「では、ヤシロさん。早速ショートケーキを作りましょう」
「そうだな。早く帰って店開けなきゃなんないしな」
今日は昼からの営業ということにしてある。
常連客あたりから多少クレームでも出るかと思ったのだが、「ケーキ普及のため」と理由をつけたら「どうぞどうぞ」と納得してくれた。
どいつもこいつもケーキに夢中なようだ。
ショートケーキは、四十二区と四十区で一斉に売り出すのだ。
それだけで、砂糖の流通は大幅に跳ね上がるだろう。
「あたしも、一回ちゃんと見たいです!」
「……マグダも見学」
「んじゃ、オイラも! いいッスよね、マグダたん!?」
「……ごめんなさい。三日間禁止だから」
「マグダたんっ!?」
あぁ、うるさい。
「禁止を解除するから大人しく見てろ」
「ヤシロさん! 優しいッス! ありがとうッス! このご恩は一生忘れないッス!」
俺が勝手に規制したものを解除しただけで恩が売れてしまった。
なにこの商売。ボロ過ぎ。
「んじゃ、また今度、無料でなんか作ってもらお~っと」
「あっはっはっ。今さら何言ってんッスか? オイラ、ヤシロさんからは1Rbももらったことないッスよ」
…………そうだっけ?
そう言われてみれば、いつも何かにかこつけて…………
「なぁ、ポンペーオ……」
「なんだ?」
「ここのキッチン、作るのにいくらかかった?」
「庶民が聞いたら毛穴が鼻の穴サイズに広がり切るような値段だ」
なにそれ、怖い。
……そっか。物の価値って、人や場所によってここまで大きく変わるもんなんだなぁ。
「……ヤシロ」
「なんだ?」
「……このキッチン……マグダなら『あ~ん』券十枚綴りで買えそうな気がする」
「いや、三枚でお釣りが来るぜ、たぶん」
ちょっとだけ、ポンペーオが気の毒になってきた。
せめて、美味しいケーキの作り方を教えてやろう。
ショートケーキ講習会を終え、俺たちは揃って四十二区へと帰ってきた。
講師役の礼と言って、デミリーが馬車を出してくれたので思ったよりも早く到着することが出来た。
店の手伝いがあるというパウラとは、ここでお別れだ。
「ありがとね、ヤシロ! あたし、絶対あのいけ好かない男より美味しいショートケーキ作るから! あと、ケーキに合うお酒も見つけて、ウチの看板メニューにするから! じゃね!」
手を振りながら駆けていくパウラ。
……ケーキに合う酒って……あるのかねぇ。
「あんなに走らんでもいいだろうに」
「早く帰って作ってみたいのかもしれませんよ。その気持ちは分かります」
全速力で駆けていくパウラの背中を見つめ、ジネットが微笑ましそうに言う。
まぁ、俺も若い頃は、覚えたての詐欺テクニックをすぐ誰かで試したくなったもんだ。
「んじゃ、俺たちも陽だまり亭に戻るとするか」
「はい。ランチに間に合ってよかったです」
デミリーの馬車様々だな。
「で、どうだった? 実際見てみた四十区の『高級喫茶店』は?」
「……論外」
「同感です。あんなのは接客じゃないです! 客を見下してるです!」
ラグジュアリーの接客態度は、この二人には受け入れられなかったようだ。
まぁ、あんな態度じゃしょうがない。
挨拶はしない、愛想は無い、注文は聞きに来ない、料理の説明もないでは、気分がいいわけがない。
「……マグダ、サービス過多で頑張る」
「あたしも、出血大サービスです!」
意気込み、メラメラと燃え上がる二人のウェイトレス魂。
出来ていない接客を見たことで逆に気合いが入ったのはいいけど、怪我だけはしないでくれよ。
さて。
本当は、陽だまり亭とラグジュアリーが代表となり、各区にケーキを広める手筈だったのだが……
「参加希望者があまりに多かったので、『やむなく』追加募集をかけた次第だ」
「どうして『やむなく』をそんなに力強く言ったんですか?」
まぁ、気にするな。
今日明日の二日間で、合計六ヶ所。俺はケーキの講習会を開催することになっている。
厨房の大きな店を選び、そこへ各店舗の代表者を集めケーキの作り方を教えていく。
一度に全員は無理なので、六ヶ所場所を設け、各々好きな会場に来てもらうようにしたのだ。
そして、その日訪れた最初の会場で……
「ヤ、ヤシロさん!? こ、これは一体!?」
そこで俺が作ったケーキを見て、ジネットが、そして講習会に参加していた他の連中が目を丸く見開いた。
それもそのはず。ショートケーキが出てくるものだとばかり思っていたら、まるで別のケーキが出てきたのだから。
「こいつは、ショートケーキのライバル……俺の国ではこいつの専門店すらあったというケーキ界の一大派閥。チーズケーキだっ!」
「「「「「チーズケーキッ!?」」」」」
ショートケーキに比べ、見栄えこそ多少地味だが、味は文句なし。レア、ベイクド、スフレと、調理方法を変えるだけで様々な味が楽しめるスーパースター。それがチーズケーキだ。
今回は、スフレチーズケーキを焼いてみた。表面に塗ったあんずジャムがキラキラと煌めいている。
「おいひぃ~れすっ!」
ジネットが感涙する。
堪らず身悶え、フォークを握った手をぶんぶんと振り回す。
「こんなケーキもあるんですね」
じっくりと味わってから、ジネットがほふぅとため息を漏らす。
そんなジネットに近付き、俺はこそっと耳打ちする。
「まだまだあるぞ」
「……え?」
俺の浮かべた笑みを見て、ジネットの表情が一瞬硬直する。
驚きがその目に表れている。
これまでの常識をぶち壊したケーキというスウィーツ。
これ一つあれば、この世界では一生食っていけるのではないかとすら思える強力なメニュー。
だがそいつは、数多あるケーキの中の、ほんの一部でしかないのだ。
「これから回る会場、すべてで違うケーキを教える」
「え、えっ!?」
「そうすれば、いろんな種類のケーキが四十二区内に溢れることになる」
そうなれば、休日に「何食べようかな」「どこ行こうかな」という楽しみが増える。
仮にショートケーキしか教えなかったならば、「今日はケーキを食べよう!」という日がたまにあるだけになってしまうだろう。
だが、何種類ものケーキがあれば、アレもこれも食べたくなるのが人情!
知らず知らずのうちに、ケーキを食べる頻度が増すのだ。
そうして、「一周したから、もう一回ショートケーキ!」なんて具合に、ケーキを食べることが習慣になっていくのだ!
そこまで行けば「あの店とこの店のチーズケーキを食べ比べ」なんてことをする者も出てくるだろう。
そうなることが、俺の目的だ。
そこまで根付いてくれれば、もう誰も砂糖に規制をかけることなど出来なくなる。
そこまで行って、ようやく今回の作戦は完成する。
「ヤシロさん、すごいです!」
『七種類のケーキ』という衝撃に表情をなくしていたジネットだったが、その衝撃が体内へと浸透していくと、今度は眩いばかりの笑顔を浮かべた。
「ヤシロさんは、人を幸せにする天才ですねっ!」
「あの…………やめてくれるかな? 恥ずいんで……」
人を幸せにって……俺はただ、お前の誕生日を盛大に祝ってやりたかっただけだっつぅの。
………………いや、違うっ! 違うぞ!
あ、そうそう! そうだ!
俺は、午後三時の、客足が途絶える魔の時間帯をなくすためにケーキを普及させたかったんだよ。そうだよ、すっかり忘れてたぜ。あははは!
……ジネットの誕生日は、ケーキ普及のための大掛かりな宣伝だ。
だから別に、抱きつかれた時の温もりや感触、鼻腔をくすぐったあの匂いとか……あんなのどうだって…………
「ごふっ!」
「ヤシロさん!? どうしたんですか!?」
「……す、すまん。思い出し興奮だ……」
「何してるんですかっ!?」
えぇい! 俺は今、ムラムラしている場合ではないのだ!
ケーキを焼くのは時間がかかる! 巻きで行くぞ!
「よし、ジネット! 次の会場に向かうぞ!」
「はいっ!」
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