「それで、卵とこのゴミが何か関係あるのかい?」
エステラが、先ほど自分で持ってきた包みをポンポン叩いて言う。
中身を知っているエステラは、これがどう関係してくるのか気になっているようだ。
「これはなんなんですか?」
ジネットとマグダが興味深そうに包みを見つめている。
まぁ、もったいぶるようなことでもないので、この場で包みを開け中身を確認する。
中から出てきたのは、無数の貝殻だった。
カキを中心に、ホタテやハマグリなんかも混ざっている。
……あるんだなぁ、この世界にも。
「ヤシロさん、これは?」
「エステラが海の魚を捕りに行っていただろ? そのツテで手に入らないか聞いてみたんだが……想像以上の収穫だな」
「君が嬉しそうにしている理由がさっぱり分からないんだけど」
「そうですね……貝殻と卵になんの関係が……?」
「……殻は、食べられない」
マグダがカキの貝殻を指で摘まんで言う。
まぁ、確かに貝殻は食えないよな。
「人間は、な」
「えっ、……では、これを?」
「そう。ニワトリに食わせる」
「虐待はよしたまえ」
「喉に詰まっちゃいますよ」
「……鳥、歯、ない」
「誰が丸ごと食わせると言ったか!? 粉々に砕いてやるんだよ」
ハンマーで叩き割って粉々にするのだ。
「しかし、貝殻なんて本当に食べるのかい?」
「食う。もちろん、ネフェリーに用意させているものと一緒に与えるのだが」
「ネフェリーさんも何か用意されているんですか?」
「あぁ。米糠と、魚のアラ、あとクズ野菜を細かく切った物を混ぜ合わせた特製のエサだ」
これまで、ネフェリーの養鶏場では、主に米を与えていたらしい。
炊いて潰した米はニワトリの大好物で、それはよく食べたと言う。
そこに、落とし穴があったのだ。
日本にいる頃に、チラッと小耳に挟んだのだが……
ニワトリは米だけで飼育すると卵を産まなくなるらしい。
それから、温めたデンプンはニワトリの消化器官の一つ『そのう』で炎症を起こす原因になることがある。なので、炊いたご飯は控えた方がいい。
そこら辺を踏まえて、俺はネフェリーにアドバイスをしてやったのだ。
米糠と魚のアラやクズ野菜でエサを作るように。
「貝の殻は、カルシウムの宝庫だ。そして、卵の殻を生成するためには、カルシウムが必要不可欠なんだよ」
砕いた貝殻をエサに混ぜて与えていれば、いつかまた卵を産むようになるだろう。
クズ野菜はモーマットたちから融通してもらえたし、魚のアラはエステラに当てがあるらしい。……つか、エステラ。そんな相手がいるなら俺に紹介しろよ。海魚、欲しいんだから。
「なぁ、エステラ。海漁ギルドのヤツ紹介してくれよ」
「ん~……君には会わせたくないなぁ」
「なんでだよ?」
「察してほしいね」
「…………彼氏か?」
「なっ!? バッ、バカじゃないのかいっ!? ボクにそんな相手はいない!」
「じゃあ、……彼女か?」
「あれ? ボクの男疑惑って完全に晴れてないのかな?」
じゃあ会わせてくれてもいいだろうに。
「別にお前の顔を潰すような失礼な真似はしないぞ?」
「……その言葉を信用させてくれたら考えてあげるよ」
「これが嘘を言っているような目に見えるか?」
「見える。やり直し」
「俺がお前を騙したことがあるか?」
「やり直しっ!」
まるで信用されていないようだ。
心外な……
「まぁ、海漁ギルドはまた後でいい。今は卵だ」
俺の言う通りのエサを与えていれば、数日でまた卵を産むようになるだろう。
「早く、卵を産むようになってくれればいいな」
「ヤシロさん、なんだかとても嬉しそうですね」
ジネットが俺を見てにこりと微笑む。
ジネットに伝染するほど、俺は嬉しそうな顔をしてるのだろうか。
まぁ、それも仕方ない。
「生活のためとはいえ、生き物を育てているんだ。ネフェリーたちだって、出来ることなら屠畜などせず最後まで面倒を見てやりたいだろうさ」
「そうですね。その気持ちは、よく分かります」
「卵を産み続けてくれれば、売れもしない食肉にする必要もなくなるしな」
「はい! ネフェリーさん、きっと喜んでくれますよね!」
ジネット、会心の笑みである。
「何か、裏があるような気がするんだよねぇ……」
一方のエステラは、疑いの眼差しを俺に向けている。
こういうところに心根の美しさって出るんだろうなぁ。
「……ヤシロは、いい人」
お~お~、マグダも心の綺麗な娘なんだなぁ。
でも、そう決めつけるのは危険だから、以後気を付けろ。
「……マグダのために、暗殺の危険があるにもかかわらず狩猟ギルドに盾突いてくれた」
…………ん?
暗殺?
「……狩猟ギルドは、うまくいかない交渉相手をたまに…………サクッと」
「怖ぇな、おい!?」
あいつら、マジで日常的にそんなことやってんのかよ!?
やっぱりカタギの連中じゃないんじゃん!?
そう考えると、あの場でウッセが思い留まったのが奇跡的としか言いようがないな……
「……ヤシロは、命を懸けてマグダを救ってくれた、いい人」
俺、いい人じゃなくていいから命を大切にしたい……
「まぁ、その件については大丈夫だよ」
エステラが無責任なことを言う。
確固たる証拠もなく適当に発言しているだけだったら、AカップがGカップになるまで揉み続けるぞ、コラ!?
「尻尾を掴まれた獣は相手に噛みつけないものさ」
「蛇はパックリ来るだろうが」
「まぁ、自然界の生き物ならそうだろうけど……君に何かあれば、狩猟ギルドは全員カエルになる。それくらいのことは彼らもよく理解しているはずだよ」
「……だといいけどな」
「そんなに不安なら、もっと味方を増やすことだね」
「味方?」
「そう。今回の卵のように『心からの善意』で誰かの助けとなり、君の味方になってくれる人を増やすんだよ。そうすれば、四十二区内では随分と生きやすくなると思うよ」
……近所付き合いをしっかりしろってことか?
どこかの田舎じゃあるまいし……
「大丈夫ですよ」
ミス・ノー根拠のジネットが自信満々に言う。
「ヤシロさんは、もうみなさんに好かれていますから」
ほぅ、そのみなさんとやらの詳細を知りたいもんだな。
何かあった時の保証人にしてやるから。
「とりあえず、『善人』のヤシロは今回のような活動を心がけることだね。誰かを騙すような方法ではなく、助けて恩を返してもらう方向で」
「……なんか悪意に満ち満ちたセリフだな、おい」
エステラがおかしそうにクククと笑う。
言ってろ。
「とりあえず、明日はマグダの狩りの日だ。交渉は一旦休んでもう一回だけ全員で付き添うことにしようと思う。前回の成果を見て、狩猟ギルドに不穏な動きがあるかもしれないからな」
例えば、森の中で襲撃して獲物を横取りする、とか。
マグダは空腹状態の時に無防備だからな。
「では、午後は明日の準備に備えるとして、ひとまずこの貝をネフェリーさんのところへ持っていきましょう」
そういうことで話し合いは終了し、俺たちは貝を持って養鶏場へ向かった。
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