのは当然の二人か。
それにしても、あんなにじゃれついても怒られないもんなのか……
「オシナ。次、俺な!」
「次とかないさよ!」
「ウフフ~☆ 順番ネェ~」
「順番とかないさよ! 聞きなね、あんたも!」
こっちはこっちでいいコンビかもしれない。
面倒見のいいノーマと、甘えたがりのオシナか。オシナも、メドラ以外の頼れる人間を見つけた方がいいと思っていたところだし、ノーマはノーマで頼られるのが好きな性分だからな。うまくやっていくだろう。
「で、オシナ! 他の物にたとえるとどんな『やわふわ』だ!?」
「聞くんじゃないさよ!」
「ん~とネェ、食べ物で言うとぉ~……」
「答えるんじゃないさよ! もう、ヤシロから離れるさね! こっち来るんさよ!」
「ア~レ~ネェ~☆」
楽しそうだ。
実に楽しそうだ。
「……むぎゅ」
「ごめんマグダ。蔑ろにしているつもりはないから拗ねるな」
無い乳はどんなに寄せても谷間を生み出さないんだよ。
あと数年待つんだ。
マグダは胸がないのではなく、まだ育っていないだけだからな。
「エステラとは違うのだから!」
「うるさいよ、そこ!」
エステラが物凄い速度でこっちにやって来た。
速い速い速い!
そして、その無茶な速度にピッタリ合わせてるナタリアがすげぇ! すご過ぎる!
「君には言いたいことが山ほどある!」
「言いたいことは山のようにあるのに……」
「『のに』……何かな?」
「胸は……」
「言うな!」
聞いといて言うなとか、なんて横暴なヤツだ!
「ヤシロと同じレースに出てコテンパンにしてやる!」
「出場順はチームで決められるルールです。当たる可能性もなくはないでしょう」
ナタリアが補足するが、それは「白組の出方を見て合わせるでしょうね、エステラ様なら」と言っているようなものだ。
……エステラと当たると優勝が難しくなりそうでヤだな。
「ならば、私も貴様と同じレースに出てやろう」
そんな言葉とともに乱入してきたのはルシアで、その隣にはギルベルタが寄り添っていた。
「お前らもか……」
「そう。ペアになった、私と、ルシア様は」
領主と給仕長コンビがここにもいた。
ルシアとギルベルタの足は、赤い紐でしっかりと結ばれている。
「コテンパンに叩きのめしてやるから、覚悟しておけカタクチイワシ!」
「翻訳すると、『もっと構ってほしい』思っている、ルシア様は」
「待て、ギルベルタ!? 私は別にそんなこと…………えぇい、人智を越えた面白い顔でこっちを見るな、カタクチイワシ!」
「誰がだ、こら」
「え~、なんだよぉ。もう組み合わせ決まっちまったのか?」
ギャースカ騒ぐルシアの後ろから、デリアとミリィがひょっこひょっこと現れた。
「あたいらもヤシロと走りたかったよなぁ、ミリィ?」
「ぇ……ぅ、ぅん。でも、まぐだちゃんと競うのは、ちょっと……」
「大丈夫だ、あたいがついてる! 自信持てよ、ミリィ」
「ぅ、ぅん。頼りにしてる、ね」
デリアとミリィ。身長差がとんでもないことになっているが……大丈夫だろうか、ミリィ。
周りの空気に触発されたのか、デリアとミリィも赤い紐で足を固定している。
実際はトラックの中に入ってから足を縛ればいいんだが……なんでかみんな入場門で足を縛っている。
これから移動だっつうのに、いいのか、それで?
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