「それじゃあ、始めようか。正々堂々と、楽しい多数決を」
その場にいる全員が注目する中、俺は高らかに宣言する。
ここで拍手でも巻き起これば気分も高揚するというものなのだが、生憎とそんな気の利いたヤツはこの場所にはいないようだ。
「エステラ、ルシア。『BU』からの制裁内容は把握しているな?」
「……まぁね」
「私もだ。勝手に送りつけられてきた超大作の手紙に長々と書かれていたからな」
四十二区、三十五区への制裁内容は、すでに手紙にて告知済みである。
細かい数字は割愛するが、三十五区には相当な額の、四十二区はそれに輪をかけてあり得ないような額の賠償請求がなされている。
おいそれと飲むわけにはいかない額だ。
おそらく、法外な賠償金を突きつけることで、会談の争点を『減額』に向かわせようという魂胆なのだろう。
ごねればごねるほど賠償金は増額する、制裁は厳しくなると脅しながら、わずかな譲歩で手打ちにしたいと目論んでいるのだ。
日本の弁護士もよくやる手だ。落としどころを探るって方法だな。
だが。
そんな譲歩じゃ納得できないのが今回の一件だ。
なにせ、俺たちには一切の非がない。
こんなものを飲んじまったら、今後ことあるごとに難癖をつけられてしまう。
徹底抗戦する。
エステラとも、その意見で一致している。
「多数決の前に、エステラとルシア、言いたいことがあったら言っていいぞ」
「そのような時間は、『BU』の多数決には設けられていない!」
ゲラーシーが反論するも、すかさず黙らせる。
「俺が議長だ。私語は慎め。出来ないなら退室してもらっても構わんぞ?」
「……ちっ」
「文句があるなら、俺を議長に選んだヤツに言えよ。お前を含めて七人もいるんだ、誰でもいいぞ。盛大にクレームを浴びせてやれ」
「………………やるならさっさとしろ」
少しでも有利に事を進めたいなら、仕切り役には逆らわないことだ。
もし俺が多数決を放棄すると宣言すれば、お前らは多数決すら採れないんだからな?
理解してないようだけど。
俺のゲラーシーへの対応を見たからか、ゲラーシーを擁護する者は出てこなかった。追撃はなし。先に進めてもいいということだな。
「じゃあ、エステラから」
「うん」
会議室中央に、『BU』の七領主に向かい合う形で置かれた俺のテーブル。
そこから退くと、代わってエステラがその位置へと立つ。
七領主に向かって、言いたいことを告げる。
「穏便に済ませたいのであれば、今回の件からは速やかに手を引かなければいけないことを自覚するべきだ」
室内がざわつく。
「こちらは、これ以上時間を浪費するつもりも、そちらの無謀で無恥な挑発行為を見過ごすつもりも持ち合わせてはいない。もし今後、今以上の妄言を垂れ流すようなことがあれば、この曖昧で薄い繋がりで辛うじて生きながらえている愚かな組織が雲散霧消する覚悟を各人が心に刻む必要が出てくるだろう」
「貴様、どういうつもりだ!?」
立ち上がったゲラーシーに、エステラは静かな声で対応する。
「何が、でしょうか?」
「その口の利き方はなんだ!? あまりに無礼ではないか!」
「へぇ~……」
そして、小憎たらしい笑みを浮かべてイヤミを吐き出す。
「では、会談の始めにボクたちに対して行った不遜な態度が無礼であるという自覚は持っているんですね。ならアレはわざとですか? 無礼などと、どの口が言っているんだい?」
「貴様……っ!」
あぁ、そうそう。
エステラってこういうヤツだったよな。
最初の頃はずっとこんな感じで俺にイヤミ言ってたっけ。
懐かしいわ、なんだか。
しかし、俺のような心にゆとりのあるイケてる紳士ならばともかく、ゲラーシーのように目先のことでいっぱいいっぱいの小物にはそのイヤミを受け流す余裕などなく、直撃すればえげつない威力を発揮してしまう。
「思い上がるな! 外周区ごときの領主が我ら『BU』の領主と肩を並べられるなどと考えるな! 思い上がりも甚だしいわ!」
特に、自分自身で「負けている」自覚のあるヤツは、こうやってすぐにムキになる。
「なるほど……」
涼やかな瞳でゲラーシーを見据え、エステラがぽつりと呟く。
「宣戦布告として受け取っておくよ。――君には容赦しない」
それだけ言って、エステラはルシアに席を譲る。
まだ言うべきことは残っているのだが、一旦下がるようだ。
『てめぇ、俺にケンカ売って後悔すんじゃねぇぞ』ってのをゲラーシー口調で言えとだけ伝えておいたのだが――ノリノリだったな、エステラ。
エステラも相当腹に据えかねていたんだな。
俺が指示したセリフに、かなりのアレンジを加えてきやがった。
続いてルシアが七領主の前に立つ。
こいつには簡潔に、上から目線で挑発するように言っておいたのだが――
「悪いことは言わん。さっさと謝るがよいぞ」
――簡潔過ぎだな。ある意味見事だよ。この短さでしっかりイラッとさせやがった。
「くだらない! 聞くだけ時間の無駄だ! 議長よ、さっさと多数決を採れ!」
あおり耐性皆無のゲラーシーが限界を迎えて喚き散らす。
ドニスはそんなゲラーシーを苦い顔で見ている。あからさまに足を引っ張っているからな、こいつは。
「聞かなくていいのか?」
「構わん!」
「多数決せずにお前が決めるのか?」
「これ以上の茶番は御免だ! みんなそう思っていることだろう! なぁ!?」
ゲラーシーが周りの領主に声をかけるが、返事は一つもなかった。
「ほぅらみろ。これが我々の総意だ」
無言を都合のいいように解釈してふんぞり返るゲラーシー。
じゃあ黙っておくとしよう。
お前の行動を見て、ドニスとトレーシーがそっぽを向いたことを。
他の領主も、この件にはノータッチを決め込むつもりだってことを。
万が一の際は全責任をゲラーシーにおっ被せるつもりだってことを。
「もっと重要な話があったんだけど……残念ですね、ルシアさん」
「あぁ。聞いておけばよかったと後悔するような話がな」
エステラとルシアの会話を、ゲラーシーがテーブルを殴る音で遮る。
そろそろゲラーシーの血管が切れそうなので、多数決に移ることにする。
……あ~ぁ。可哀想に。
「では、今回の一件に関し、きっちりと制裁を科し、賠償金を要求するべきだと思うものは挙手を」
俺の言葉に、五人の領主が手を上げる。
ドニスと、トレーシー以外の五人だ。
ただし、トレーシーは中途半端な位置まで手を持ち上げ、上げるかどうしようかを考えあぐねている様子だった。
「トレーシー。お前どっちなんだよ、それ? はっきりしろよ」
「……分かって、います…………が」
「お前の利益になるように考えればいいんじゃないか?」
そう言ってやると、ハッとした顔をして……トレーシーは手を上げた。
これで、賛成が六票。
「ふん! やはり寝返ったか、ドニス・ドナーティ! 分かりきっていたこととは言え、貴公がそのような態度に出るのであれば、通行税や豆の税収の再分配、または撤廃も考えなければいけないな!」
「早計だな、お漏らし小僧。別にワシは反対だとは言っておらん」
「また棄権する気か!? 真面目に参加する気がないなら、今すぐこの場から立ち去るがよいぞ!」
「それを決めるのは、貴様ではなく議長だろう? ん?」
「………………老いぼれめ」
憎々しげにゲラーシーが吐き捨てる。
その罵声を軽やかにスルー……しないのが、ドニスなんだよな。
「しかし、税収の撤廃という案は面白いな。やれるものならやってみよ。こちらも好き勝手にさせてもらうぞ」
大豆の利益は『BU』の一翼を担う大きなものだ。ドニスを敵に回せば、『BU』の存亡に関わる。
ドニスの言うとおり、早計だったな、ゲラーシー。勝算もなくケンカを売っていい相手ではないぞ、あの一本毛は。
おそらく、あいつは気付いているんだ。
俺が、……この結果を待ち望んでいたことを。
制裁を科すが、賛成多数で可決されることを、手ぐすね引いて待ち構えていたことを。
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