大通りには、今日も鬱陶しいくらいの人間がひしめき合っていた。
普段どこに隠れてんだというくらいに人が湧いてきている。……あぁ、煩わしい。
どいつもこいつも懐が温かくなって浮かれてやがるのだ。
……つまり、この煩わしさは自業自得ってことか? 勘弁してくれよ、もう。
「ん?」
……なんだろう?
すれ違う連中のうち、何人かが俺の顔を見てこそこそ話してやがる。
「キャー見て、あの人超イケメ~ン」……とかって話か?
……いや、違うな。向こうでガチムチの髭オヤジが似た行動を取っている。
あんなガチムチ髭オヤジに「イケメ~ン」とか言われて堪るか。
……まぁ、大通りであれだけ目立つことをやったんだ。
何人かは俺の顔を覚えていても不思議はないだろう。そのうち風化するさ。
人の噂も七十五日って言うしな。……………………四十九日だっけ? ……百八…………?
「あー! おにーちゃーん!」
「おにーちゃーん!」
考え事をしながら道を歩いていると、大通りの中ほどに店を広げる妹たちに出会った。
こっちは七号店、ポップコーンの方だ。
ちんまいガキどもが甘い匂いにつられて群がってやがる。
「よう! どうだ、売れ行きは?」
「ぜっこーちょー!」
妹たちのこの元気溌剌な笑顔が、最近では人気を呼んでいるようだ。
もう、ハムスター人族を「スラムの住人」となじる者などいない。
俺も安心して店を任せられるというものだ。……というか、俺は知っている。
妹たちが屋台を出す場所には、アッスントが差し向けたボディーガードが、陰に隠れて目を光らせていることを。
カマキリ男を差し向けたことに対する謝罪のつもりなのか、単純に俺を味方に付けた方が利益になると踏んでなのかは知らんが、頼みもしないのにずっとボディーガードを付けてくれているのだ。
それも、俺に内緒で。…………って、俺にだけは気付かれるような、アノ微妙な隠れられてない感はわざとなのかもしれないが……
まぁ、俺自身、最早アッスントに対してわだかまりなどはないが、折角なのでもう少し好意に甘えておくとしよう。
「お兄ちゃん。完売したら遊びに行ってもい~ぃ?」
「い~ぃ?」
「完売してからなら構わんが……」
こいつらが遊びに行きたいなんて言うのは珍しい。
仕事自体が遊びの延長戦のような連中なのだ。それがあえて行きたいと言う。
「どこか行きたいところでもあるのか?」
「うん!」
「んー!」
元気過ぎる頷きが返ってくる。
この元気をほんのちょっとずつでいいから分けてほしいもんだ。
「あのね! 広場にね!」
「うんうん! 広場にね!」
「英雄の像があるの!」
「えーゆー!」
「英雄の像?」
広場というのは、この大通りの先にある、露天商が店を開く中央広場のことだろう。
俺の知る中世の常識では、教会が地区の中心にあり、その前に広がるのが中央広場と呼ばれるのだが……ここの教会はなんでかとてつもなく辺鄙なところにある。
よって、四十二区の中央広場は、本当にただの広場なのだ。
観光名所にも成り得ない、ただ広いだけの空き地。露天商がいれば、デートスポットくらいにはなるか……
そんなところに像などあったかな? と、頭をひねる。
しかも、英雄?
この街に来てから、英雄譚など耳にしたこともない。
異世界と言えば、不思議な伝承なんかが残っていて、英雄だの勇者だの光の戦士だのの活躍が語り継がれていたりするものなのだが……この街にはそんなものはない。
少なくとも、俺は聞いたことがない。
つか、だいたいアレなんだよな。
英雄譚とか伝承って、異世界からやって来た自分がその英雄だった、みたいなオチなんだよな。
…………………………まさかな?
不意に、俺の背中に冷たいものが走る。
ないないない。
ないない……とは、思いつつも…………
「すまんっ! 急用を思い出した! じゃあな!」
俺は妹たちに短く別れを告げ、人で混み合う大通りを駆け抜けた。
一路、中央広場を目指して。
そして――
「な……っ」
――俺は目撃した。
「なんじゃこりゃあっ!?」
露天商が円を描くように店を開いている中央広場のそのど真ん中に堂々と立てられている英雄の像を。
いや、英雄なんかじゃない!
この像は…………これは、どう見ても…………
「俺じゃねぇか!?」
誰が、なんのためにそうしたのかは分からんが……
中央広場のど真ん中に俺の像が立っていた。
それも、左手を腰に当て、右腕をまっすぐ斜め上に伸ばした、『群衆を導く英雄』とでも言わんばかりの恥ずかしい格好をした俺そっくりの像が。
一体、なんの冗談だよ、これは…………?
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