そんなわけで、マグダ、メドラ、ウッセと共に、俺は街門建設予定地へと向かった。
現場では、十数名の狩猟ギルド組合員がデカい魔獣を力尽くで抑え込んでいた。巨大な網が投げかけられ、無数のロープが魔獣の体の上に固定されている。先端にカギヅメでも付いているのか、魔獣の硬そうな体にしっかりと食い込んでいる。痛みからか、拘束されていることへのいらつきか、魔獣はそれらを振り解こうと暴れ狂っていた。
凄まじい光景だな、サイみたいなデカさの生き物が街の中で暴れているのは。
幸いなことに、怪我人は出ていないようだ。
「……イメルダは?」
「今日は昼から実家に顔を出しに行くとか言っていたな」
「……よかった」
イメルダの家のそばでの大事件だ。
イメルダが留守にしていることに少しほっとした。
「にしても、デカいな……」
キメラアントは、巨大なライオンの姿をしていた。……前半分は。
胴体から後ろは、アリになっている。羽まで付いている。飛ぶのか、ヤツは?
「人が頻繁に森に出入りしたから、興奮しているんだろうね」
「マグダと二人で、なんとかなりそうか?」
見たところ、筋肉ムキムキの大男が十五人がかりでなんとか動きを封じられている程度だ。
見た目以上にパワーのある魔獣なんだろう。顔からして獰猛そうだもんな。
マグダとメドラ、二人でかかれば、なんとか……
「うわぁぁぁあああっ!?」
その時、狩猟ギルドの大男たちが一斉に空を舞った。
キメラアントが強引に羽ばたき、抑えつけていた連中共々空へ飛び上がったのだ。
固定するために使用していた網やロープが仇となり、狩猟ギルドの面々は絡め取られるように空へ道連れにされていた。
何人かそれなりの高度から落下する。
「ウッセ! マグダ! ウチの連中を救出してやんな!」
「はいっ!」
「……了解した」
メドラの指示に、迅速に行動を開始するマグダとウッセ。
決断も早ければ現場の主導権を握るのも早い。
このメドラってヤツはマジで、デカい組織をまとめ上げるだけの器を備えてるってわけだ。
当然、ツンデレ語尾はなくなっている。ここからは真剣な場面だ。
「二人を救出に向かわせて、……まさか、お前一人であの魔獣をなんとかしようってんじゃないだろうな?」
キメラアントはさらなる自由を求め暴れ回る。
なんとかロープを握っているヤツらが必死にその動きを封じようと抵抗をしている。
マグダたちの役目は、踏ん張りの利かない宙づり状態になってしまった者の救出だ。
キメラアントに攻撃している暇はない。出来たとしても、ロープを掴んでキメラアントの行動を抑制する程度だろう。
なら、今キメラアントに立ち向かえるのはメドラしかいない。
しかし……あんなバケモノ相手に一人で太刀打ちできるのか……?
そんな不安が胸の奥に去来した時、メドラが俺に頼もしい笑みを向けてきた。
「アタシ一人で十分なんだからねっ!」
「真面目な場面ぶち壊すなよっ!」
二カッと笑い、そして、俺の目の前から消えた。
――ドゥッ!
という音が聞こえたと思った時には、メドラは遥か遠く、外壁の真下にまで移動していた。
まるで、大砲が発射されたかのような衝撃が空気を揺らす。
一瞬で100メートルほど移動しやがった……あんな巨体で……デタラメだ。
「しっかり抑えときな!」
宙づりの仲間の救出を終えたマグダたちに、メドラが指示を出す。
そして、地面を蹴り外壁を蹴り、たったの二歩で、メドラは上空を飛ぶキメラアントの『頭上を』取った。
棒無しで棒高跳びが出来そうなジャンプ力だ。
やっぱりあいつ……戦闘民族なんじゃねぇの?
「思ったよりかは強いようだが、まだまだアタシの敵じゃあ…………」
固く握った拳を大きく振りかぶる。
そして、打ち下ろすと同時に獣のような咆哮を上げる。
「……ないんだからねっ!」
……こんなに猛々しいツンデレセリフを、俺は聞いたことがなかった。
いや、むしろ……聞きたくなかった。
鉄球で高層ビルを破壊するようなけたたましい爆音が轟き、魔獣は打ち落とされた。
地面に激突した魔獣は……ピクリとも動かなかった。
……最強か。
あとで聞いた話になるが、外壁は『魔獣が嫌う魔力を発する石』で作られているらしい。
かなり高価なもので数もそんなに無いらしいが、街の安全のため外壁にはその石が惜しみなく使用されている。
だよな。そういう結界的な物がない限り、空を飛べるヤツとかボナコンみたいにバケモノじみた力の持ち主が街に入ってこない理由がないもんな。
そんな中、ごく稀にその『魔獣が嫌う魔力』をも凌駕する強力な魔獣が出現するらしい。今回のキメラアントのように。
そんなヤツは街の中へ侵入し人間を捕食しようとするらしいのだが、今回は被害が出なくて本当によかった。ウッセたちも大健闘というところだろう。
「自分たちだけで仕留められなきゃ、あんたらがここにいる意味がないんだからねっ!」
「「「「すみませんでした、ママッ!」」」」
しかし、メドラに言わせれば不手際らしく……ガチムチの強面どもが全員土下座で「ごめんなさい、ママ」と半泣きになっていた。……シュール過ぎんだろ。
「……あのキメラアントは、ここ十数年の中でもトップクラスの危険な魔獣だった」
獣人族は、その獣の血からか、見ただけで魔獣の強さが分かるらしい。
マグダが言うには、あのキメラアントは、人間が十人や二十人程度ではどうすることも出来ないレベルの相手らしかった。
……それをワンパンで黙らせたお前んとこのギルド長は何者なんだよ、じゃあ。
「どうやら、魔獣のスワームは、結構厄介なレベルにまで来ているようだね……街門の件はともかく、早急に手を打たないと街そのものが危険にさらされる恐れがある……か…………これは持ち帰って対策を話し合わなけりゃあいけないんだからねっ!」
「いや、だからもういいって、ツンデレ語尾!」
途中まで真面目な話かと思って聞いちゃったじゃねぇか!
「すまんが、午後の手伝いはまた今度の機会に延期させておくれ。魔獣対策を急ぎたい」
「延期とかいいから、気にせずさっさと帰ってくれ」
メドラは律儀なヤツなんだろうな、ホント。
「ゴロツキどもには、今日一日みっちり労働させてやりゃあいい」
「まぁ、そっちは大丈夫だろう」
パウラたちも、なんだかんだでうまくやってるようだし。
「それじゃ、あたしは帰るけど…………また、会いに来ていいかい?」
「……その前に領主会談があるんじゃないのか?」
「そうそう。忘れるところだった」
それだけは何があっても忘れないでくれ。
「リカルドから正式な返事が来るとは思うが、ここと四十区がよければ、開催は三日後だ」
「ようやく腹を決めたか」
「腹は決まってたさ。ちょいと用事があっただけだよ」
また裏工作とかしてなきゃいいが……まぁ、メドラが出席する会談の席でおかしなマネは出来ないだろう。
おそらく、領内のトラブルの対処にでも追われていたんだろう。
いろいろと問題を抱えてそうだからな、四十一区は。
「今日は本当に楽しかった。謝罪に来て楽しんじまって悪いんだが…………この街は、人を楽しい気持ちにさせてくれる。いい街だね」
街全体を見渡そうとしているかのように、メドラがゆっくりと辺りを見渡す。
街を眺めるメドラの瞳は、驚くほどに澄みきっていた。
「四十一区も変わればいい」
「そうするつもりさ。たとえ時間がかかってもね……」
「時間、かからないかもしれないぞ」
「え?」
メドラと視線が合う。
もし、俺の誘いに乗ってくるなら……四十一区、変えてやってもいいぜ。
もちろん、四十二区がさらなる発展を遂げるための足掛かりとして、だけどな。
「……何を考えているのかは、この次聞かせてもらうとしようかね」
「そうだな。たぶん、嫌でも巻き込まれると思うからよ」
「はっはっはっ、嫌なもんかい」
メドラの大きい手が、俺の頭に乗っけられる。
……重い。
「あんたの目を見ていると不思議な気分になるのさ。アタシがまだ小娘だった頃に持っていた、夢とか希望とか、自分は無敵なんじゃないかって勘違いしちまうほどの熱くて強い衝動とか……そういうもんを思い出させてくれる」
「夢なら今でも持ってんじゃないのか?」
「この歳から叶えられる夢なんざ、あといくつもありゃしないよ」
「なら、一つだけ増やしてやるよ」
メドラの目が、丸く見開かれる。
驚きと期待。そんなものが込められた瞳が、俺を見つめる。
「これから先叶う、お前の夢を、俺が一つ増やしてやる」
俺の狙い通り事が運べば、こいつの夢は一つ叶うことになるだろう。
まぁ、俺の望みを叶える『ついでに』だけどな。
「それって……」
「叶ってからのお楽しみだ」
「…………結婚?」
「それはない!」
絶対ない!
そこだけは念入りに否定して、俺は陽だまり亭へと帰った。
…………否定、ちゃんと届いてたよな?
………………不安だなぁ。
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