翌朝、陽だまり亭のテーブルには大量の料理が並んでいた。
「これは、シラハさんが実際に食べていたダイエット食なんですよ」
「「「「えっ!?」」」」
俺と三人娘が揃って驚きの声を上げる。
「シラハさんって、あの細い、品のいいお婆さんですよね!?」
「オルキオさんの奥さんだよね!?」
「あんな細い人がこんなにたくさん食べてたの!?」
と、ロレッタ、パウラ、ネフェリーが目を剥くが……
「シラハ……この程度の量でよく我慢できたな」
俺だけは真逆の意味で驚いていた。
ロレッタたちは知らないからなぁ……シラハの『元の姿』を。
あの頃のシラハなら、この程度の量じゃ十秒で食い尽くしていただろうよ。
ベルティーナ以上の食欲を持っていた数少ない人間だからな。
「味付けはあっさりしてるから、量の割にはぺろっと食べられると思うさよ」
袖を留めていた紐を外しながらノーマが言う。
ジネットを手伝って厨房に立っていたのだが……四十二区凄腕料理人のツートップに見えるのはなぜだろう……ノーマ、素人なのに。
なんかもう、漂いまくってるんだよなぁ……小料理屋の女将オーラが。
「ヤシロさんもよかったら召し上がってくださいね」
「いや、俺は教会で食ってきたし……」
教会への寄付は、俺とジネットだけで行ってきた。
ロレッタたちは残って朝の筋トレをしていたのだ。その前にジネット直伝のスムージーを一杯飲んで。……ミキサーもないのに、よくやるよ。
「マグダさんとミリィさん、ちゃんとお腹満たされたでしょうか?」
「大丈夫だと思うぞ、普通に食ってたし」
教会でマグダとミリィに合流し、一緒に朝食を食ってきた。
夕方にはパウラが復帰する予定だと伝えると、ミリィはほっとし、マグダは「……では、残りの半日で客の大半をマグダの虜にしておく」と闘志を燃やしていた。……侵食する気満々だな。
「わっ!? 美味しい!」
真っ先に箸を付けたのはネフェリーだった。
三人の中で一番卒なく物事をこなす器用さを持っているのがネフェリーだ。デリアの筋トレにも真っ先に適応して、他二人よりもバテることは少なかったのだそうだ。
ロレッタはなんでも全力を出したがるし、パウラはすぐムキになるからな。きっと二人で張り合って効率無視の筋トレをしてバテバテになっていたのだろう。
バテた後は、箸が進まなくなるものだ。
で、ネフェリーが一番乗りをしたわけだが……
「そんなに美味しいです? あたしも食べたいです!」
「あっ! ズルいよ、ロレッタ! あたしが先なんだから!」
……と、単純な二人の胃袋も、遅まきながら起動したようだ。
「美味しい! 味付けがあっさりしてるから野菜の甘さがすごく分かる!」
「ゴボウはえぐみがあるはずですのに、丁寧に処理されているおかげで泥臭さ共々まったくえぐさを感じさせないです! おまけにこのあっさりした味付けが素朴なゴボウの味を優雅で気品溢れる高級な料理のソレにまで昇華させているです! さらに注目すべきはこちらのレンコンです! しっかりと糸を引くほどの新鮮さがこれだけの甘みを引き出しているのでしょうが、なによりもこのシャクッとサクッとした歯応えがたまらないです! まさにこれこそが『美味しい歯応え』です!」
「うん。本当に美味しいよね」
パウラとロレッタは飲食関連の仕事をしているせいか、味に対して感想を言わずにはいられない様子だ。ネフェリーとの対比が明確で面白いな。
そうやって、あまりに美味そうに食われたら……
「じゃ、俺も一つ……」
「ふふ。はい、どうぞ」
分かってましたよとばかりに、ジネットが小皿と箸を寄越してくる。
そんな嬉しそうな顔をするな。つまみ食いが見つかったみたいでちょっと恥ずかしいわ。
「うわぁ……美味ぁ……」
このレンコンの歯応え……そして口の中で広がる野菜の甘みと、それを引き立たせる控えめな出汁の味が…………いい仕事してますね。
「ふふ。ヤシロさん、根菜がお好きですもんね」
いや、まぁ、確かに根菜は好きなんだが……改めて言われるとなんだかむず痒い。わたし、知ってますよ的なその笑顔がな。
俺が好きだから作ったわけじゃないだろうに、この料理。
「さて、じゃあ俺はそろそろ出かけるとするか」
小皿一杯分の煮物を平らげて、ジネットへ箸を返す。
この後、エステラと共にやらなければいけないことがある。
昼には別の予定があるし、それまでに終わらせなければいけない。時間は結構ない。
と、その前に。
「今日はこの後何をするんだ?」
きちんと把握しておかないと、昨晩の『うっかりお着替え出くわし事件』の二の轍を踏みかねない。
ロレッタたちと一緒に飯をかっ喰らっているデリアに今日の予定を聞いてみると、口いっぱいに根菜を詰め込んでもっしゃもっしゃ咀嚼した後で教えてくれた。
「今日はこの後、川に行って水泳するんだ」
「水泳………………水着……か」
――着席。
「ヤシロ。出かけるんじゃないんさね?」
「いや、関係者として、そこはきちんと見届けるべきではないかと」
「あたしたちの水着が見たいだけなんでしょー、ヤシロのエッチ!」
「い、今はダメだからね! 見るなら、ちゃんと綺麗になってからじゃなきゃダメ。ね、みんな」
尻尾を膨らませて俺を注意するパウラに、トサカを真っ赤に染め上げて照れを誤魔化すように同意を求めるネフェリー。
そして、ロレッタは自身のお腹を両腕で抱えるように隠して吠える。
「そうですよ、お兄ちゃん! お腹の『ぷよん』がなくなるまでお預けです!」
バカ、ロレッタ!
お腹の『ぷよん』はな、それはそれで需要がわんさか……くっ、こいつらに言っても伝わらないか。周りみんな女子だし……反感を喰らう前に退散するとしよう。
「今日は午後から仕事だから、無茶し過ぎるなよ」
「はいです!」
「任せて! 今日はすごく力がみなぎってるんだから!」
「あ、分かる! 私も、今までで一番すっきり目覚められたの、今朝!」
夜中の高カロリーをやめ、昨日一日管理された食事と適度……かどうかは分からんが、運動をした成果だろう、その目覚めのすっきり感は。
「昼食後にレジーナがここに来て、最後の診察をする予定さね」
「午後の一番陽が高い時に!?」
「……そこ、驚くところかぃね? いや、ビックリする気持ちは分かるさけど」
たどり着く頃には灰になっているかもしれないレジーナの診察を受けて、問題がないと判断されれば、今回の健康ダイエット塾は卒業となる。
これから先は、デリアやノーマ、そしてジネットと相談しながら食事や運動をコントロールしていく予定だ。教わる三人はもちろん、教える方もやる気みたいだから、きっとうまくいくだろう。
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