異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

17話 際どい言葉 -4-

公開日時: 2020年10月16日(金) 20:01
文字数:2,084

「ヤシロさん」

 

 気が付くと、ジネットとマグダが立ち止まり、こちらを向いていた。

 後方を歩く俺たちを待っている。

 表情は、これ以上もないほどに嬉しそうだ。

 

「マグダさん、狩りのない時はお店で働いてくれることになりました」

「……は?」

「給仕をしてくださるそうです」

 

 わぁ……、なにその無謀な人事。

 すげぇわ、ジネット。俺ならそんな思い切り過ぎた采配出来ないわぁ。

 

「マグダ……接客業の経験は?」

「……ない」

「接客業に一番必要なものが何か分かるか?」

「……………………腕力?」

「うん、それはいらない。最もいらない」

 

 客を殴る気満々かっつの。

 

「接客業に最も必要なもの、それは笑顔だ」

「………………集める?」

「そうじゃない。お前が笑顔になるんだ」

「…………得意」

「うそつけーぃ!」

 

 思わず面白い感じで突っ込んでしまった。

 丸一日以上一緒にいるが、こいつが笑っているところなんか見たことがない。

 

「お前、ちょっと笑ってみろ」

「………………マジウケる~」

「女子高生かっ!?」

「……『じょしこうせい』?」

「いや……こっちの話だ」

 

 さっきの『マジウケる』はきっと『強制翻訳魔法』の誤変換に違いない。そうだと思いたい。

 つか、女子高生でももうちょっと感情豊かに言うぞ、そのセリフ。

 平板もいいとこじゃねぇか。感情の起伏が一切なかった。真っ平らだ。エステラの胸と同じ惨状だ。

 

「感情に起伏を持たせるんだよ。エステラではなく、ジネットのように!」

「……ねぇ、ヤシロ。それは、感情の話だよね?」

「起伏の話だ!」

「だから、『感情の』起伏の話だよね?」

 

 エステラが胸を押さえながらどうでもいい部分に食いついてくる。

 どこの起伏でもいいだろうが!

 とにかくジネットを見習えばいいのだ!

 

「感情の起伏だ!」

「と、言いながら、手がおっぱいを表すジェスチャーをしているよっ!」

 

 しまった。

 思わず両手を胸のところでポッコリさせるジェスチャーを入れてしまった。

 

「…………起伏」

 

 マグダが俺の言葉とジェスチャーを真似する。

 

「ダメですよ、マグダさん! ヤシロさんが伝染します!」

 

 慌ててジネットがやめさせる。

 ……さらっと酷いな、ジネット。

 

「とりあえず、マグダ。笑ってみろ」

 

 俺が言うと、マグダはしばらく考え込んだ後で、右の口角を少しだけ持ち上げた。

 髪が伸びる人形くらいにささやかな変化だな……

 

「…………ふふっ」

「客を嘲笑するんじゃねぇよ」

 

 ダメだ。

 こいつに笑顔はハードルが高過ぎた。

 元気な接客は無理だろう。

 ならば、無言でも行き届いたサービスを心がけるべきだろう。

 

「大丈夫ですよ! わたしが接客のいろはをきちんと教えますから!」

「いや、ジネット。こいつはそもそも方向性が違うんだ。お前が武器としている『笑顔』『元気さ』『揺れまくるおっぱい』のどれも、こいつには使えない」

「最後の一つは武器にしてませんよっ!? って、そんなに揺れてますかっ!?」

 

 ジネットが大きく張り出した胸を押さえつける。

 ぷに~んと形を変える柔らかい膨らみ。

 あぁ、揺れているともっ! 毎日毎日、ありがとうございます!

 

「………………二年後に期待」

 

 マグダがとても小さく呟いた声を、俺は聞き漏らさなかった。

 ……届くといいな、お前の理想に。

 

 エステラが仲間を見るような目でマグダを見つめている。が、マグダは未発達なだけだが、お前のはそれで完成形だからな?

『未』と『無』の間には超えられない壁があるからな?

 

「……店長のように、おっぱいで客を喜ばせることが出来るようになる」

「マグダさん、その発言には語弊がありますっ!? わたしはそんなことでお客さんを喜ばせていませんよ!」

 

 焦って訂正を求めるジネット。

 だが、客のうち何人かは、確実にお前の胸を見に来ているぞ。

 

「わたしは、パイオツカイデーでお客さんに喜んでもらっているんですよ」

「ごふっ!」

「ヤシロさんっ!? どうしたんですか!?」

 

 どうしたはこっちのセリフだ……それ、まだ生きてたのか?

 つか、それならマグダの言ってたこと合ってんじゃねぇか。

 

「『パイオツカイデー』とは、なんだい?」

 

 おい、エステラ。その言葉に食いつくな。

 早く風化してほしいんだから。

 

「ヤシロさんの国の言葉で、『笑顔がステキ』という意味だそうですよ」

「へぇ。いい言葉だね『パイオツカイデー』」

 

 ……もうやめて。俺をこれ以上責めないで……

 

「ふむ。ねぇ、ヤシロ」

 

 エステラが胸を張ってこちらに満面の笑みを向けてくる。

 

「どうだい? ボクもなかなかに『パイオツカイデー』だろ?」

「そんなわけあるかぁ!」

 

 はっ!?

 しまった。

 一言でツッコミゲージが満タンになってしまう強烈なボケだったもので、つい突っ込んでしまった……

 

「……そ、そんなに、ダメ……かな?」

 

 エステラがショックを受けたように胸を押さえる。

 ……あぁ、違う意味で受け取ってるはずなのにジェスチャーが的確過ぎてちょっと面白い。

 

「いや、そうじゃないんだ……だが、この話題はもうやめよう」

 

 まっすぐにエステラを見られなくなってしまった。

 

「……マグダも、『パイオツカイデー』を目指す」

「そうですね。頑張りましょうね」

 

 頑張ってなんとかなるものならな。

 つか、本当にもうやめよう、この話題……

 

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