「まったく! これから人生をかけた真剣勝負を始めようという時に、だらしのない顔をさらすな、カタクチイワシ!」
ザンッ! と、土のグラウンドを踏みつけて砂埃を舞い上がらせて、俺の前に仁王立ちするルシア。
えんじ色のブルマに白い体操服を身に纏い、青く煌めく美しい髪をポニーテールにしてこちらを睨んでいる。
俺に暴言を吐くのが生き甲斐なのかと思うような、いつもどおりの傲岸不遜なドヤ顔。なのに、これは……正直、可愛いっ!
いつもの、『近寄りがたい領主のオーラ』という鉄壁のバリアを脱ぎ捨てて身軽な体操服姿のルシアは、もうホント、ただの美人なかまってちゃんでしかなく、ある意味で無防備であけっぴろげなその表情は敵意に充ち満ちていても好感が持てる。
そして何より……
「脚、長っ!?」
めっちゃ美脚!
こいつ、こんなにスタイルよかったのか!?
いつも丈の長いスカートだから気が付かなかったけど、ヒールなしでこの長さって相当だぞ!?
「なぅっ!? お、愚かなことを抜かすな! どこを見ておるのだ、下郎! 不埒者! 不純物! 危険物! 廃棄物!」
誰が廃棄物だ、こら。
「き、貴様っ、ふざけたことばかり言っておると、えっと、あの……アレだ! あ、ア、……アレして、コレするぞ、カタクチイワシ!」
どうしたんだよ。日々書き溜めて練習してんだろ、カタクチイワシシリーズ。
ここ一番でど忘れしてんじゃねぇよ。
「ふ、不愉快だ! 行くぞ、ギルベルタ」
「承知した、私は。そして、見せておく、さりげなく、今日この日のための特別な衣装を、私は、友達のヤシロに。思いきってさらした太ももと一緒に」
と、褐色の引き締まった太ももをこれでもかと見せつけてギルベルタは去っていく。
ギルベルタは心がピュア過ぎて、こう……そーゆー目で見られないんだよなぁ、正直。
懐かれているのも、なんか、犬に懐かれているような感じでだし……
まぁ、可愛いんだけどね。似合ってるし。
「お前……性根が腐りきってやがんだな、英雄」
振り返ると、ものすご~く蔑んだ視線を向けられてた。
味方のはずのバルバラから。
今日のバルバラは気合い十分なようで、頭蓋骨が悲鳴を上げそうなほど鉢巻をキツく額に縛りつけている。
四十一区での『美の通り』プロジェクトの一環で鬱陶しかった前髪はさっぱりと切り揃えられ、ヤップロックのところでいい飯といい寝床を提供してもらっているおかげで肌つやもよく、ほどよく肉も付いて、口と性格が悪いだけの美少女に変貌しつつある。
……なんか悔しいな。バルバラのくせに。
「それはそうと、このブルマっての、なんかぴらぴらしたのが邪魔だな」
「バルバラさんっ、それブルマが表裏ですよ!?」
あ。頭も悪いんだった。
そのぴらぴらはな、縫い代ってんだよ。どんな衣類にも付いてんだろうが。
「穿き直しましょう!」
「ここでか?」
「やったぁ!」
「更衣室でですよ!? そして、ヤシロさんは懺悔していてください!」
脱ぎかけたバルバラを全力で止めて、ジネットがバルバラの腕を引いて更衣室へと歩いていく。
……また懺悔するのぉ、俺。
「……ヤシロ。マグダは店長を手伝ってくる…………という名目でグラウンド中を練り歩いてこの可愛い結び方を自慢してくる」
「名目、薄れ過ぎだな……まぁ、好きにすればいいけど」
「じゃ、じゃあ、あたしも行くです! このナチュラルな可愛らしさをアピールしてくるです!」
「……ナチュラル…………あぁ、『普通』」
「なんで言い直すですか、マグダっちょ!? ナチュラルでいいじゃないですか!」
などと賑やかに、ジネットとバルバラ、マグダとロレッタが俺のもとを離れていく。
グラウンドの端の一角。
白組の陣地として割り当てられた場所が、少し静かになる。
そこへ。
「ぁの……、てんとうむしさん」
天使の囁きに似た声が風に乗ってやって来た。
振り返ればミリィ。
恥ずかしいのか、ブルマを隠すように体操服の裾を出している。
その結果、ブルマの大部分が隠れて、太ももの間で微かに顔を覗かせる程度、小さな小さな三角形がチラ見えしている、そんな状態になっている。
こいつぁ…………可愛らしさがうなぎ登りだ!
「ミリィ、偉い!」
「ぅえ!? ぇっと……たぶん……素直に喜んじゃ、だめなやつ……だょ、ね?」
ちっ。
どうせエステラかレジーナあたりが余計な入れ知恵をしたのだろう。
純粋無垢なミリィにつまらない猜疑心を植えつけやがって。
「卑猥薬剤師、滅べー!」
「えらい言われようやなぁ。自分、よぅ言うわホンマ」
ミリィの背後から静かに近付いてきた緑髪の薬剤師は、いつものまっくろ衣装を脱ぎ捨てて、今日は体操服を着ている。
ただし、他の連中とは少し違う。
こいつは日光がほとほと苦手なのか、長袖の上着を羽織っているのだ。
うん。長袖もあるんだ。ジッパーで前を留めるヤツ。ブルゾン感覚で羽織れるヤツ。色はブルマと合わせて紺とえんじ色の二色。
長袖の上着のその下に、えんじ色のブルマを穿いているレジーナ。
上着はもちろんズボンに入れるものじゃないから、ミリィと同じく裾を垂らしてえんじ色のブルマの多くを覆い隠している。
ややぶかっとしたえんじ色の上着から、日光嫌いであるレジーナのあまりにも白い脚がにゅっと二本出ていて、そしてチラッとだけ覗くブルマ! 最高か!?
えっ、お前、最高なのか!?
「レジーナ。俺たち、友達だよな☆」
「結構長い付き合いしてきて、想像をはるかに絶する最低のタイミングで言われてもぅたなぁ、それ」
差し出した俺の手を、ばっちぃ物を摘まむかのように親指と人差し指の先っぽでちょこ~っとだけ摘まむ。
なんて不愉快な握手なのだろう。ブルマでなけりゃ蹴りが出ていたところだ。
「あぁ……それにしても日光が暑いわ……ウチ、そろそろ限界かもしらへん」
「まだ準備も終わってないのにか?」
レジーナは、基本テントの下で救護係をしてもらう予定なので、ぶっ倒れることはないだろうが……つか、自分の体調くらいしっかり管理しろよ、薬剤師。マジで。
「そういえば、ミリィ。俺に何か用だったか?」
「『ブルマ姿堪能したさかい、話聞いたるで!』やて」
んなこと言ってねぇだろうが。
……まぁ、否定はしないけども。
「ぁの……ね? 鉢巻なんだけど……」
ミリィも可愛く結んでほしいのかと思ったのだが。
「あ、触覚に当たるのか?」
「ぅん……ろれったさんのマネしようとすると、調度あたる、の……」
おでこに巻けば触覚は避けられる。
が、それはミリィのイメージではない。
おでこにぎゅっと結ぶのはデリアとかバルバラとか、本気思考の女子くらいのもので、ミリィみたいな娘は可愛さを優先させて然るべきだ。だって可愛いのだもの!
じゃあ、どうすれば……あ、そうか。
「んじゃあ、触覚を避けて、ちょっと浅めに巻くとしよう」
「でも、それだとズレてきちゃって……」
「大丈夫。こいつを使う」
誰かしらが必要とするかもしれないと思って、鉢巻のずり落ち防止用にパッチン止めをいくつか持ってきておいたのだ。
ミリィたちの髪飾りに使っているヘアピンだ。
「これで両側を固定してやれば……ほら、落ちないだろ?」
「ゎあ……! ぁりがとう、てんとうむしさん!」
ズリ落ちないことを確認するように、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねるミリィ。
鉢巻がズレないのが嬉しいようで、何度も何度も飛び跳ねる。
その度に触覚が可愛く揺れて……ジャンプの際に体操服が持ち上がってブルマが見えたり隠れたり見えたり隠れたり見え……
「持って帰る!」
「自分の欲望は、底なしなんやなぁ ミリィちゃん、早よ逃げ」
「ぇ、ぁの、じゃあ、みんなに見せてくる、ね?」
レジーナに言われ、ミリィがぱたぱたと駆けていく。
「あぁ……テイクアウトが……」
「ホンマに持って帰る気やったんかいな?」
バカ、お前、当たり前だろうが! あんなに可愛い子が、あんなに可愛い格好して、あんなに可愛く喜んでいたんだぞ? 持って帰るだろう、そりゃ!?
ミリィは床の間でもリビングでもキッチンでも、どこに飾っても可愛いんだからな!
……って、自分で思って、とある人物を思い出した。
美しい物を飾るのも、美しく飾られるのも好きな、あの自分大好きお嬢様。
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