異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

235話 『宴』の終わりに -4-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:4,757

「ゲラーシーっ」

 

 ドニスが驚いたような声を漏らす。

 どうやら、ドニスも知らなかったようだ。

 

 だが、この状況はなんだ?

 まるで、俺たちが今日ここで『宴』を開催することを知っていて、待ち伏せしたような……そう、完全に言い逃れが出来ないこのタイミングに踏み込むために。

 

「……ヤシロ」

 

 俺の背に身を隠すようにしてエステラが囁いてくる。

 アゴをくいっと持ち上げて俺の視線を誘導する。

 その先にいたのは……『BU』に属する他の区の領主たち。

 

 前回、二十九区で開かれた多数決の場にいた連中だ。

 ただ一人、トレーシーだけがそこには存在していなかった。

 

「詳しい説明は結構。こちらはすべてを把握している」

 

 ゲラーシーが相変わらずの無味乾燥な声で言い、そして、覆らないのであろう決定事項を通達する。

 

「四日後、四十二区及び三十五区への審判を下す。逆らったり拒絶したりすれば、我々『BU』はそれを宣戦布告とみなし両区への総攻撃を開始する」

「ちょっと待ってくださいっ! こちらの返事はまだ……」

「与えてやった猶予を使って貴様らが行ったことはなんだ?」

 

 感情を抑えた声に、エステラの言葉は遮られてしまう。

 心にやましいところがあり、そこをピンポイントで突かれたらそうなってしまうのも無理はない。

 

「まさか、個別に各区の領主と会い懐柔し始めるとは……さすが最貧区。品性を疑う行為だ」

「な……っ!?」

 

 さすがのエステラも、その一言には不快感を顕わにする。

 だが、それすらもゲラーシーは計算ずくな様子で。

 

「なんだ? 不満があるのか? ならば今この場で多数決を行ってもいいのだぞ?」

 

 そんな脅迫をしてきた。

 この場で多数決など行われれば、即決で有罪。四十二区は多額の賠償金を『BU』各区に支払うことになる。

 

「まぁ、待てゲラーシー」

 

 そこでドニスが貫禄のある声で割り込んでくる。

 

「今この場にはミズ・マッカリーがおらぬ。そんな状況で多数決を強行するのは賛成しかねる。そもそも、多数決は偶数人では行えぬルールになっておるではないか」

 

 そして、そんなドニスの言葉すらも、ゲラーシーの思惑通りだったようだ。

 

「偶数ではありませんよ、ミスター・ドナーティ」

 

 ゲラーシーがにやりと笑みを浮かべる。

 勝利を確信している者特有のいやらしい笑みだ。

 

「あなたも欠席されれば五名となり、奇数です」

「ワシに外れろと申すのか!?」

 

 ドニスが腹に響くデカい声を発する。

 まるで猛獣の咆哮だ。普通の感覚を持っていれば、その声だけで心が挫け怯んでいただろう。

 だが。

 

「では、多数決で決めますか?」

「……ぐっ」

 

 ドニスが言葉を飲み込む。

 今多数決をすれば、五対一でドニスは負ける。

 もしそうなれば、トレーシーとドニス、俺たちが味方に引き入れた二領主が不参加となってしまう。

 

「大人しくしていてもらいましょうか、親愛なるDD様」

「……若造が」

 

 あくまで敬語ではあるが、重鎮であるドニスを見下すような態度を取るゲラーシー。

 ヤツの余裕と自信は、後ろに控える四人の領主によってもたらされている。

 ゲラーシーを含め、あの五人は今回、意見を違えることはないだろう。

 ドニスを……そして、俺たちを追い落とすために集結したのだろうしな。

 

「ドニス。大人しく引き下がれば四日後の多数決には出席できそうだぞ」

「……しかし」

「ここで争っても得はないさ」

「………………うむ」

 

 頭に血が上りかけていたドニスを落ち着かせる。

 お前に退場されちゃ、こっちがやばいんでな。

 

「ふん。やはりか」

 

 俺がドニスと言葉を交わしたことで、ゲラーシーの表情が険しくなる。

 

「ドニス・ドナーティも腑抜けたものだな」

「ドニスおじ様に対し、それはあまりにも無礼ではないですか!?」

 

 声を上げたのはフィルマンだった。

 だがそれは罠だ。

 ゲラーシーは、わざとこちらを怒らせようとしている。

 そうすればするだけ自分たちが優位になる自信があるのだろう。

 

「大方、賄賂を受け取ったのだろう?」

「見くびるなゲラーシー。老いてもワシは領主だ。金で揺らぐ心は持ち合わせておらん」

「金ではない賄賂もあり得る……そう、跡取りの問題とか」

「…………っ」

 

 ドニスがゲラーシーを睨む。

 こいつらはどこまで知っているのだろうか。

 

「貴様らは外周区の下級貴族にそそのかされ、『BU』を裏切ろうとした。ご丁寧に、稼ぎ頭の麹工場のトップまで呼び寄せ、他者が入り込めぬ『閉じられた教会』で談合を行った」

「ち、違います! 今回の会合は、ボクとリベカさんの婚約の話であって、政治的な意味合いは……特に、二十四区が『BU』を裏切るなどという話は出ていません!」

 

 きっぱりと断言するフィルマンの言葉を聞いて、ゲラーシーは腹を抱えて笑い出した。

 

「結婚だと? 貴殿と麹工場の工事職人殿がか?」

「そ、そうです! 笑うのをおやめください! 何がおかしいのですか!?」

「おかしいに決まっているだろう」

 

 大音量で鳴っていた笑い声が急に止み、ゲラーシーの顔に嘲りの表情だけが残る。

 

 

「麹職人殿はまだ子供ではないか」

 

 

 フィルマンの目に殺気が宿る。

 最愛の人を侮辱された……と、感じたのだろう。

 だが、フィルマンが何かをする前に、リベカが反論を述べた。

 

「わしは、確かにナリは小さいが、麹工場を牽引する立派な大人じゃ。もう子供ではないのじゃ」

 

 世間的な責任をまっとうに果たしている大人だと、そう主張するリベカ。

 そんなリベカにゲラーシーは――あろうことか、腕を伸ばして人差し指を突きつけた。

『精霊の審判』の構えだ。

 

「ゲラーシーっ!?」

 

 ドニスが叫び、フィルマンがリベカを庇うように前に立ち、ソフィーとバーサが全身に殺気を纏う。

 だが、そのどれもを気にせず、ゲラーシーは笑いながら言ってのける。

 

「成人もしていない子供が大人なわけはないだろう! なんなら、精霊神様のお考えを問うてみるか、その身をかけて?」

「……ぁ…………ぅ、いや……っ」

 

 リベカの顔が真っ青になる。

『精霊の審判』を使われれば、きっとリベカはカエルになるだろう。

 成人すれば大人――という明確な基準がある以上、リベカはまだ子供なのだ。

 

「ふっ。今の発言がある以上、貴公らは私の意に反する行いは出来なくなったな」

 

 ゲラーシーがリベカを人質に取った。

 フィルマンは分かりやすく、そしてドニスも珍しく苦い顔をしている。

 

「大方、『BU』を出し抜いて富を独占しようとしていたのだろう。外周区には土地だけはあるからな。秘密裏に大豆を作らせれば大儲けが出来るというわけだ」

「そのような話は耳にすらしていない」

「その証明もまた出来まい?」

「くっ! なら、『精霊の審判』を……」

「『精霊の審判』の誘発は罠――我々貴族の間では常識ではないか」

 

 わざと『精霊の審判』をかけさせ、自分の立場を有利にさせる。そんな駆け引きは昔から繰り返されていたのだろう。

 俺だって「『精霊の審判』をかけてみろ」と言われたら断る。相手の土俵に、わざわざ乗ってやる必要はないからだ。

 

 同時に、『会話記録カンバセーション・レコード』の提示も断る。

 いくらでも細工できるから、アレは。

 前もってそれっぽい会話を誰かと行っておけば。発言者の名前までは記載されていないから。いくらでも誤魔化せる。――人間相手なら。

 

 それら精霊神の魔法を封じた上で、ドニスに悪魔の証明を突きつけるゲラーシー。

 やっていないことの証明は不可能だ。

 

 とにかく、難癖をつけて四十二区を悪者にしたいらしい。

 もしかしたら、ドニスを陥れることで大豆の利権を奪い取れると踏んでいるのかもしれない。

 

「こそこそと無駄な努力をしていたようだが、『BU』は通行税で財政を潤している連合体だ。手紙一つとっても、追跡することは容易いのだよ」

 

 ゲラーシーの爬虫類のような目がエステラを睨む。

 以前のこいつは、こんなにギラギラした男だっただろうか……そんなところにも違和感を覚える。

 

「マッカリーと手紙のやりとりを頻繁に行っているようだな、クレアモナ殿」

「それは……」

 

 エステラがトレーシーと交わした何通かの手紙。そのことを言っているのだろう。

 手紙のやりとりが完全に把握されていたようだ。

 決まった通路からしか入れず、その通路にはもれなく見張りがいる『BU』なのだから当然といえば当然か。迂闊だったな。

 

「それが止んだと思えば、今度はドナーティ殿と……ふっ、権力の匂いに敏感なようだな。さすがは…………」

 

 ゲラーシーは、その先を言葉にしなかった。が、何が言いたいかはよく分かった。

 エステラの瞳がギラリと光る。

 ナタリアも、先ほどからただ黙ってゲラーシーを睨みつけている。……いや、その後ろに控える銀髪の給仕長を睨みつけているようだ。

 給仕長同士の牽制のし合いか。迫力がある。

 

「マッカリーにも伝えたことなのだが……」

 

 作り物めいた薄笑いを浮かべて、ゲラーシーがドニスに忠告をする。

 

「今後一切、おかしな行動はとらないことだ。嫌疑をかけられれば、多数決に参加できなくなるばかりか、『BU』からの脱退もあり得ると、その肝に銘じておくのだな」

「…………承知した」

 

 重い。

 非常に重たい声でドニスが呟く。唸る、と言った方が的確かもしれないが。

 

 フィルマンは、完全に気圧されており、言葉をなくしていた。

 フィルマンにはまだ早いだろうな、領主同士の牽制合戦は。

 

「クレアモナ殿」

 

 取って付けた敬称を鼻で笑うように口にするゲラーシー。

 

「四日後を、楽しみにしていることだ。ふふふ……ははははっ!」

 

 高笑いを残し、ゲラーシーは馬車へと乗り込んだ。

 教会の前に横付けされたイヤミなほど豪奢な馬車。黒い毛の大きな馬が我が物顔で歩き始める。

 

 遠ざかっていく馬車が完全に見えなくなるまで、俺たちは誰一人として言葉を発しなかった。

 

「あの……」

 

 静寂を破ったのは、ジネットだった。

 

「どうなって、しまうのでしょうか?」

 

 不安な感情を、素直に言葉にする。

 ただそれは、この場にいる者すべての心を代弁するためのものだった。

 口に出して言わなければいけない言葉がたくさんあった。その口火を切ってくれたのだろう。

 

「どうしようにもない……って、感じだけれど」

 

 髪を掻きむしり、エステラがため息交じりに言う。

 

「どうにかしないわけにもいかないよね」

「しかし、手紙までもが監視されてしまっていては、連携は取れませんよ」

「……だよね」

 

 ナタリアの指摘を受け、エステラが唇を噛む。

 トレーシーと会って作戦を立てたくても、もはやそれは敵わないだろう。

 もしそんなことをすれば、トレーシーは多数決から排除される。領主会談には呼ばれないだろう。

 手紙もダメだ。

 

「とにかく、ワシはワシが正しいと思った通りに動かせてもらう」

 

 ドニスが言って、ゆっくりと歩き出す。

 フィルマンの背を押し、馬車へと誘導する。

 

「ワシには……この街を、二十四区を守るという使命があるのでな」

 

 それだけを言い残し、ドニスの馬車は出発してしまった。

 リベカやバーサ、ソフィーにバーバラも、何も言わない。

 今この場所にいる連中すべてが、発する言葉を持っていなかった。

 

 あまりにも唐突に突きつけられた現実。

 猶予は、思ったよりもなかった。いや、なくなった。

 

 こりゃ、相当厳しい状況だな。

 

「……ねぇ」

 

 赤い瞳が俺を見る。

 

「ヤシロ」

 

 エステラが、俺の顔をまっすぐに見つめながら、少々不機嫌そうな顔で聞いてくる。

 

「こんな、どうしようもない非常事態だってのにさ……」

 

 だが、その不機嫌そうな顔の裏には――

 

「なんで、君は笑っているんだい?」

 

 ――妙な期待が見え隠れしていた。

 

「俺、笑ってるか?」

「あぁ、笑ってるね。それも、最高にあくどい顔で」

「最高のスマイルか……照れるな」

「君が悪いのは耳かい? それとも情報を処理する頭の方かな?」

 

 どちらもすこぶる快調だ。

 そうか、笑っちまってたか……でもまぁ、仕方ないじゃねぇか。

 

 だってよ、久しぶりに……

 

 

 

『叩き潰しても心が痛まないリスト』に、新しい名前が追加されたんだからよ。

 

 

 

 

 

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