異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加14話 ご褒美は突然に -3-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:4,248

「……おかえりなさいませにゃん、ご主にゃん様」

「いつからここはそんな店になったんだ?」

 

 カンタルチカに入るや否や、マグダが謎の挨拶を寄越してくる。

 

「……これがこの店の標準。ミリィもそのように挨拶する」

「ぇ……ぁの…………ぇっと…………ぉかえりなさぃませ……にゃん」

「「「ミリィちゃん、こっちにも!」」」

「ぁうぅ……む、ムリだょう……!」

 

 お盆で顔を隠してスタコラとカウンターの向こうへ逃げていくミリィ。

 いじめんじゃねぇよ、オッサンども! 朝っぱらから美少女を眺めつつ酒を飲みやがって。

 

「……ヤシロは、マグダに会えなくてそろそろ寂しがる頃だと思っていた」

「あぁ、うん。今回来たのは違う用事なんだけどな」

「……寂しいはず」

「あぁ、はいはい。寂しいから、顔が見れて安心したよ」

「……やはり。想像通り」

 

 満足したのか、頼んでもいないグレープフルーツジュースを俺の目の前に置いて接客へ戻るマグダ。

 いいのかね、もらっちまって。ま、店員の粋な計らいだと思っておこう。

 

「……パウラとヤシロの大切なメモリーを、こうしてさりげなく上書き」

「お前……日記見たのか?」

 

 確かに、パウラに初めて会った時にグレープフルーツジュース飲んだけども。それ以降も、なんとなく頼みやすくてこればっかり頼んでるけども。

 ……つか、パウラもわざわざ日記に書くなよな、そんなこと。

 

 で、接客に戻ったマグダを見送った後、ゆっくりと腰を落ち着けることもなく俺はもらったグレープフルーツジュースのグラスを手にカウンターへと向かった。

 

「はぅ……ぁの……ぉ、ぉかえりなさいませにゃん!」

「あぁ、ごめんミリィ。言わせに来たんじゃないんだ」

 

 カウンターの陰に隠れていたミリィと目が合うと、まるで使命かのようにマグダに強要された挨拶を寄越してくるミリィ。

 それ、もうしなくていいからな。

 

「普通に接客してきてくれ」

「ぅ、ぅん……じゃ、また、ぁとで、ね」

 

 ぱたぱたと、お盆を抱きかかえてフロアへ駆けていくミリィ。

 人見知りで、知らない人の顔はまともに見ることすら出来なかったミリィが酒場の接客をやってるなんてなぁ。一年前のジネットに教えてやったら、果たして信じるだろうか。

 そんなことを思い、思わず笑みが漏れる。

 

 そして、今回の本題へと意識を切り替える。

 

「おかえりなさいませにゃんネェ、ダ~リンにゃん」

「お前までやらなくていいから」

 

「ウフフ~」と、はんなり微笑むオシナ。

 今日もカウンターに立って客へ酒を提供している。

 

「どうだ、ここの居心地は?」

「そ~ネェ。悪くは、ないかもなのネェ~」

 

 含むような物言いで、磨いたグラスを棚へと戻す。

 様にはなっている……が、やはり違和感は拭いきれない。

 

「ほんのちょ~っと、賑やか過ぎるけどネェ」

「お前の場合、吹いてくる風と揺れる枝の音くらいがちょうどいいもんな」

「ウンウン。そうなのネェ。それくらいの方が、ゆ~ったりとした気持ちになれて癒されるネェ」

 

 そう言ったオシナの顔は、とても寂しげで、ひどく疲れて見えた。

 

 やっぱり、こいつは帰りたいのだ。

 自分の店へ。

 誰かの店の手伝いなんかじゃなく、自分の色に染まりきった自分の居場所へ。

 

 けれど、一人で背負うには、その負担が大きくなり過ぎた。

 だから、逃げ出した。

 逃げ出してしまったから、こいつは、我慢を覚えてしまった。

 

 こういう生き方しか、自分には残されていないと、勝手な勘違いをして。

 

「なぁ、オシナ。お前の店の名前、なんだっけ?」

「アララァ~? ダ~リンちゃんはお店の名前覚えてくれてると思ったのに、残念ネェ、寂しいネェ」

 

 うっせぇな。本当は覚えてるよ。

 言わせたいんだよ、お前の口から。

 

「オシナのお店はネェ、『サワーブ』――『ご褒美』って名前なのネェ」

 

 頑張ってお金を貯めた自分へのご褒美として、オシナが自分の好みを全面的に詰め込んで誕生した、オシナの理想のお店。

 そんな自分への『ご褒美』が、そのまま店の名前となった。

 

「もともとはネェ、名前考えてなくて。それでメドラちゃんが『サワーブ《ご褒美》は気に入ったかい?』って言ったのを聞いて、『じゃあ、それを名前にしよう』って、そうやって決まった大切なお名前なのネェ」

 

 思い出を語り始めると止まらない。

 それは、その場所が愛されている証拠だ。

 そして、こいつ自身がその場所を今もなお、誰よりも愛している証拠でもある。

 だからこそ、物事を動かすためのきっかけには打ってつけなのだ。

 新しいことを始める前のわくわくは確かにテンションが上がるが、同時にずっと不安が付き纏う。ともすればそれは、踏み出そうとする足を動かなくしてしまうほどに。

 

 そんな時に頼れるのが、『安心』と『信頼』だ。

 オシナのように、自分の店を愛し、信頼しているヤツが真ん中でドンと構えていてくれると、その周りでは無茶がしやすくなる。ヘマをしても何度でも立て直せる。足場がしっかりとしてさえいれば。

 

「もし、俺に協力してくれるなら、お前に最高の『サワーブ《ご褒美》』をプレゼントしてやるが……どうだ?」

 

 カウンターにヒジを突いて、オシナの顔を覗き込む。

 いつもゆったりと細められている垂れ目が微かに開き、その中で瞳が揺らめく。

 ……涙、ではないが、潤んだ瞳がきらりと光を反射する。

 

 オシナはずっと胸に隠し持っていた。

 期待をするとまでは言えないまでも、一縷の望みまで捨て去ってきっぱり諦めるなんてことは出来ない、本当の願いを。

 その尻尾が見えて、オシナは動揺している。飛びつきたい衝動と、それをするのを躊躇う心の狭間で。

 

「けど……そんなことまでダ~リンちゃんに甘えちゃうのは……」

「何言ってんだい、オシナ!」

 

 酒場に、クマが現れた。

 みんな死んだふりして!

 

「ダーリン! 死んだふりはいいから、アタシに話をさせておくれ」

 

 なんだ、メドラか。

 吠えながら入ってくるから魔獣かと思ったろうが。

 見ろ。カウンターでオシナを眺めて鼻の下を伸ばしきっていたオッサンどもがみんな逃げちまったじゃねぇか。

 

「メドラちゃん……ど~して、ここに?」

「ダーリンに聞いたんだよ。あんたがここで臨時のバイトをしてるって」

「そう……ネェ。心配、かけちゃったネ?」

「いや、まぁ……心配はしたけど、あんたならバカなことはしないって信じてるからね、アタシは」

「バカなこと……ネェ」

 

 オシナが小さく笑う。

 それは、自分がしようとしていた『自分の店を諦める』という行為が『バカなこと』に該当すると自嘲するような雰囲気だった。

 

「いいかい、オシナ」

 

 カウンターに手を突いて、身を乗り出してオシナに顔をグッと近付けるメドラ。

 美女を連れ去ろうとしているキングコングのような構図ではあるが、お互いの瞳は真剣で、醸し出される雰囲気は女同士の真剣な話し合いのそれだった。

 メドラは狩猟ギルドのギルド長やオールブルーム最強の狩人という肩書きをすべてかなぐり捨て、ただの一人の、オシナの親友として話しかける。

 

「アタシはあんたに、あの店を続けてほしい。あの場所で、いつまでも。そんで、あんたの『サワーブ《ご褒美》』をアタシにも分けてほしいんだよ」

「メドラちゃん……」

 

 オシナの心が大きく揺らいでいる。

 もともと、諦めたくもないのに無理やり自分を納得させて目を背けていた状態だ。親友にそんなことを言われたら心は簡単にグラつく。

 オシナを尻込みさせているのはたった一点、経営難だ。

 意気込みや愛情だけではどうしようにもない、厳しい現実。それを乗り越える気力が、今のオシナには著しく欠乏している。

 

 だからこそ。

 

「俺がくれてやるって言ってんだよ。お前に、『サワーブ《ご褒美》』を」

「けどけど……ダ~リンちゃんにそこまで迷惑かけるのは……オシナ的にもちょっと……」

「なぁに言ってんだい!」

 

 弱気になるオシナの肩を、メドラの特大張り手が襲う。……複雑骨折してないか? 物凄い音したぞ、今。

 

「ウチのダーリンは四十一区を救った男だよ! いや、それだけじゃない。ここらの区をまとめ上げ、発展に向けて大きく一歩を踏み出させたたいした男なんだ! あんたも知ってるだろう?」

「……うん。メドラちゃんが、ズゥ~ット自慢してたもんネェ」

「そうさ! 自慢のダーリンさ!」

 

 いささか盛り過ぎ、持ち上げ過ぎではあるが……まぁ、そこには目を瞑ろう。

 だが、『ウチのダーリン』ではない!

 そこだけはきっちり否定させてもらおうか! 何度でも、何度でも!

 

「ダーリンの差し出した手を振り払うような非礼は、アタシが許さないよ、オシナ」

「ソゥ……ネェ。あのダ~リンちゃんなら、オシナのお店をどうにかするくらい、朝飯前のチョチョイのチョ~イなのかもしれないネェ」

 

 いや、そこまで簡単ではないんだが……領主も巻き込むわけだし。街の大改造も必要だし。

 

「ダ~リンちゃん……」

 

 オシナが、いつもくったりとした柔らか過ぎる物腰を正して、背筋を伸ばして俺へ体を向ける。

 真っ正面から俺を見つめ、心からの笑みを浮かべてみせる。

 

「オシナのお店、救ってお願いネェ」

 

 その変な言い回しがなんともオシナらしくて……イヤミを挟むことすら忘れてしまった。

 

「おう。俺の儲け話には、オシナの店が不可欠だからな」

 

 だから、ほどほどに立て直してやるよ。

 俺のロイヤリティのために。

 

「クススぅ~」と、掴みどころのない声で笑い、オシナは満面の笑顔で目尻の涙を人差し指で掬い取った。

 

「やっぱり、ダ~リンちゃん優しいネェ」

 

 まぁ……そうだろうな。

 詐欺師は親切を装って人の懐に入り込み、意のままに操って利益を吸い上げる生き物だ。

 お前の店、『サワーブ《ご褒美》』を拠点に、がっちり稼がせてもらうさ。

 

「ダ~リンちゃん、なんで黙ぁ~って口をもごもごさせてるネェ?」

「あぁ、なんだったかね? マグダが言うには、照れて自分に言い訳してる顔らしいよ」

「ソゥ~なのネェ。クススぅ~、可愛いねぇ、ダ~リンちゃん」

「まったくだ! つ、……連れて帰ってぎゅってして寝たいくらいだよ! きゃっ☆」

 

 やめてくれるかオシナ、そういう誤情報を流布するの。

 そして、メドラ……お前は本当に、本っっっ当にやめてください。このとおりですから。

 

「んじゃ、エステラのところに行くか。いろいろ段取りして、準備が出来次第一気に計画を進めるからな」

 

 革命はせーので一気に推し進めるのが鉄則だ。

 鉄は熱いうちに打て、乳はデカいなら揺らせ――という言葉もあるしな。

 

 そうして、マグダに断りを入れてから、オシナをカンタルチカから連れ出す。

 昼までに大筋で合意しておく必要があるからな。

 

 俺たちは、心持ち急ぎ足で、領主の館へと向かった。

 

 

 

 

 

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