「ヤシロさん」
気が付くと、ジネットとマグダが立ち止まり、こちらを向いていた。
後方を歩く俺たちを待っている。
表情は、これ以上もないほどに嬉しそうだ。
「マグダさん、狩りのない時はお店で働いてくれることになりました」
「……は?」
「給仕をしてくださるそうです」
わぁ……、なにその無謀な人事。
すげぇわ、ジネット。俺ならそんな思い切り過ぎた采配出来ないわぁ。
「マグダ……接客業の経験は?」
「……ない」
「接客業に一番必要なものが何か分かるか?」
「……………………腕力?」
「うん、それはいらない。最もいらない」
客を殴る気満々かっつの。
「接客業に最も必要なもの、それは笑顔だ」
「………………集める?」
「そうじゃない。お前が笑顔になるんだ」
「…………得意」
「うそつけーぃ!」
思わず面白い感じで突っ込んでしまった。
丸一日以上一緒にいるが、こいつが笑っているところなんか見たことがない。
「お前、ちょっと笑ってみろ」
「………………マジウケる~」
「女子高生かっ!?」
「……『じょしこうせい』?」
「いや……こっちの話だ」
さっきの『マジウケる』はきっと『強制翻訳魔法』の誤変換に違いない。そうだと思いたい。
つか、女子高生でももうちょっと感情豊かに言うぞ、そのセリフ。
平板もいいとこじゃねぇか。感情の起伏が一切なかった。真っ平らだ。エステラの胸と同じ惨状だ。
「感情に起伏を持たせるんだよ。エステラではなく、ジネットのように!」
「……ねぇ、ヤシロ。それは、感情の話だよね?」
「起伏の話だ!」
「だから、『感情の』起伏の話だよね?」
エステラが胸を押さえながらどうでもいい部分に食いついてくる。
どこの起伏でもいいだろうが!
とにかくジネットを見習えばいいのだ!
「感情の起伏だ!」
「と、言いながら、手がおっぱいを表すジェスチャーをしているよっ!」
しまった。
思わず両手を胸のところでポッコリさせるジェスチャーを入れてしまった。
「…………起伏」
マグダが俺の言葉とジェスチャーを真似する。
「ダメですよ、マグダさん! ヤシロさんが伝染します!」
慌ててジネットがやめさせる。
……さらっと酷いな、ジネット。
「とりあえず、マグダ。笑ってみろ」
俺が言うと、マグダはしばらく考え込んだ後で、右の口角を少しだけ持ち上げた。
髪が伸びる人形くらいにささやかな変化だな……
「…………ふふっ」
「客を嘲笑するんじゃねぇよ」
ダメだ。
こいつに笑顔はハードルが高過ぎた。
元気な接客は無理だろう。
ならば、無言でも行き届いたサービスを心がけるべきだろう。
「大丈夫ですよ! わたしが接客のいろはをきちんと教えますから!」
「いや、ジネット。こいつはそもそも方向性が違うんだ。お前が武器としている『笑顔』『元気さ』『揺れまくるおっぱい』のどれも、こいつには使えない」
「最後の一つは武器にしてませんよっ!? って、そんなに揺れてますかっ!?」
ジネットが大きく張り出した胸を押さえつける。
ぷに~んと形を変える柔らかい膨らみ。
あぁ、揺れているともっ! 毎日毎日、ありがとうございます!
「………………二年後に期待」
マグダがとても小さく呟いた声を、俺は聞き漏らさなかった。
……届くといいな、お前の理想に。
エステラが仲間を見るような目でマグダを見つめている。が、マグダは未発達なだけだが、お前のはそれで完成形だからな?
『未』と『無』の間には超えられない壁があるからな?
「……店長のように、おっぱいで客を喜ばせることが出来るようになる」
「マグダさん、その発言には語弊がありますっ!? わたしはそんなことでお客さんを喜ばせていませんよ!」
焦って訂正を求めるジネット。
だが、客のうち何人かは、確実にお前の胸を見に来ているぞ。
「わたしは、パイオツカイデーでお客さんに喜んでもらっているんですよ」
「ごふっ!」
「ヤシロさんっ!? どうしたんですか!?」
どうしたはこっちのセリフだ……それ、まだ生きてたのか?
つか、それならマグダの言ってたこと合ってんじゃねぇか。
「『パイオツカイデー』とは、なんだい?」
おい、エステラ。その言葉に食いつくな。
早く風化してほしいんだから。
「ヤシロさんの国の言葉で、『笑顔がステキ』という意味だそうですよ」
「へぇ。いい言葉だね『パイオツカイデー』」
……もうやめて。俺をこれ以上責めないで……
「ふむ。ねぇ、ヤシロ」
エステラが胸を張ってこちらに満面の笑みを向けてくる。
「どうだい? ボクもなかなかに『パイオツカイデー』だろ?」
「そんなわけあるかぁ!」
はっ!?
しまった。
一言でツッコミゲージが満タンになってしまう強烈なボケだったもので、つい突っ込んでしまった……
「……そ、そんなに、ダメ……かな?」
エステラがショックを受けたように胸を押さえる。
……あぁ、違う意味で受け取ってるはずなのにジェスチャーが的確過ぎてちょっと面白い。
「いや、そうじゃないんだ……だが、この話題はもうやめよう」
まっすぐにエステラを見られなくなってしまった。
「……マグダも、『パイオツカイデー』を目指す」
「そうですね。頑張りましょうね」
頑張ってなんとかなるものならな。
つか、本当にもうやめよう、この話題……
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