まずパウラは、謎の男の言った『目つきの悪い小ずるい男』という言葉で俺を思い浮かべた。……失礼な話だがな。
しかも、その男が捕まったと聞いて、「ヤシロならやりかねない」と思い、信じ込んでしまった。……これまた失礼な話だけどな。
「それで、俺の名前を教えてしまったわけだ」
「待って、ヤシロ!」
話を止めたのはパウラだった。
立ち上がり、必死な形相で訴えてくる。
「でもその男は、イニシャルがYだって言ったんだよ。ヤシロの名前なんか知らないのに!」
「いや、その前にお前が言っちまってるんだよ。『ヤシロ、何したの!? また領主様に失礼なことしちゃったの!?』って」
「……え?」
慌てて会話記録を呼び出し、会話を辿っていくパウラ。
そして、該当箇所を見つけたらしく、「……あっ」と、声を漏らす。
「冷静なヤツなら気付けたかもしれんが、詐欺を働くようなヤツはまず真っ先に相手の平常心をかき乱そうとしてくる。冷静でない状態なら、自分が何をしゃべって何をしゃべってないかなんていちいち覚えていられない」
「確かに……あたし、ヤシロの名前言ったの、覚えてなかった…………それも、二回も言ってるなんて」
二度もチャンスがあれば、詐欺師なら確実にそいつを記憶する。
「だが、あえて聞いていない振りをして、今得た情報を『もともと知っていた』情報だという風に見せたんだ」
「それが、イニシャルY……ってことだね」
「あぁ。もっともらしいことを言えば、相手はどんどん深みに嵌まっていってくれる。面白いほどにな」
「むぅ……ヤシロ、なんで悪いヤツ目線で話すのよぅ」
パウラがむくれる。
おっとすまん。
つい自分が慣れている立ち位置で話をしてしまった。
「もっともらしいことを言われれば、不安になってしまう」とでも言うべきだったな。
「それで、ヤシロのフルネームを聞き出して利用したんだね、ヤシロがボクたちにしたように」
「あぁ。俺のフルネームを知ってるヤツなんかそうそういないからな。面識があると錯覚させるにはもってこいだ」
そして、次にやって来たのが鎧姿の兵士たち。
「人間は権威に弱い生き物でな、そこを突かれるとコロッと騙されちまうんだ」
「権威に弱いのは、一部の人間だけじゃないんかぃねぇ。心にやましいことがあるような、さ」
「だな。あたいは平気だぞ」
ノーマとデリアがそんなことを言う。
だが。
「ある日突然、領主から書類が送られてきたらどう思う?」
「…………ちょっと、嫌さね」
「……あぁ、どうせ税金の話だろうしな」
「ちょっと、ヤシロ。勝手に人を悪者に仕立て上げないでくれるかい?」
「それが権威の威力なんだよ」
エステラという、領民に甘々な領主であったとしても、エンブレムの刻印された物々しい書類を受け取れば少なからず緊張する。
日本で言えば、裁判所からハガキが来たら、身に覚えが一切なくても「なんかしちゃったか?」と一瞬緊張してしまう、みたいなもんだ。あと、警察を見かけると思わず目を逸らしちまうとかな。
「ノーマのところに、領主から『即出頭せよ』って書類が来たらどうする?」
「そりゃ、出向くさね」
「その間、ノーマの家には空き巣が入り放題なわけだ」
ノーマが眉を顰める。
軽くぞっとしたのだろう。そんなことをされるとあっさり引っかかってしまうだろうから。
「だからこそ、エンブレムの悪用には厳罰が科せられている――だろ、『領主様』?」
「まぁ……確かに、エンブレムの効力は認めるけどさ。でも、パウラの場合はエンブレムなんかなかったんだよね?」
「うん。そういうのは見せられなかったけど……あれ? じゃあ、なんであたしはあの二人を二十九区の兵士だって思っちゃったんだろ?」
「鎧を着ていたからだよ」
事前にそれっぽい情報が耳に入っていて、直後にそれっぽい格好をした人物に出会えば「これがその人なんだ」と思い込んでしまう。
特に、制服というのはその人物のステータスを表す最たるものだ。
俺ですら、しつらえのいい服を着ていたというだけで貴族と勘違いされたんだからな。
「鎧を着て、それっぽい言動を演じてやれば、冷静さを欠いた相手くらいなら容易に騙せるもんだ」
「もう、ヤシロ。また悪いヤツの目線で言ってる!」
騙された立場のパウラ的には、俺の言い方が許せないようだ。
ナーバスになってんなぁ。
「『兵士が来る』と言われた直後に兵士が来て、知るはずもない俺のフルネームを口にし、威圧感たっぷりの態度で迫られたとしたら……考えてみろよ、お前ら……容易に抗えるか?」
特に、知り合いの身に危険が迫っている、なんて思い込まされた状況だったとしたら……まぁ、無理だろうよ。
「それでまんまと金を持っていかれちまったわけだ」
「……あいつら、グルだったんだね」
ぐるる……と、悔しそうにノドを鳴らすパウラ。
決してダジャレではない。
「そんなヤツら、『精霊の審判』をかけてやりゃあいいんじゃねぇのか」
デリアが憤る。
そこで「かけてやればいい!」と断言しないあたり、四十二区の住民だな、つくづく。
だが、それは意味がない。
「連中は、嘘は吐いていない」
「でも、ヤシロが二十九区に捕まってるって言ったんだよな?」
「いや、言ってないぞ」
男が言ったのは、『目つきの悪い小ずるい男が二十九区の兵士に捕まった』ということだけだ。
「俺が捕まったってのは、パウラの勘違いだ」
「でも、ヤシロの名前出してたよ!」
デリアに代わり、パウラが反論を寄越してくる。が、そこがミソなんだ。
「そいつは、『あんたが思い浮かべてるヤツのイニシャルは「Y」じゃねぇか?』と言葉をあえて変えている」
『捕まってるヤツ』ではなく、『あんたが思い浮かべてるヤツ』と。
捕まっているヤツの話と、パウラが思い浮かべているヤツの話はまるで別の話なのだ。
そして、その後の――
『俺はこの区のことには詳しくないし、ヤシロとも親しいわけじゃない。けど、兵士に捕まっちまったあいつのことを思うと……助けてやりてぇ……そう思うんだ』
――というセリフ。
前半の『俺はこの区のことには詳しくないし、ヤシロとも親しいわけじゃない』と、後半の『けど、兵士に捕まっちまったあいつのことを思うと……助けてやりてぇ……そう思うんだ』も、まったく別の話をしている。
「その男は、『ヤシロとは親しくない』という事実と、『捕まっている男を助けたい』という事実を続けて話しているだけなんだよ」
「なんでそんなややこしいことするのよ!?」
「だから……お前を騙すためだよ」
すとん……と、力なくパウラが椅子に腰掛ける。
呆けてしまったような顔をさらし、そしてガックリとうな垂れる。
まんまと一杯食わされた。
その事実が、体力を否応なく奪い去っていく。
「けど、パウラを褒めなきゃいけないところもある」
「……え?」
重たそうな頭を持ち上げて、パウラが泣きそうな顔をこちらに向ける。
ちょっとくらいは励ましてやるさ。
「パウラは、最初の男の口車に乗らず、あとから来た兵士に『金はきっちり払ってやる。今は手付金だけ持って帰れ』とは言わなかった」
「それは……そんなこと、覚えてられないくらいいっぱいいっぱいだっただけで……」
「もし仮に、その言葉を口にしていたら……詐欺だとバレた後だろうがなんだろうが、パウラはヤツらに1千万Rb支払わされるところだったんだぞ。『精霊の審判』をチラ付かされてな」
「――っ!?」
空気が震えた。
何人かが一斉に肩をすくめる。
背筋に薄ら寒いものでも走ったのだろう。青い顔をしているヤツがちらほらいる。
ま、どいつもこいつもパウラの顔色には勝てないけどな。
パウラは、今にも倒れそうなほど青ざめていた。
「パウラさん、大丈夫ですか?」
「ぁの……ちょっと、休もぅ? ……ね?」
両サイドから、ジネットとミリィがパウラを支える。
心情的には今すぐ布団に潜り込みたいのかもしれんが、パウラはその場に留まる。
青い顔で、弱々しく「ありがと……平気だから」とジネットたちに告げ。
この場所で、俺の話を最後まで聞くと、腹を決めたのだろう。
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