異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

373話 動き出す新たな計画 -3-

公開日時: 2022年7月18日(月) 20:01
文字数:4,707

 三十一区領主、オルフェンの館には、パメラが集めた四貴族の当主たちが集まっていた。

 貴族を集めたせいで、畑の下見にオルフェンが同行できなかったのだが。

 

「いかがでしたか、三十一区の農地は?」

「残念ながら、想像したとおり、最悪の結果だったよ」

「そう、ですか……」

 

 集まったオッサンたちが重々しいため息を吐き出す。

 集まったのは四貴族の当主とその奥方。計八名。

 順番に貴族っぽい長々しい挨拶と自己紹介をされたのだが、さすがにもうこれ以上名前は覚えられない。

 一気に出てきた領主たちでさえ、もうほとんど忘れかけている。

 

 今日話題に上ったので、三十一区領主のオルフェンと、その兄で前領主だったアヒムは思い出したけど。

 ルシアの幼馴染みの丸いのと、ドニスと仲のいいカーネルさんの名前はもう忘れた。

 丸いのが『ピッグ』で、カーネルが『ムキ男』だったっけ? まぁ、そんな感じだったはずだ。

 

「ダックとマルコだ。領主の名くらい覚えろ、カタクチイワシ」

「えっ!? また顔に書いてあった!?」

「全部声に出ておったわ! ここの貴族たちの名前を誰一人覚えてないこともな!」

「申し訳ありません、ウチの区の領民がとんだ無礼を」

 

 ルシアに叱られ、エステラが俺の非礼を詫びている。

 エステラは貴族で領主なので俺より立場が上だ。上の者が謝ったのだから、この件はもう許されたも同然だろう。

 

「ま、そういうわけだ。許せ。で、諦めろ」

「どこまで横柄なのさ、君は!?」

「あの、ヤシロさんは人の名前とお顔を覚えるのが苦手なんです。ね?」

 

 ジネット。そのフォロー、俺がとってもダメな子みたいに聞こえるんだけど。

 しょうがない。覚えてやろうじゃねぇか!

 

「友好の証にニックネームを付けてやろう!」

「覚える気がない宣言じゃないか、それは!?」

「そっちから、イチロー、ジロー、サブロー、シロー」

「おざなりにもほどがあるよ!?」

「嫁は、そっちから、ユキコ、ツキコ、ハナコ、アマリコ」

「アマリコってなにさ!?」

 

 いや、だって、雪月花って付けようと思ったら一個足りなかったんだもんよ。

 あぁ、そうか、花鳥風月にすればよかったのかぁ、うっかりうっかり。

 

「私の両親はイチローとユキコなのです」

「ソレガシの両親はシローとアマリコです」

「定着させようとしなくていいから! ボクはちゃんとお名前を覚えていますからね、ミスター――」

「「「「解放の英雄様から授かったニックネーム、生涯大切に致します!」」」」

「あぁ、もう! ヤシロがどんどん感染していくっ!」

 

 失敬な。

 俺が望んでこうなってるわけじゃねぇわ。

 

 つか、その解放の英雄って、どのレベルで広まってるんだ?

 

「申し訳ありません。皆、本当にミスター・オオバに感謝しているのですよ」

「お前も仰々しいよ。ヤシロでいい」

「では、オオバさんと呼ばせていただきます」

「というか、君が砕け過ぎているんだよ。ミスター・オルフェンは領主なんだよ」

「いえ、気さくに接していただけて嬉しいですよ」


 と、オルフェンが笑みを漏らす。

 とことんフレンドリーな人物のようだ。

 けどな、線引きはしとけよ。

 この四貴族とか、領主が止めないからどんどん暴走するんだよ、こーゆー連中は。

 しっかりしろよ、領主。

 

「三十一区は隣の二十三区との関係がうまくいっていませんでした。そのせいで『BU』の制度にはかなり苦労していたのです」

 

 二十三区を通る度に通行税が取られ、立ち入れば豆を押しつけられ、その豆にも税がかかる。

 関係がギクシャクどころか険悪だったため、三十一区の者は容赦なく豆を押しつけられていたらしい。

 

「ですから、『BU』を改革――いや、解放してくださった英雄様と微笑みの領主様、そしてときめき女帝様には、領民一同心より感謝していたのです」

「「「なら、その呼び方を今すぐ改めろ」」」

 

 俺とエステラとルシアの声が揃った。

 珍しいこともあるもんだ。今、心がぴたりと一つになった気がした。

 

「その上、三十一区にとって最も脅威であったウィシャートを討ってくださいました。今、三十一区では皆様の話題で持ちきりなのです」

「――の、割には、アヒムは友好的には見えなかったけどな」

「だからこそ、と申しましょうか……兄上としては、自分ではなく他所の領主やオオバさんがもてはやされていることに拗ねたのです。本当に、外を歩けば皆様への感謝と称賛の声が聞こえますから」

 

 それで、あんなにトゲトゲしかったのか。

 八つ当たりもいいところだな。

 

「今は心から反省し、少しでも領民たちの信用を取り戻そうと努力しているところなのです」

「そういえば、今日ミスター・アヒムはどうされているのですか?」

「別館で反省文を書いております」

「もっと違うアプローチで信用回復を図れや」

 

 いらんわ、反省文!

 

「ちょっとやそっとのことでは、許せませんぞ」

 

 と、イチローが腕を組んで鼻息を「ぶふー!」っと吹き出す。

 他の貴族たちも一様に厳めしい顔をしている。

 信用の回復は困難そうだ。

 

「あ、そうだ。農地の地図ありがとな。かなり正確な地図で分かりやすかったよ」

「お役に立ったようで何よりです。それは兄上が作成された地図なのです。兄上は几帳面というか、潔癖というか、神経質というか、病的なまでに細かい人間なので、製図や設計、区画整理などが得意なのです」

「ほんっとうに細かいなのです! テーブルクロスが1mmズレているとか、額縁が2度傾いているとか、重箱の隅をつんつくつんつくするように……っ!」

「いえ。額縁やテーブルクロスがずれているのは許容できませんよ」

 

 ナタリアが真顔で言う。

 こんなおちゃらけた給仕長ですら、主のために部屋を整える時はミリ単位の美しさを求めるのだ。

 パメラが他所の給仕長レベルになるのはまだまだ先のことになりそうだ。

 

「その点、オルフェン様はおおらかでとても優しい主なのです」

「あはは、そんなことないよ」

「本日のお召し物と洗濯物を間違えて差し出しても、気にせず着てくださるなのです!」

「いや、そこは着るなよ、領主!」

「着られないほど汚れているわけではないですからね」

 

 おおらかというか、ズボラや無頓着ってレベルじゃないか、それは?

 

「では、地図をお預かりしますね」

 

 と、受け取った地図をくしゃくしゃっとしてポイッとソファに放り投げる。

 

「くしゃくしゃポイすんな!」

「ソファの上に置いておけばなくなりません」

「絶対に気付かず座って破くだろ、お前!?」

「そうしたら、また兄上が作ってくださいます」

「まずい、こいつが領主になったの、すごく不安になってきた!」

 

 驚異的な大雑把だ。

 几帳面過ぎる兄のサポートとして、兄に足りない部分を補ってきたらしいオルフェン。

 が、兄が足りてる部分は一切伸ばしてこなかったようだ。

 

「ちなみに、お前は地図を描けるか?」

「あまりうまくはありませんが」

 

 と言いながら、アヒムの地図の裏に描こうとするオルフェン。

 即没収。

 

「これだけ正確で使える地図に落書きすんな! ナタリア、紙とペンを貸してやってくれ」

「かしこまりました」

 

 ナタリアが携帯している紙とペンを渡し、くしゃくしゃされた地図を綺麗に伸ばして手元に置いておく。

 もうオルフェンには渡さない。俺が管理する。

 

「えっとたしか、三十一区はこんな形で」

 

 と、丸を描く。

 ……丸って。大雑把の典型だな、こいつ。

 

「ここが領主の館で、畑はこんな感じでしょうか」

 

 と、雑な線で描かれた地図は、場所も大きさも形も、すべてが不正確なただの落書きだった。

 

「おっ、今日のはなかなかうまく描けたのではないか?」

「うぃ! 農地が領地からはみ出していないなのです!」

「そのレベルで大はしゃぎするのか、こいつらは……」

 

 意外なところで、俺の中のアヒムの株がちょっと上がった。

 きっとオルフェンはとても優しいのだろう。領民に慕われ、寄り添い、共に悩み、共に笑ってくれる領主なのだろう。

 だが、実務の方は非常に不安が残る。

 

「ちなみに、ウィシャートの影響がなくなって、仕事もいくつかなくなったと思うが、税収はどうするつもりだ?」

「これまで、領民たちは貧しいながらも重い税に苦しんでいました。なので、領内が落ち着くまでは税を限りなく軽くして、領民の生活を整えることを優先しようと思います」

「区の税収は大丈夫なのか?」

「そこは……みんなで力を合わせて、助け合いの精神で、なんとか」

 

 ん~……

 こいつは、エステラとは違った方向性で甘いな。

 エステラでさえ持ち合わせている『決断力』というものを放棄しているように思える。

 エステラは、どうしようもなくなった最悪の場面では、一部を切り捨てる決断を下せると思う。

 ただ、その一部が、『自分自身』である可能性が極めて高いところがエステラの甘さなんだけどな。

 それでも、涙をのんで非情な決断を、エステラならきっと下せる。

 あいつは、現実を嫌というほど見せつけられてきたからな。

 

 その点、オルフェンは本当の意味で領主ではなかった。

 限りなく近くにいたとしても、あくまでサポート。

 決断を下す者の苦悩と葛藤は、経験していないのだろう。

 

 おそらく、このオルフェンは兄アヒムとは真逆の領主になるだろう。

 領民に憎まれながらも、辛うじて区を存続させてきたアヒム。

 一方のオルフェンは領民に愛されているが、決断できない脇の甘さから領地は衰退していく。

 

 良くも悪くも、ウィシャートによって飼い殺されていたんだな。

 苦しみと共に、恩恵も受けていたわけだ。

 

 これが隣にいると、三十区がゆくゆく足を引っ張られる。

 

 やっぱり、自立させる必要があるな。

 英雄だのなんだのと、他区の他者を持ち上げてお祭り騒ぎしているのが、こいつらが自立できていない何よりの証拠だ。

 こいつらは、ウィシャートに代わる支配者を求めているに過ぎない。

 

 俺がその気になれば、侵略だって容易なんだが……生憎と、俺は三十一区の領主になんぞ興味はないし、奴隷を大量に抱え込みたいとも思っていない。

 最良は、俺のあずかり知らないところで、勝手に生きて勝手に満たされていて、時折こっちに利益が流れてくることだ。

 

 離れた区の状況をいちいち気にかけたくも、気に病みたくもないからな。

 

「オルフェン。お前は領主には向いていない」

「え……っ」

「……そうだね。少し話を聞いただけだけれど、ボクも、今のままでは遠くない未来、財政は破綻すると思う」

「優しさは責任の上で初めて意味を成すものだ。そなたのそれは優しさではなくただ現実が見えておらぬだけだ」

 

 諸手を挙げて迎え入れた先輩領主二人からきっぱりとダメ出しをされて、オルフェンは戸惑った表情を見せる。

 

「カンパニュラはどう思った?」

「そうですね……。領民のことを第一に考えていらっしゃるミスター・オルフェンのお考えは立派だと思います。ですが、領民のことを思うのであれば、苦しい今こそ、痛みを伴う決断が必要なのではないかと愚考します。ミスター・オルフェンには、領民の苦しみを誤魔化すのではなく、領民の苦しみを共に背負い、領民の手本となるよう、ままならぬ現実を直視して立ち向かっていただきたいと思います」

 

 税を安くして苦しみを取り払うのは一時しのぎにしかならない。

 その結果財政が破綻すれば、今の比ではない苦しみが領民に襲い掛かる。

 

 カンパニュラの言葉に、オルフェンは苦しそうに眉を寄せる。

 

「しかし、領民たちは本当に生活が苦しく……」

「単純な話だ」

 

 出口の見えないラビリンスに閉じ込められたような顔のオルフェンに、非常口にライトを灯すような提案をしてやる。

 

「金がないなら、借りればいいじゃない。『ヤシロにこにこファイナンス』がご相談に乗って差し上げますよ☆」

 

 俺の笑顔に、エステラとルシアが嫌そうな顔をした。

 ……なんでお前らがドン引きすんだよ。失敬な。

 

 

 

 

 

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