ジネットにエステラにマグダにロレッタ、ナタリアにデリアにノーマにネフェリー、パウラ、ミリィ、イメルダ、そして驚くことに、レジーナまでもがドレスに着飾っていた。
「どうしたんだよ、お前ら……その格好」
「あの、ウクリネスさんに作っていただいて……」
いや、そういうことじゃなくて。
一体なんの催しなんだ、これは?
「ヤシロさん」
「ヤシロく~ん☆」
「英雄様」
「ダーリン!」
振り返れば、ベルティーナにマーシャにウェンディまでもがドレスアップしていた。
…………うん。もう一人、すごいのがいる。けど、言及してほしい? いいよね?
とりあえず、……すごいよ、いろんな意味で……とだけ、伝えておく。
「ぁ、ぁの……てんとうむしさん……」
「ヤシロ。あのな、あたいたちの話、聞いてくれるか?」
ミリィとデリアが進み出て、俺の前へやって来る。
お互いに視線を交わし、どちらが先に話すかを窺っているようだ。
「あのさ、ヤシロはさ……いつもあたいを、あたいたちを助けてくれるだろ?」
「今回も、ね……ぉ水がなくなった時にね、……すごく不安で、でりあさんとも、ちょっとケンカしちゃって……泣きそうになってたんだけど……そんな時に、ね、てんとうむしさんがね…………いつも、みたぃに……ね………………ぐすっ」
話の途中で涙ぐみ、言葉に詰まるミリィ。
そんなミリィの背をそっと撫でてやるデリア。
そういや、こいつらケンカしてたんだっけなぁ。水不足が原因で、用水路の水がなくなりかけた時に。
「……助けてくれて、ぁりがと……ね」
「あたいも、感謝してんだ」
「いや、まぁ……それなら、俺だけじゃなくてウーマロとか他にも……」
「それだけじゃないさね」
次いで、ノーマとイメルダが進み出てくる。
「あたいら金物ギルドも、いろいろ世話んなってんさよ。大きいことも、本当に些細なことも含めてね」
「木こりギルドも同じですわ。そして、それはここにいるすべての人が同じ気持ちですの。なぜなら、ヤシロさん。あなたが――」
両腕を広げて、イメルダが胸を張って言う。
「この街を救ってくれたからですわ」
いや、ちょっと待て。なんでそんな大きな話に……
「俺は別に……」
「何言ってんの、ヤシロ」
「何言っちゃってんのよ、ヤシロ」
ネフェリーとパウラがドレスを翻して前に出てくる。
「この『宴』だって、ヤシロが言い出したんじゃない」
「今、この瞬間がこんなに楽しいのって、ヤシロのおかげでしょ?」
いやいやいや。
それは交渉とか、後の流通のためのデモンストレーションとか、そういうのがだなぁ……
「自分、ウチに言うたやんか」
着慣れないドレスに戸惑いが隠し切れていない、そんな照れ顔でレジーナがずんずんと進み出てくる。
……近い、近いよ、レジーナ。お前、近付き過ぎだ。
「この街にはウチらがおる。自分の全力を受け止めてやれるだけの度量を、この街は持っとんねん――って、そっくりそのまま、返したるわ」
そして、俺の髪の毛を乱暴にぐしゃぐしゃっとかき乱し、その手を思いっきり嗅ぎやがった。
俺の真似かよ……俺は嗅いでねぇっつの。
「英雄様」
そして、ウェンディが俺の前に立つ。
「英雄様は『違う』とおっしゃってくださいました。今回のトラブルは、私たちの結婚式に責任はないと、『これは自分の責任だ』と。けれど、その言葉にどれだけ救われたことか……、知っておいてほしいのです」
結婚式ぶりに見るウェンディのドレス姿は、セロンなんぞにはもったいないくらいに見事で。
「私たちが、どれだけ感謝しているかを」
あとでセロンを爆発させてやろうと心に誓った。
「ヤシロさん。見てください。私も着てしまいました。……似合いますか?」
いつもの口調で、少しだけ恥ずかしそうにベルティーナが言う。
ベルティーナの控えめなドレス姿は、絵画が見劣りするくらいに美しく、見る者に呼吸を忘れさせるほどに魅力的だった。
「似合う、以外の言葉が思い浮かばねぇよ」
「うふふ。お上手ですね」
本心だっつの。
「四十二区を出ても、他の区でも、やはりヤシロさんはヤシロさんで……私は安心しました。いつも前を向いて進んでいるあなたを見て……私は、とても誇らしい気持ちになれたんですよ」
「……母親かよ」
「そのつもりですよ」
「じゃあ、ママ、おっぱい」
「うふふ……めっ」
なんだろう、ご褒美もらいっぱなしだな!?
これ、もしかしたら、押したらいけんじゃね!?
なんて思っていると、ナタリアがズイッと俺の顔を覗き込んできた。
「ヤシロ様のその表情……分かりました、私でよろしければ軽タッチくらいでしたら――」
「ごめん、ヤシロ。今のなし。聞かなかったことにしてくれるかい?」
一瞬でナタリアが俺の視界から撤去される。
あぁ、お前らはいつも通りだな。
うん。なんかほっとしたよ。
そして、改めてエステラとナタリアが俺の前へやって来る。
「お疲れ様。君のおかげで、随分と助かったよ」
「なんだか、今日はやけに素直だな。エステラ」
「あはは。……正直、今回は危なかったからね。いい仕事してくれたよ、君は」
エステラのパンチがふんわりとみぞおちに入る。
「借りは返す……って言いたいところだけれど、貸しっぱなしにしたいタイプだよね、君は」
「いいや。きっちり取り立てるけどな」
「なら、まだしばらくは続きそうだね、ボクたちの腐れ縁は」
「……ふん。かもな」
そんなイヤミに、顔をくしゃっとさせて笑みを浮かべる。
何が嬉しいんだよ、お前は。
「ヤシロ様」
凛とした、涼やかな声。
彫刻かと見紛うほどに美しい姿勢でナタリアが立ち、そして優雅に礼をする。
ドレスのスカートをふわりと摘まんで。
「我が主をお救いくださったこと、心より感謝を申し上げます」
完全無欠の給仕長がそこにいた。
全裸で寝ている女とは思えないほどの気品と風格だ。
久しぶりに、ナタリア給仕長フルパワーだな。
見る者すべてが圧倒されている。
そんな中、小柄な二人組が可愛らしく駆け寄ってくる。
ロレッタとマグダだ。
「お兄ちゃん!」
「……お兄ちゃん」
「ちょっと待て、マグダ! お前はそうじゃなかったはずだ!」
「……おにぃたん」
「違う違う違う! 俺をそーゆー趣味の人に仕立て上げるのやめてくれるかな?」
油断してたから、ちょっと心臓痛くなったぞ。
「あたし、もっともっと頑張って、お兄ちゃんのお役に立てる人間になるです!」
「……マグダはまだまだパワーアップする」
「けど、まだまだもっと甘えたいです!」
「……マグダがヤシロに甘える権利は、未来永劫有効」
「だから」
「……ゆえに」
「「これからもよろしく」です!」
マグダとロレッタに手を引かれ、そのままジネットの前へと連れていかれる。
淡い桃色のドレスを着たジネット。
春に咲く穏やかな花のようなその佇まいに、鼓動が自然と高まっていく。
「ヤシロさん」
「……ん」
「驚かれましたか」
「……現在進行形でな」
「うふふ。では、大成功ですね」
くすくすと肩を揺らすジネット。
そうか。
男どもの暑苦しい猿芝居は、これの準備のための時間稼ぎだったのか。
「きっと、みなさん同じ気持ちなんだと思います。けれど、わたしはみなさんの代表が務まるような大それた存在ではありませんので、今の自分の素直な気持ちをお話ししますね」
そんな前置きをしてから、ジネットはゆっくりと頭を下げた。
「いつもありがとうございます」
様々な思いを含んだ感謝の言葉に続いて――
「ヤシロさんといると、とても楽しいです」
――持ち上げられた笑顔から実にジネットらしい言葉が発せられる。
そして。
「歌や踊りの練習をしている時間がありませんでしたので、お料理を作りました。みなさんで相談して、意見を出し合って、ヤシロさんのために作ったお料理です」
ジネットが腕を伸ばして、俺の後方を指し示す。
振り返ると、マーシャとメドラが大きな皿を二人で持っていた。
フランス料理でよく使われる鉄製の蓋・クロッシュが乗っかっていて料理は見えない。
「私たち、区が違うから話し合いに参加できなかったのね。でも、こういう形で参加させてもらったの☆」
「感謝の気持ちは、アタシたちも同じってことだよ、ダーリン」
そんな言葉を口にして、俺を待ち構える二人。
そして、ジネットの声が俺の背中を押す。
「さぁ、ヤシロさん。蓋を取ってみてください」
言われるままにクロッシュを取ると、そこには小さな魚の唐揚げが載っていた。
これは……
「ゴリ……」
ヨシノボリという川魚で、俺の地元ではゴリと呼ばれていた、ちょっと不細工な小さい魚。
親方がよく獲ってきてくれて、女将さんがよく唐揚げにしてくれた、俺の大好物だ。
「そのお魚の唐揚げがお好きだと伺ったもので、みんなで探して獲ってきたんです」
ゴリの唐揚げが好きって、俺、誰かに言ったっけ?
デリアには言ったような気がするが……くそ、覚えてねぇ。
そんな、俺ですら忘れてるようなことを、なんでお前らが知ってんだよ。ったく。
「あのな、ヤシロ。ヤシロがいろいろしてくれて、川の水がなくならなくて済んでさ……こいつら、棲むところ失わずに済んだんだぞ。ヤシロのおかげだからな!」
川が死なずに済んだ。
だから、川魚を使ったお礼のサプライズを……って、ことか。
今回の水不足で、もしかしたら一番苦しんでいたのかもしれないデリアが、今はこんなにも笑顔でいられるようになった。
だとしたら、まぁ……今回駆けずり回ったのも、悪くなかったかもな。
「さぁ、召し上がってください」
花を愛でて酒を飲むための『宴』で。
ドレス姿の美女たちを眺めつつ食べる大好物。
こんなもん――
「お味はいかがですか?」
こんなもんがよ――マズいわけ、ねぇじゃねぇか。
「史上最強の味だな」
ふわっと空気が軽くなった気配がして……
「すげぇ、美味い! ありがとな、みんな」
「「「「「わぁぁああああ!」」」」」
歓声と共に、空へと昇っていった。
あぁ、くそ……にやけた顔が戻んねぇっつの。
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