異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

177話 協力体制 -1-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:3,205

「美味しいッス!」

「……マグダが、アッスントと交渉した」

「マグダたんえらいッス! 最高ッス!」

 

 コーンポタージュスープに感激しているウーマロ。……いや、『コーンポタージュスープを生み出したマグダに』かもしれないが。

 マグダはただアッスントにおねだりしただけなんだがな。

 

「しかし、すごい売れ行きだな、ポタージュ三種は」

「はい。嬉しいですね」

 

 正真正銘の生みの親といえるジネットは、この状況にとてもご満悦のようだ。

 出来のいいコンソメが必須となるこの料理、他の店ではちょっと真似できないだろう。

 

「では、わたしは、これから会議をされる皆様へ甘いものを作ってきますね」

「ほどほどでいいぞ」

 

 いそいそと厨房へ戻るジネット。

 新しいメニューが増え、今はちょうど作りたい衝動に駆られる時期なのだそうだ。

 隙あらば作ろうとしている。

 

 甘いものってのは、たぶんドーナツだろうな。

 

 マグダとロレッタも、最近厨房にこもるようになってきた。

 新しい料理を覚える楽しさみたいなのを覚えてしまったようで……どんどんジネット化している。

 

 今は俺たちしかいないからいいが、客が来たらちゃんと接客させなきゃな。

 ――んで、その『俺たち』というのは、ウーマロに、イメルダ、そしてノーマだ。

 

「ベッコさんを呼んできてくださいましっ!」

 

 さっきまで黙々とコーンポタージュスープを啜っていたイメルダが「くわっ!」っと両眼を見開いて立ち上がる。力強く拳を握りながら。

 ……コーンポタージュスープの食品サンプルとか、あとでもいいだろうが。そんな地味なもん。

 

「はぁ~……まさか、カボチャのポタージュの上を行くものが現れるとは、驚きさね」

 

 唇をぺろりと舐め、妖艶に目を細めるノーマ。キツネっぽいその仕草は妙に色っぽい。

 おい、誰か! ノーマにおかわりをっ! ……あぁ、いや、違う。今日はこいつらに話があって呼びつけてんだった。趣味に走っている場合ではない。

 

「実はお前たちに作ってほしいものがあってな。金はエステラが出してくれるから、しっかりとしたものを作ってほしい」

 

 こいつは、四十二区を挙げての一大企画なのだ。

 

 俺は昨夜のうちに描き上げておいた設計図をテーブルに広げる。

 そこにはとてつもなく長い、頑丈な柱が描かれている。

 席を立ち、テーブルの周りに集まってきては設計図を覗き込む面々。

 

「ヤシロさん、これは一体なんなんッスか?」

「こいつは、『速達マシーン、とどけ~る1号』だ!」

「酷いネーミングセンスだね……」

 

 そんな言葉と同時に、エステラが陽だまり亭へと入ってくる。

 時刻は朝。いつもなら早朝に教会で合流するエステラにしては遅い登場だ。

 

「オネショの隠蔽は済んだのか?」

「してないわ!」

「まぁ、エステラさん。堂々と残してきたんですの?」

「オネショをしてないんだよ、ボクは! ルシアさんに手紙を書いていたの!」

 

 イメルダを一睨みして、俺の隣へとやって来る。

 

「朝から余計なことしか言わないね、君は」

 

 頬を膨らませて、エステラが俺を睨む。

 ただ、膨らんだ頬が微かに赤く染まっているので、そんな顔も迫力よりも可愛らしさが勝ってしまっているが。

 

「これが、マーゥルさんとの連絡ツールなのかい?」

 

 そう。これはマーゥルと迅速に連絡のやりとりをするために俺が考えたものなのだ。

 マーゥルの家を出る前に直談判し、設置の許可をもらった。

 

「これは一体、どういうものなんさね? 説明しておくれな」

 

 幾分わくわくとした表情でノーマが俺を見つめている。尻尾がふっくらと膨らんでいるあたり、やや興奮状態にあるようだ。

 

「四十二区と二十九区の間にある崖に、巨大な柱を設置するんだ。その柱に滑車を付けて、簡単な荷物を運べるようにする」

 

 ニュータウンにある滝のすぐ上はマーゥルの住む館の敷地だ。

 こいつが完成すれば、いつだって、超特急でマーゥルに連絡を取ることが可能になる。

 

「釣瓶の原理で荷物を上へ運べるようにするんッスね」

「あぁ。ただし、かなりの高さになるからな、万が一にも落下事故を起こさないような工夫を施したい」

「それが、この滑車部分の歯車なんさね?」

 

 滑車部分は金属で作製し、摩耗による破損を回避する。

 内部に仕込まれた歯車に逆回転防止のストッパーを組み込み、切り替え一つでストッパーを解除できるようにしておく。

 カッターナイフの刃が一方向にしか進まない原理を応用し、下から荷物を上げる時は落下防止の役割を果たし、上から荷物を降ろす時はゆっくりと降りてくるような仕組みになっている。

 

「箱状の荷台に物を入れ、釣瓶の要領で持ち上げる。で、上部に『カラビナ』と同じ構造のフックを取り付けて、到達した後は落下しないようにしておくんだ」

 

 カラビナってのは、登山なんかで使われるフックの一種で、一方向にだけ開く蓋のような仕掛けが付いていることで簡単に引っかけられて尚且つ外れないという優れものだ。

 

 それを応用してもっと手軽に、荷物がそばに来るだけで自然とロープが引っかかる、そんなフックを作る。大きな釣り針のような形状になる予定だ。

 

「それからもう一つ。フックに物がかかったらベルが鳴るように細工をしてほしいんだ」

 

 ベルの構造はサイクルベル――通称『チリンチリン』を参考にしている。

 荷物が天辺に到達するとカラビナに荷物のロープがかかり、それに連動して歯車が動き、鐘に内蔵された回転する二つの金属版が鐘本体を打ち鳴らす。

 デカい鐘なので、結構な音量で音が鳴ることになるだろう。

 

 その音を聞いて、上でも下でも荷物の到着を知るのだ。

 

 マーゥルの家の呼び鈴がベルだったから、こいつを思いついたのだ。

 そして、ノーマにこの構造を教えておけば、そのうち四十二区にも呼び鈴が誕生するだろう。

 

「しかし、かなり大きいッスね……」

「そこなんだよ、問題は」

 

 なにせ、高さが20メートル超の巨大建造物になるわけで、建てるだけでも一苦労、倒さないように維持するのでまた一苦労という代物だ。

 

「だからこそ、お前たち三人に協力を頼んだんだ」

 

 木こりギルドのイメルダが材料を揃え、トルベック工務店のウーマロが建造し、金物ギルドのノーマが内部構造と建造物の補助を担当する。

 三つの組織の力を結集させなければ、こいつは完成しない。

 

 設計自体は問題ない。俺はこう見えて、過去に建築関連の基礎を徹底的に脳みそへと叩き込み、数年をかけて技術を磨いたことがある。そして、その後様々な偽装をバレないように…………まぁ、いいじゃないか、過去のことは。

 

 ただし、この街には日本にあった材料がほとんどない。鉄骨も、コンクリートも、グラスファイバーもだ。

 だから、どこまで強度を保てるのか、確かなところは分からない。その点に関しては、この街のスペシャリストに聞く方が確かだろう。

 

 で、このメンバーだ。

 

「普段はアホみたいな顔でアホみたいなことしかしていない連中だが、やる時はやってくれると信じているっ!」

「声に出てるッスよ、おそらく心に留めておかなければいけないことがっ!」

「一番アホみたいなことをやってるんは、ヤシロさね」

「お顔も、なかなかにユニークですものね」

 

 三方向から言いたい放題言われてしまった。

 まったく、こいつらは……アホみたいな顔して。

 

「お前らの平均バストがEカップでなかったら説教しているところだぞ」

「なんでオイラまで入れたんッスか!? おいらを省けばGカップッスよね!?」

 

 Fから成長したイメルダは、現在ノーマと同じGカップになっている。見事だ、二人とも。

 ちなみにウーマロはAカップ計算だ。厳密に言えばAもないのだろうが……それを言い出すとエステラが…………エステラが…………っ!

 

「お前を省くことは、エステラの人権を剥奪することと同義だろうが……っ!」

「同義じゃないから、泣かないでくれるかな? とてつもなく不愉快だよ」

 

 飛散する俺の涙を、煩わしそうに手ではたき落すエステラ。相変わらず凄まじい動体視力だ。

 ただな、手が濡れたからって俺の服で拭くんじゃねぇよ。

 

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