オウム人族をエステラ経由でルシアへ預けた。
オウム人族の身柄は三十五区の牢屋へと一時的に入れられるらしい。
なので、俺は気にせずキャラバンで足つぼをしていればいいと言われた。
……気になるっつーの!
あいつは、俺がこの街に入る時に仕出かしたあれやこれやを知っているのだ。
……それは、バレるといろいろマズいものだ。
くそっ、なんとかあいつの口を塞ぐ方法はないものか……
「ヤシロ、顔色がよくないようだけれど?」
オウム人族の護送中、ずっと俺の隣にいたエステラは何かを感付いている様子だ。……こいつには、隠しきれないだろうな。エステラは『アレ』を知っているし。
デリアや、三十五区の衛兵たちに気取られないように、エステラの耳に声を流し込む。
「あのトリは、『手配書時代』の知り合いでな」
「え……!?」
息をのみ、眉間にシワを寄せ、こめかみを押さえて指でぐりぐり指圧し始める。
「……一応、ルシアさんに融通してくれるようにお願いしておこうか。……ルシアさんなら、話せば分かってくれると思うし……」
「話さずに誤魔化し通したいところだが……」
「おそらく、遅かれ早かれ嗅ぎつけられると思うよ。アノ『手配書』は各区の領主に配られたものだからね」
……ちっ。
あんな昔のことが、ここに来て足枷になるとは。
まぁ、しょうがないか。
自分の仕出かしたことだ。
もし、その時のことを断罪されるような時が来るならば――
「全力で逃げる!」
「ボクが話しておくから、君はイベントの成功のために足つぼしておくように」
首根っこを掴まれて逃走を妨害される。
えぇい、お前はRPGのボスか!? だとしてもせめて回り込めよ! なんだよ首根っこって!? ネコか、俺は! 可愛いところがお揃いだにゃ!?
――というくらいには動揺しているらしいな、俺は。
まぁ、実際、あの香辛料はもう手元にない。
どんな用途で使用しようが、奪ったものを消費した事実は消えない。
「おそらく、香辛料のことで責められることはないと思うけれど、心証は悪くなるだろうね」
「まぁ、それはしょうがないな」
それで、今後ルシアが俺から距離を取るというのであれば、これから先のことは俺を省いてエステラと二人でやってくれればいい。
今さら三十五区と四十二区が手を切るなんてことは出来ないんだ。
大工たちのこともあるし、港のこともある。
俺さえいなくなれば丸く収まる公算が高い。
俺は大人しく陽だまり亭従業員をやっているよ。
……そう考えると、そっちの方がいいんじゃないか?
そもそも、なんで俺が区をまたぐような大事業の中心人物に名を連ねてるんだって話だ。
そうだそうだ。俺は領主じゃないんだから一般参加枠以上になる必要はないのだ。
「エステラ、ルシアによろしくな。短い間だったけれど、それなりに迷惑を被ったぜと伝えておいてくれ」
「まぁ、絶対呼び出されると思うけど、伝えてほしいならせめてもうちょっとポジティブな感想を寄越すんだね」
残念ながらポジティブな思い出が皆無なんでな。
「ただ、今夜は帰れないかもしれないね」
苦笑を向けるエステラ。
……あ~ぁ。俺だけ居残りか。
「いっそ、ジネットたちにも話して――」
「それは待ってくれるかい」
ここに残るなら、説明が必要かと思ったのだが、エステラが待ったをかけた。
「善意に罪はない。けれど、あの薬の材料の出所がそういうものだったと知れば、ジネットちゃんやシスターは――怒りはしないだろうけれど――やっぱりちょっと思うところがあるんじゃないかな?」
まぁ、盗品を私利私欲のために使ったようなもんだからな。
「きっと話せば分かってくれる。そう思うよ。でもね……」
らしくもなく、弱りきった笑みを見せる。
「ボクのわがままで、もう少しだけ内緒にしておいてくれないかな? いつかは、話そうとは思っているんだけど……もうちょっとだけ、少なくても、今じゃないタイミングで……ね?」
教える必要はないのかもしれない。
これまで、ジネットもベルティーナも、もっと言えばマグダやロレッタでさえ、俺の過去の悪事を追及しては来なかった。
ジネットには、過去を告白したようなものだというのにだ。
あいつらは、今の俺を見てくれている。
過去のことは、まぁ、話せば聞いてくれるのだろうが、だからといって態度が変わるとは思えない。
それでも、これは話す側のわがままなのだが――タイミングは自分で計りたいものだ。
それは理解できる。
理解できるが――
「それで、お前がつらくならないか?」
俺の秘密を抱え込むことで、関係ないエステラが苦労をすることになる。
秘密を抱えるというのは、結構精神をすり減らすものだ。
黙っているという罪悪感は、時折疎外感を植えつけることすらある。
この寂しがり屋が、自分から壁を作るようなマネをして、平気でいられるとは思えない。
「嘘を吐くわけじゃない。ただ、話すのがもう少し先になるだけだよ」
それでも、割としんどいと思うんだが。
「君にも、同じ苦労を強要することになるから、申し訳ないと思うけどね」
「バカ、逆だろう」
俺の秘密をお前に抱え込ませることになるんだろうが。
「なら――」
エステラの拳が、俺の胸を突く。
とんっと、しっかりと存在感を持って。
「ボクたちは共犯だ」
悪事をひた隠そうとしている小悪党らしからぬ、晴れやかな笑顔を咲かせ、エステラは赤い舌を覗かせる。
「君と運命共同体になるのは怖いけどね……死なば諸共、だね」
「ふん。じゃあ、今後は懺悔室にもついてきてくれるわけだ」
「それはヤだよ。頻度が多過ぎる。ボクはそこまで暇じゃないし、そもそも君が懺悔させられる内容はしょーもないことばかりだしね」
「まぁ、そう言わずに。大きなおっぱいがあったらついガン見してしまう者同士、仲良くやろうぜ」
「君と一緒にしないように!」
「見てる時間は大差ねぇだろうが」
「視線に込められた意味が大きく異なるんだよ!」
「夢と希望に満ちた瞳で見てるんだろ? 一緒じゃねぇか」
「一緒じゃない!」
差し出した手を叩き落とされる。
握手の拒否は宣戦布告に等しい行為だぞ。無礼な。
「とにかく、これからルシアさんのところに行って説明をしてくるよ。見張りの兵も、融通が利く者にしてもらっておくよ。目を覚ましたオウム人族が何をしゃべり出すか分からないからね」
「おう、悪いな」
肩をすくめて嘆息してから、エステラが背を向けて駆け出す。
「エステラ!」
遠ざかる背中に声をかけ、こちらを振り向いた赤い瞳を見つめて、もう一度はっきりと言っておく。
「悪いな」
今度は、きちんと心を込めて。
「あはは。らしくないよ」
弾けるように笑って、エステラは片手を上げて俺の言葉に応える。
それ以上は何も言わず、今度こそ走り去っていった。
まいったな。
あの時、最も警戒していた人物に、あの時の件で助けられるなんて。
こりゃ、恩返しが大変そうだ。
「とりあえず、バスト吸引カップでも試作してみるか……効果は保証できないけれど」
おっぱいにカップを当てて、ポンプで空気を抜いて真空状態にすることでおっぱいを吸い上げ、膨らみを大きくしようという美容グッズだ。
日本でも多数販売されていたが、効果があったという話はとんと聞かない。
あれだな、EMS腹筋ベルトみたいな信憑性だな。
『効果には個人差があります』
って言っとけば、とりあえずOK? 的な?
しかしまぁ、変なところで変なヤツに会ったもんだな…………あぁ、そういえば。
「ノルベール、今、何やってんだろうな?」
ウーマロがウィシャート家の館の改修を頼まれた際、ノルベールは捕まったと聞いた。
ウィシャート家の財宝を盗んだとかなんとか。現行犯逮捕されたんだよな、たしか。
随分と前の話だから、もうとっくにどうにかなったか、無事だったとしてもこの街を去ったと思っていたんだが……
あのオウム人族がこの街にいたってことは、あいつもまだこの付近にいるんだろうか……
あぁ、くそ。
どっちにしても今日は帰れそうにないな。
あ~ぁ、やれやれだ。
それから俺は、なるべくそのことを考えないようにして、無心で足つぼをし続けた。
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