異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

382話 改革の反動 -1-

公開日時: 2022年8月21日(日) 20:01
文字数:4,141

 アトラクションはどれも大盛況で――

 

「トリックアート見たか? え、まだ? じゃあ俺が一緒に行ってやるよ! マジで面白いから! 最後にレストルームで休憩も出来るしよ! な! なっ!」

 

 はは……最後の鏡のトリック、引っかけられたヤツが悔しがってやがるなぁ。

 

「きゃぁあああ!」

 

 そしてお化け屋敷からは絶え間なく悲鳴が漏れ聞こえてくる。

 中を知らない者は青い顔をし、中を知っている者は「あこそ、怖いんだよなぁ」としたり顔だ。

 

 そして、ミラーハウスから出てきた男女を見やれば――

 

「……もう、エッチ」

「違うって! まさか上にも映ってるなんて思わなくて……えへへ」

 

 見たのか!?

 その短いスカートの中身を、貴様は見たのか!?

 

「ロレッタ、ここを頼む。用事が出来た」

「包丁握りしめて怖いこと言わないでです! お兄ちゃんはもりもり餃子を焼いててです!」

 

 ちっ、身内に妨害されるとは。

 

「いっそのこと、これに便乗して見えてもいいパンツを大々的に売り出すか」

「見えてもいいパンツなんかないですよ!? パンツはみんな見えちゃダメなヤツです!」

「いやいや、俺の故郷にはな、敢えて見せるパンツまであるくらいでな」

「お兄ちゃんの故郷の人は、みんなちょっとアレな人たちばかりなので参考にはならないです!」

 

 酷い言われようだ。

 俺がたまにする話を聞いて、総合的にそう解釈したらしい。

 解せぬ。

 

 

 アトラクションには長蛇の列が出来、陽だまり亭屋台の前にも人だかりが出来ている。

 とはいえ、今回用意したのはすでに知られている物ばかりだ。熱狂的な興奮という感じはない。

 

「ラーメンラーメンラーメン! もう一回食いたかったんだよ!」

「陽だまり亭でも食べられないもんなぁ」

「おいおいおい、聞け、新発見! ラーメンと餃子、めっちゃ合う!」

 

 まぁ、ラーメンには熱狂的なファンがいるようだが。

 

 現在、陽だまり亭でラーメンは提供していない。

 スープを作るのが手間だし、用意してもスープを使い切れるほど数は出ない。

 スープは大量にまとめて作った方が美味いし、ジネットも小分けで作ると少し味が落ちると感じているようだ。

 

 やっぱ、ラーメンはラーメン屋を作って提供するべきだろうな。

 明日の講習会には、四十二区からも数名料理人が参加する。自分の店の目玉商品にしようと目論むヤツ、新たに店を作ろうとしているヤツ、ラーメンに魅せられてマスターしたいと渇望するヤツなど、様々だ。

 

 明日は結構な大所帯になりそうだ。

 ……想像しただけで疲れる。

 

 ジネットにマグダとロレッタも揃っているので、飯の提供は一切の問題もない。

 カンパニュラとテレサも元気に手伝いをしてくれている。

 よって、俺は若干ヒマだったりする。

 

 今は飯よりアトラクションなのだろう。

 裏方の給仕が交代で飯を食いに来ているが、そこまで混雑はしていない。

 

「どうだ、裏方は?」

「はい。とても楽しいです」

 

 お化け屋敷の裏方をやっている給仕に声をかけると、餃子を食べながら満面の笑みで答えてくれた。

 

「仕事の根底は、たぶん一緒なのだと思います。我々給仕は、毎日エステラ様にご満足いただける空間作りを行っております。いつもより頑張ってお掃除をすると、エステラ様が驚いてくださるのですが、それがなんとも嬉しく感じるのです」

 

 なので、しっかりと準備をして、行動を起こして、それで客が満足そうにしてくれるのが嬉しいのだそうだ。

 

「天職を見つけたかもしれません」

「いや、エステラを支えてやってくれな」

 

 三十一区に出来るテーマパークに転職します! なんてことになったらエステラに恨まれてしまいそうだ。

 

「もちろんです。エステラ様は、私たちみんなの天使ですから」

 

 餃子を食べ終え、「ごちそうさまでした」と給仕は持ち場へ戻っていった。

 キラキラしとるなぁ。

 

「とても楽しそうでしたね」

「あぁ。あんないい笑顔で――」

 

 

「きゃぁぁああ! いやぁぁああ!」

 

 

「――他人を恐怖のどん底に突き落としてんだなぁ」

 

 なんてサイコパス!

 危うくほっこりしかけてしまったが、あいつらがやってるのは恐怖の演出なんだよな。

 他人の泣き叫ぶ顔を見て幸福感を得るとか、魔王の素質でもあるんじゃないか?

 

「こりゃ、穀潰し! 真面目に仕事せんか!」

 

 ジネットと並んで給仕を見送っていると、はぐれジジイが一体現れて俺に難癖を付けてきた。

 

 

 どうする?

 → 攻撃

   防御

   魔法

   逃げる

 

 

「む……地縛霊の声が……?」

「生きとるわ!」

「もう、ダメですよ、ヤシロさん」

「『ゼルマルさんは危険な年齢なのでシャレになりません』って?」

「そ、そんなことは言ってませんよ!?」

「よかったな、ゼルマル。『思っただけ』だって」

「そんなこと言っとらんじゃろうが、このたわけが!」

 

 デッカい箱を小脇に抱えたゼルマルがギャンギャン吠える。

 ジネットと同じことをしているのに俺にだけモンクを言うからだ。嫌なジジイ。

 

「ほれ、とりあえず、一番難解な物は出来たぞ。確認せい」

 

 どかっと、テーブルにデカい木箱を載せるゼルマル。

 蓋を開けると、いくつもの歯車が複雑に噛み合い、組み込まれていた。

 

 要となる一番デカい歯車の動作試験用の装置のようだ。

 木箱の横に取り付けられたハンドルを回すと、中の歯車が一斉に回り出す。

 力の流れを辿っていくと、どの歯車もきちんと動作していることがよく分かる。

 

 ただ、重い。

 

「このサイズでこの重さはキツいな。改良しといてくれ」

「出来るか! 全部の歯車を揃えるだけで精一杯じゃい!」

「なのにお前だけ遊びに来たのか」

「遊んどるヒマなんぞあるか! 確認が取れたらすぐ戻って残りの歯車を仕上げてくるわ!」

「あっ、待ってください、ゼルマルさん。今お好み焼きを包みますので、作業場にいるみなさんと召し上がってください」

 

 ジネットがぱたぱたとテイクアウトの準備をする。

 焼いて包んで……結構時間かかりそうだな。

 

「ハムっ子に届けさせるか?」

「いや、折角の好意じゃ。受け取って帰る」

「美少女に手渡された料理を食べたいとか……このムッツリ!」

「たわけ! 陽だまりの孫にそんな感情を抱くか! あんたも、たまにはこの道楽従業員を叱ってやれ……って、どうしたんじゃい、真っ赤な顔をして」

「い、いえっ! な、なんでも……」

 

 ゼルマルに話を振られて、赤い顔をしたジネットがわたわたと顔を逸らす。

 

「……ヤシロに『美少女』と言われて照れている模様」

「マグダさんっ!? しぃ~です、しぃ~!」

 

 お好み焼きを焼くマグダの口に人差し指を添えて黙らせようとするジネット。

 もう全部聞こえたけどな。

 

「……あの娘を泣かせると承知せんぞ」

「なんの話だ。痴呆が始まったんなら夜間徘徊しないように監視付きの施設に隔離されろよ、迷惑だから」

「ワシはボケん!」

 

 って言ってボケてるジジイのなんと多いことか。

 

「さっさと結婚して養子でももらえ。老後のために」

「バカもん! ……まだ、早いわい」

 

 諦めてないのか、結婚。

 あと、全然早くないからな?

 お前、遺言でプロポーズでもする気なの?

 面倒をかけずに財産だけくれるなら、最期の最期に養子になってやってもいいぞ。

 

 と、ジジイとくだらない話をしているところへ、オルキオとシラハが連れ立ってやって来た。

 

「今回も盛況だね」

 

 にこやかに微笑むオルキオ。

 しかし、やや斜め後ろを歩くシラハはどこか疲れたような顔をしている。

 

「どうした、シラハ? 二十分くらい絶食してるのか?」

「うふふ、もう、ヤシロちゃんってば。私、そんなに食いしん坊じゃないのよ?」

 

 は?

 どの口が?

 語尾が『おかわりぃ~』だったボンレスハムが。

 

「そんなに疲れた顔をしてるかしら?」

「ん~……っていうか」

 

 苦しそう、だな。

 

「オルキオさん、シラハさん。こんにちは。お二人もアトラクションを見に来られたんですか?」

 

 マグダが焼くお好み焼きを待ちながら、ジネットがオルキオたちに話しかける。

 オルキオは祖父さんの友人だったので、ジネットにとっても特別な存在だ。

 いつもより、幾分嬉しそうな顔をしている。

 

「なんだか面白そうなことをしているようだね。けれど、今は時間があまりなくてね」

 

 そう言うオルキオは、いつもの物静かな表情だ。

 だが、その表情が、完璧過ぎる。

 

「何があったんじゃい、オルキオ」

 

 ゼルマルも気が付いたようで、鋭い視線をオルキオに向ける。

 そう。オルキオはもっと感情を素直に表す人物だ。

 こんな、取り繕ったような笑みを顔に貼り付けて本心を隠すようなヤツじゃない。

 それをしているのは、そうせざるを得ない状況ということだろう。

 

「あはは……。実はね、今日は謝りに来たんだよ。ジネットちゃんにね」

「わたしに、ですか?」

 

 指名されて、ジネットは目をぱちくりさせる。

 

「前に、ウチに――シラハの家へ泊まりに来たいと言っていただろう?」

 

 オルキオがカンパニュラの後見人になれば、住居を三十五区から三十区へ移してもらうことになる。

 だから、そうなる前にもう一度泊まりに行きたいと、ジネットはお願いをしていた。

 

「それがね、難しくなったんだ。約束したのに、ごめんね」

「そんなこと。……でも、何かあったんですか? ご無理をされてはいませんか?」

「いや、まぁ……」

 

 オルキオの歯切れが悪い。

 何かある……な。

 

「シラハ。最近のオルキオはどうだ?」

「オルキオしゃんは……」

 

 くっ……と、シラハが息をのみ込んだ。

 

「新しい場所でも、懸命に頑張ってらっしゃるわ」

 

 新しい場所……お泊まりが難しくなった……懸命に頑張る必要があること……あぁ、なるほど。そういうことか。

 

「こっちには判決は来ていないんだが、動きがあったようだな」

「……ヤシロ君、君は……」

 

 オルキオが驚いたような顔で、ジネットが不安げな顔で、ゼルマルが苛立ったような顔で俺を見る。

 

「何か分かったなら早よ言え。オルキオは秘密主義でイカン」

「あの、ヤシロさん……」

 

 ゼルマルは置いておいて、ジネットがこんな心配そうな顔をしているのだ。

 ちゃんと説明はしてもらわないとな。

 

「おそらく、オルキオたちはすでに三十区に移動したんだ。統括裁判所に言われてな」

 

 言って、オルキオを見れば、俺の推測が正しかったと分かる。

 苦しそうな、それでいて諦めが付いてすっきりしたような表情が浮かんでいた。

 

「三十区の街門の管理を押しつけられたんだろ、オルキオ」

「まったく……君には驚かされてばかりだよ、ヤシロ君」

 

 力なく笑って、オルキオは俺の発言を肯定した。

 

 

 

 

 

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