「先ほど、先方には早馬にて手紙をお送りいたしました」
「そうか。ありがとね、ナタリア」
陽だまり亭の入口で、ナタリアが報告をしてくれる。
エステラもホッとした表情を覗かせる。
ギルベルタが職務を放棄して遊びに来てしまったために、俺たちは……というか、主にエステラが、なんやかんやとてんやわんやしていた。
「想定外の出来事っていうのは領主の仕事にはつきものだけど……さすがにこれは想定外過ぎたね」
「申し訳ない思う、迷惑をかけて、私は」
「そう思うのであれば、少しは反省していただきたいものですね」
ナタリアの口調はいつになく厳しめだった。走り回されて少し怒っているのか……いや、同じ給仕長として職務怠慢が許せないのかもしれないな。
「まぁ、ギルベルタも反省しているようだし、今回は大目に見てやれよ」
「職務怠慢は許容されると?」
「悪気があってのことじゃないんだ。今回だけは、な?」
「では、私も今度職務を放棄してヤシロ様とデートいたします」
「そうはさせないよ、ナタリア!」
「大丈夫です。一切悪びれませんので」
「悪気がないのと悪びれないのはまったく違うからね!?」
ただ単に、自由奔放なギルベルタが羨ましかっただけのようだ。
……ナタリアも十分奔放に見えるけどな。まぁ、職務に対してはきちっとしているか。
「明日会ったら、俺からも説明してやるよ」
「怒りの矛先が向くのはおそらくヤシロだろうしね。命は大切にね」
「……怖いこと言うなよ、エステラ」
そうなることは火を見るより明らかなんだが……ルシア、怒るんだろうなぁ…………なんでか俺に。
「お詫びに手伝いをする、私は、友達のヤシロの。なんでも言ってほしい思う」
「いや、別にそこまでしてもらわなくてもいいけどよ」
「なんでも言って、私に。力持ちの自信ならある、私は」
獣特徴の少ないグンタイアリ人族のギルベルタだが、パワーには自信があるようだ。やっぱり、とてつもないものなのだろうな。
ちなみに、ギルベルタの触角は前髪に隠れているのだが、ジッと見つめると確かにその存在を確認することが出来る。自分の意思でぴこぴこ動かすことも可能らしい。
ウェンディやミリィも動かせるのかな? あんまり見たことないんだけどな、動いてるところ。
……と、俺がジッと触角を見つめていると、不意に触角が「ひょい」と髪の毛の中に隠れてしまった。
視線を落とすと、ギルベルタが少し照れたような表情で俺を見ていた。
「少し恥ずかしい、あまり見つめられると、私は……」
「あ、すまん」
「ヤシロ様。聞いた話によりますと、獣特徴というものは個体差があることから、結構恥ずかしいと思う方も多いのだそうですよ」
「そうなのか?」
「はい。ヤシロ様の大好きなおっぱいも、大きさが人それぞれですから恥ずかしいと感じるのではないですか? それと似たようなものです」
ケモ耳をモフるのがおっぱいを揉むのと同義――ってのは、そういうところからきているのかもしれないな。
……で、「ヤシロ様の大好きな」っての、必要だった?
「……マグダの方が力持ち」
ネコ耳をピコピコさせて、マグダがギルベルタに対抗意識を燃やす。
マグダより力が強いヤツなんてそうそういないだろうに……
「あたしの方が獣特徴少ないですっ!」
ロレッタも、なんだか分からない対抗意識を燃やしているが…………お前、それ誇れることなのか? 特徴ないってことじゃね?
「おっぱいは上、私の方が」
「……ぐぅ」
「ぐぅの音も出ないです……いや、マグダっちょは出てましたですけど、さっき」
「どこで張り合ってるんだい、まったく!?」
胸では勝ち目のないエステラが不公平な勝負に物申している。
その横でナタリアが「ぷっ。二つの意味で小さいなぁ」みたいな笑みを漏らす。
「この店では……おっぱいの大きさが重要視されると思っている、私は」
「「「おっしゃる通りだ」」」
「そんなことないですよ!?」
クイーンオブおっぱいが慌てて厨房から出てくる。
大いなる二つの山が存在感たっぷりに揺れている。
「そんなにぶるんぶるんさせながら言っても説得力ないぞ」
「さっ、させてませんよっ!?」
「いや、してるよ、ジネットちゃん……」
「……格差を感じる」
「圧倒的おっぱい力です……」
「やはり桁が違う、最高責任者は」
「もうっ! みなさん、やめてくださいっ!」
がくりと肩を落とす普通~ぺったんこ連盟。
ただ一人余裕をかましているのはナタリアだ。
「あ。私はそれなりにありますので、他の方とは違いますので」
こいつはどこまで行ってもマイペースだな。たまに羨ましくなるよ。
「ところでみなさん、お茶などいかがですか?」
「そういえば、ランチのお客さんも捌けて、ちょっと落ち着いたですね」
「……休憩するには頃合い」
おっぱいから話を逸らそうと、場の空気を変えるジネット。
ちょうど昼のピークが過ぎて客がいなくなったところだ。お茶を飲むにはもってこいのタイミングだろう。
「手伝うか、私は? 何か出来ることはあるか、友達のジネット」
「では、お茶受けを運んでください」
「任せてほしい、私に!」
ギルベルタを連れて、ジネットが厨房へと引き返していく。
「あぁ……平均おっぱい力が半減した」
「どうしてそういう余計なことを言うかな、ヤシロは?」
「今、この場においては私がナンバーワンですね」
「どうしてそういう余計なことを言うかな、ナタリアも!?」
怒っても揺れないエステラが暴れるがやはり揺れない。侘びしいものよのぅ。
「ナタリアも一休みしていくか?」
「では、お言葉に甘えましょう」
「……ねぇ、嘘でもいいから一言ボクに断りを入れてくれないかな? 一応、主なんだけど?」
主の許可なく自由に休憩を取る給仕長。
なんともホワイトな職場じゃないか。
適当な席に座ってジネットたちを待つ。
厨房から物音が聞こえるから、何かを作っているようだ。
ギルベルタに、お茶受けを作らせてやっているのかもしれない。なんとなく、やりたがりそうだもんな、あいつ。
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