「では、位置について、よぉ~い!」
――ッカーン!
鐘の音が鳴り、
「一斉に乳が揺れる!」
「どこ見てるさね!?」
「ブレないと感心する、私は、友達のヤシロに対し」
「大丈夫ですエステラ様。エステラ様のことではありません。絶対に!」
「余計なこと断言しないでくれるかな!?」
よし、マグダ。
この隙にヤツらを置いていくぞ!
と、マグダにアイコンタクトを送ると――
「……えっち」
「お前のは見てねぇよ!」
っていうか、揺れてねぇよ!
結局、隙を突いてスタートダッシュ作戦は不発に終わり、全員まとめて出遅れてのスタートとなった。
「それじゃヤシロ、お先に!」
「格の違いを見せつけてくれるぞ、カタクチイワシ!」
予想通り、領主&給仕長ペアが驚異的な速度で集団から抜け出す。
そんなズルいヤツには……
「……ほぅ、白…………か(にやり)」
「「んなっ!?」」
テンポ良く足を動かしていた両領主の足が途端に止まる。
両手でお尻を隠してこちらに振り返った。
「ちょっ……!?」
「これは無理思う、私は……!」
突然の停止&振り返りにはさすがの給仕長ですら対応できなかったようで、ナタリアとギルベルタが大きくバランスを崩して振り回されるように地面へと転がった。
二人揃って同じ動きだったということは、バランスを崩しても自分だけが転倒することで領主へダメージが及ばないように配慮した動きなのだろう、あれは。
もはや体に染み込んでいるのだろうな、領主を守るってことが。
まぁ、だからって笑って許せるかっていうと、必ずしもそうとは限らないみたいだけどな。
「……なんと単純な手に引っかかるのですか? そろそろ長い付き合いだと言える程度にはよく見知っているのではないのですか? いい加減ヤシロ様の思考パターンくらい読めるようになっていただきたいものですね」
「ご、ごご、ごめん、ゴメンってナタリア。でも、咄嗟のことだったし、体が勝手に反応しちゃって……」
「ほほぅ、ヤシロ様の声に体が勝手にびくんびくんしてしまいましたか?」
「『反応』をレジーナ風に変換しないでくれるかな!?」
エステラを叱るナタリアと、
「軽率思う、私は、ルシア様を。パンツごときで……」
「ごっ、ごときとはなんだ!? 婚礼前の領主のパンt……下着だぞ!? おいそれと衆目にさらせる物ではないわ!」
「揺れもしないのだからハミパンくらいサービスすればいいのに思う」
「主に向かってなんてことを言うのだ、貴様は!? というか、珍しく流暢にしゃべった内容がそれって、それはどうなのだ、ギルベルタ!?」
ルシアを叱るギルベルタ。
領主がそれぞれの給仕長に怒られている。
珍しい光景だ。
その隙に、俺たちは平均台へと突入する。
「そもそも、ヤシロがあんな嘘吐くからいけないんじゃないか!」
「そうだ! 元凶はカタクチイワシだ!」
「『白か』と呟いただけで、あれは嘘ではありません」
「勘違いしただけ、勝手に、ルシア様が」
「けど、あんなこと言われたら……」
「そ、そうだぞ! 淑女として……」
「ハミパンが気になって走れないのでしたら、ブルマを脱いでモロパンにでもなればいかがでしょうか?」
「出来るわけないだろう!?」
「名案思う、私は!」
「名案じゃないぞ、ギルベルタ!? 無理だからな!?」
領主&給仕長ペア×2の騒がしい声を聞きながら、俺たちは難なく平均台をクリアする。
マグダが俺の歩幅に合わせてくれたので危なげなく渡りきれた。
さすがの運動神経だ。ちょっと飛び跳ねるような走り方にもかかわらず、マグダの安定感は凄まじかった。バランス感覚抜群だ。
「……次が難所」
木製のボールを手を使わずに運ぶボール運びだ。
身長差があるとどうしても力の掛かる場所が安定せずにボールが転がり落ちてしまう。
「……ちなみに、『二人の体で挟んで運ぶ』のは必須条件?」
「いや。ルール上は『手を使わずに運ぶ』だ。あ、もちろん『地面に落とさずに』な」
「……なら、任せて」
言うや否や、マグダは木製のボールをおデコの上にひょいっと乗せた。
そしてぴたりと静止するボール。
そこそこ重量のあるボールを、まるで紙風船を乗せているかのような軽やかさで扱っている。
「……一応、あとからクレームが出ないように、ヤシロはアゴでボールを押さえて」
「大丈夫か? バランス崩れちまわないか?」
「……こちらで調整する」
そんなことも出来ちゃうのかよ、お前ってば。
一応バランスが崩れないように気を付けてボールにアゴを乗せる。
一瞬ボールがグラつくが、マグダが体をよじってバランスを調整する。
すげぇ!
なんか俺、アゴ添えてるだけなのに大道芸やってるような気分になってる。
「……ガラス越しのチュー、木製のボールバージョン」
「厚さが違い過ぎるけどな」
向こうは透明で3mmくらいだけど、こっちは木製で直径が30センチだ。
あと、マグダはおデコだがこっちはアゴだ。
アゴとおデコではチューにはならない。
なので、羨ましそうな顔をするなウーマロ。
で、闘気を発するなバルバラ。
「ノーマちゃん、しっかり挟んでネェ~☆」
「こんなもん、胸に挟めるわけないさね!?」
「この世に不可能はそんなにないのネェ~☆」
「じゃあ数少ない不可能のうちの一つさよ、これが!」
次いでノーマとオシナのコンビがボール運びにとりかかる。
面倒見のいいノーマがしっかりとオシナをサポートしているせいか、結構速い。
マグダの妙技のおかげでリードは広げられたものの、気が抜けないレースになりそうだ。
「……ヤシロ、マグダがサポートするから、今から目をつむっていて」
「分かった。暗闇に慣れさせるんだな。でも、マグダは?」
「……平気。マグダは、夜目が利く」
「じゃ、任せた」
マグダを信じ、走りながらまぶたを閉じる。
暗所に入る前に目を暗闇に慣れさせておくのだ。瞳孔の収縮は意識的には行えないものだから、事前準備が物を言う。
特に利き目の方には、手のひらをまぶたの上から被せて念入りに光を遮る。
余談だが、人間には利き手のように利き目というものがある。
物を見る時、人は無意識で利き目でピント調節を行っている。
調べ方は簡単で、両手の親指と人差し指で顔の前に三角を作り、両眼を開けたままで少し離れたところにある物を三角越しに見る。三角の真ん中あたりにその物が来るように。
その後、左右の目を片方ずつつむる。
そうすると、どちらか片方が三角から大きくズレるはずだ。
そのズレが少なかった方が利き目ということになる。
俺は左目が利き目なので左目を手のひらで押さえて走る。
「……ヤシロ、あと三歩で迷宮に入る」
マグダの宣言から三歩数えてまぶたを開ける。
「……見える?」
「多少はな」
目を開けたのに周りは真っ暗だった。
ウーマロのヤツ、無駄に張り切りやがって。本気で真っ暗じゃねぇか。
これは、もう少し改造したらガキどもの遊び場になりそうだな。
「マグダは見えるか?」
「……バッチリ」
「じゃ、足ぶつけないように気を付けろよ」
「……らじゃー」
暗闇の中、微かな輪郭を頼りに歩を進める。
「本当に真っ暗ですね」
「ナタリア!?」
突然背後からナタリアの声がしてびっくりした。
もう追いつきてきやがったのか!?
「驚きの暗さ思う、私も」
ギルベルタまで……
「わぁ~、真っ暗だから手が滑ったのネェ~☆」
「ちょおぉぉおおっと! 悪ふざけはおやめな、オシナ!」
「やわやわ~☆」
「揉み返すさよ!?」
楽しそうだなぁ、黄組!?
代わってくれないかなぁ!?
「想像以上に暗いね……何も見えないよ」
「うむ。下手には動けんな……」
「エステラ様、サポートします」
「こちらへ誘導する、私は、ルシア様を」
エステラとルシアはまだ目が慣れていないらしい。
が、給仕の二人はもう見えているようだ。
領主が足を引っ張っている隙に暗黒迷宮を突破する。
闇にさえ慣れてしまえば、あとはガキ向けの巨大迷路だ。なんということはない。
「……光に備えて」
「おう」
暗黒迷宮の隠れた難所が、出口だ。
単純に眩しいのだ。
ここで目がくらんで転倒するヤツも何人かいた。
目を細めて外に飛び出し、そのままキャタピラへと向かう。
「……これの攻略は?」
「普通にやれば身長差で勝手に曲がる」
「……了解」
マグダは俺の左にいる。
俺の方がデカいので自然と左へと曲がっていくだろう。
デカい車輪と小さい車輪が並んで回れば、小さい車輪がある方へカーブするのは当然だ。
俺たちがクロコダイル風魔獣の革に潜り込んだところで、迷宮から連中が這い出してきた。
「待ぁてぇ! ヤシロー!」
なんか、ダメな刑事から逃げる怪盗になった気分だよ。
捕まえてみろっての、エステラのとっつぁ~ん。
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