異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

237話 日没後のミーティング -4-

公開日時: 2021年3月25日(木) 20:01
文字数:2,815

 そして『BU』を、同じく正方形に喩えると――

 

 左の辺と上の辺にまたがる左上の角に二十五区があり、右隣に二十六区、上と右の辺を結ぶ角に二十七区がある。角の区は『く』の字に折れ曲がっている。

 右の辺は、二十七区の下に二十八区があり、右と底辺を結ぶ角に二十九区がある。

 底辺は二十九区の左隣に二十三区があり、左の辺には二十四区がある。その上が二十五区で、これで一周だ。

『BU』の各区は細長い。そして、多くの区が複数区と接している。

 

 最大の街門を持つ三十区の恩恵をモロに受けているのは二十三区と二十九区。

 海からの恩恵を受けているのが二十五区。

 四十二区から三十八区までの外周区、崖の下の区の住民が中央へ行く際にほぼ全員が活用するのが二十七区ということになる。

 通行税はそのあたりが強く、豆的には大豆の二十四区がダントツで、小豆の二十八区とカカオの二十六区がかなりの差をあけて追随している感じらしい。

 

 それでも、農地不足でとても作物で自立できるような面積はない。

 万が一の際に破壊される区を最小に収めたいがために外周区を広くした弊害か……はたまた、中央区の領地を少しでも大きく取りたかったのか。

 なんにせよ、『BU』の配置と面積はとても住みやすいと言えるものではない。

 

「中央が住みやすくなるように考えられた配置だな」

「まぁ……そうなんだろうね」

 

 外周区や『BU』のことなんか考えちゃいない。

 すべては、中央に住む王族のための街作りだ。

 だから、細かいことで軋轢を生む。

 それすらも、王族や貴族連中は「下々の問題は下々で片付けろ」と知らんぷりなんだろうが。

 

「そこに来て、最貧区であったはずの四十二区の台頭……か」

「彼らが焦るのも無理はない――っていうと、擁護し過ぎかもしれないけど……うん、焦っただろうね」

 

 四十二区が力をつけ、それに引っ張られるように外周区が力を付ければ、『BU』は内外から相当なプレッシャーをかけられるようになる。

 

「パワーバランスが崩れると、利益を上げる区と損失を被る区の差がとんでもないことになりそうだね。それこそ、共同体なんか破綻してしまうほどに」

「そりゃ、こんな歪なバランスで辛うじて保っていたんなら、そうなるだろうよ」

 

 遅かれ早かれってやつだ。

 四十二区がそのやり玉に挙げられたのは不幸と言うしかないのか……いや、そんな言葉で引き下がれるか。

 そんなちょっとしたことで崩れるようなバランスなら崩れちまった方がいいんだ。

 

 ただ、崩し方が問題なだけで……

 

「もし、俺が『三十区との間に道を作ろう』とか言い出すと、どうなる?」

「『BU』が全面戦争を仕掛けてくるだろうね」

 

 言いながら、エステラが地図の上の『BU』――その中の二十三区と二十九区を指でなぞる。

 

「この辺りは、三十区からの通行税で潤っている区だからね。そして、『BU』はその通行税を分配して生き永らえている共同体だよ。その利益を横取りするような行為は、必ず潰される」

 

 外から来た商品を外周区の人間が手に入れるためには、『商品を二十三・二十九区経由で外周区へ持ち込む』か、『外周区の人間が二十七区を経由して買いに行く』か、そのどちらかとなる。

 どちらの場合も、『BU』は通行税を得ることが出来るわけだ。

 そこへ抜け道を作れば、営業妨害どころか死活問題だろうな。

 

「けど、何もしなくても潰しにかかってくるんだろ?」

「……まさか、戦争する気なのかい?」

 

 物騒な言葉に、食堂内の空気が張り詰める。

 

 いや、ないから。

 だから、そんな「やるならやってやる」みたいな顔すんなよ、デリア、ノーマ、マグダ。

 ……とはいえ、お前は少しくらいぴりっとした顔しろよ、ベッコ。面白い顔しやがって。

 

「荒事は俺の本意じゃない。だが、揺さぶりをかけるには有効な手だとは思う」

「眠れる獅子を揺さぶり過ぎて噛みつかれないようにね」

 

 そんな忠告をもらう。

 分かっている。

 分かっているが……「分かった」とは、言えないな。

 

「今は、これ以上煮詰めるのは無理だな」

「そうだね。気ばかりが急いて思考がまとまらないよ」

 

 それは、俺やエステラ以外も同じなようで、誰も何も言わなかった。

 

「ルシアを交えてもう一度話をしよう」

「うん。あと、マーゥルさんの意見も聞いてみないとね」

 

 結局、明日改めて話し合うことになった。

 ネフェリーたちは「私たちがいても、力になれないよね」と、次の話し合いへの参加は辞退した。

「その代わり、何か力になれることがあったらなんでも言ってね」と、頼もしい言葉を置いていってくれた。

 そして、「いろいろ話してくれて嬉しかった」とも。

 

 連中がどやどやと帰っていくのを見送ってから――

 

「自分。大切にされとんなぁ」

 

 そんな言葉を残して去っていったレジーナ。

 あいつも、ちょっと気になっていたのかもしれないな。珍しく人の多いところに出てきていたし。花火に荷担していたから、かな。

 

 とりあえずはお開きとなり、陽だまり亭には従業員だけが残った。

 眠気がピークに達したというマグダをロレッタに任せ、俺は一人で食堂に残る。

 ……さて、何からやればいいのやら。

 

「難しい状況、なんですね」

 

 温かいお茶が目の前に置かれる。

 ジネットが眉根を寄せながらも、俺を落ち着かせようと笑みを浮かべてくれていた。

 こいつも朝から働き詰めだったはずなんだが。

 とりあえず、心配と茶はもらっておく。

 

「まぁ、大変といえば大変だな。力技を封じられたようなもどかしさがあるよ」

「大丈夫ですか?」

「それは、なんともなぁ……ま、明日またエステラと話してみるよ。ナタリアが戻ってきたらルシアの状況も分かるだろうし」

 

 大丈夫かどうかは、その後だな。

 といっても、大丈夫にするしかないんだけど。

 

「いえ、そうではなくて」

 

 持っていたお盆をテーブルに置き、ヒザに手を置いて俺の顔を覗き込むように前屈みになるジネット。

 大きな瞳が俺を見つめる。

 

「ヤシロさんが、です」

 

 唇をきゅっと噛み、真剣な顔をしている。

 不安が滲む。

 

 ……まったく。

 

「そっちは大丈夫だ」

 

 そういえば、ジネットは帰りの馬車が別だったからな。

 お前にもちゃんと言っておいてやるよ。

 

「もう、無茶なことはしねぇよ」

「……はい」

 

 馬車の中でみんなにやられたように、今度は俺がジネットのほっぺたをむにっと摘まむ。

 

「あんま心配すんな」

 

 心配性なジネットにそう言うと、ジネットは俺の真似をするように俺の頬を摘まんできた。

 

「なら、あんまり心配させないでくださいね」

 

 むにむにと、頬をつねられる。

 ……えい。むにむに返し。

 

 むにむにむにむに…………なんだこれ?

 

「豆板醤にピーナッツバター、コーヒーやカカオ」

「へ?」

「『BU』とは、友好な関係を築いた方が、儲けが出そうだろ」

 

 少しの間考えて、そして、嬉しそうに頬を緩める。

 

「そうですね。きっと大儲けが出来ますね」

「なら、うまくやるさ」

「はい。わたしも、応援します」

 

 それからしばらくムニムニし合ってから、部屋に戻った。

 ほっぺたが若干ひりひりしたが……まぁ、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

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