「いいかギルベルタ。冷静に考えてみろ……」
「…………怒っている、のか? 友達のヤシロは」
「……うっ、いや…………怒ってるわけじゃ……」
ダメだ。
こういう雰囲気とああいう表情は苦手だ。なんだか、虐めている気分になる。
しかし、だからといって甘やかすわけにはいかず……
「……ヤシロ。ここは任せて」
「お兄ちゃんはお兄ちゃん属性が強過ぎてこういうのには向いてないです。なんだかんだ甘々ですから」
「う……そ、そうか。じゃ、頼む」
なんだか言われ放題だが……
マグダとロレッタがうまく説得してくれるならそれはありがたいことだ。
女子同士の方がうまくいくかもしれんし、任せてみるか。
「……ギルベルタ」
「トラの娘」
「ちょっと話を聞いてほしいです」
「あ…………え~っと……」
「ロレッタですよっ!? 百歩譲ってハムスターの娘でもいいですから覚えてです!」
さすが、高野豆腐を超える吸収力を持つギルベルタだ。
もうロレッタに対する正しい対応を身に付けている。侮りがたし。
「……ギルベルタ。楽しいことを優先したい気持ちは分かる」
「そうです。よく分かるです。あたしなんか、出来ることなら毎日魔獣ソーセージ片手にお仕事したいです。あと、お客さんとのお話が盛り上がった時は業務を放り投げてもいい権利も欲しいです」
「……ロレッタ、黙って」
「はぅっ!? 怒られたです!?」
「……そして、仕事はちゃんとして」
「はうぅっ!? こっちはさっきよりマジなトーンです!? 視線がちょっと怖いです! 怒鳴るだけのパウラさんの比じゃないですっ!」
仕事に関して、マグダは厳しいからな。
とはいえ、ロレッタも決してサボったりはしない。ただちょっと職務中に羽目を外し過ぎる傾向があるだけだ。俺やマグダが軽くキレるくらいのはしゃぎっぷりで…………うん。一回シメとけ、マグダ。
「……楽しいことをしたいという気持ちは否定しない。けれど、世の中には遵守しなければいけないルールというものがある」
そう。
人間は働かなければいけないのだ。
一時の快楽に溺れてやるべきことを投げ出してしまっては、人間はダメになる。
そういうことを、マグダは教えようとしているのだ。
「……川の字は、マグダが一番。これは譲れない」
「推すね、それ!?」
なに? お前が教えたかったのって、序列とかそういうこと!?
「そして、あたしは『皮』の字で寝たいですっ!」
「とりあえず三人じゃ無理だな!?」
つか、どういう翻訳してんだよ『強制翻訳魔法』!? 元はなんて言ってんだよ、それ!?
「そして、その後に続くのは私で……」
「ナタリア、君は黙って」
輪の向こうでの自分勝手なボケは飼い主がちゃんと処理してくれた。
偉いぞエステラ。そうやってちゃんと躾け直しといてくれよ。
「守るべきであると思う、順番は、私は」
「……ギルベルタなら、分かってくれると思っていた」
「偉いです、ギルベっちゃん! 時に我慢も重要です」
「なら、三泊する」
…………ん?
「…………」
「…………」
きりっとした顔で「言い切った!」感満載のギルベルタと、それとは対照的に「どうしよう、なんか悪化しちゃったけど……?」みたいな顔でこちらを振り返るマグダとロレッタ。
……ギルベルタ。お前の思考はどこに向かってぶっ飛んでいってるんだ?
「あ、あの、ヤシロさん。外が……」
そっと近寄ってきたジネットが、窓の外へと視線を向ける。
空は、もう随分と暗くなっていた。……あぁ、もう無理か。
「……エステラ」
「まぁ……なんとなく、そんな気はしていたけどさ」
俺とエステラはほぼ同時に肩を落とし、困り果てた表情で視線を交わした。
まぁ、なんだな。こういう感情を共有できるのって、きっとお前とだけなんだろうな。
四十二区は良くも悪くものどか過ぎるもんな。
苦労人気質な俺たちは気苦労が絶えないよなぁ……
「よろしく頼めるか」
「とりあえず、ナタリアにもう一度手紙を出してもらって、あとは明日会った時に誠心誠意…………って、感じだね」
「はぁ……俺が許される可能性、20%くらいしかないよな、それ」
「ははっ。二桁もあると思っているのかい?」
受難は避けられないだろう。
だが、もうここまで来たら帰す方が無理だろう。ド深夜になっちまう。
それはさすがに看過できない。いくらギルベルタが強いと言ってもだ。
「じゃあ、今晩だけだぞ」
「ありがとう、友達のヤシロ! やった! 許可が下りた、友達のヤシロの!」
「よかったですね、ギルベルタさん」
「よかった思う、私は! 友達のジネットの発案があったからこそ! 感謝する、私は!」
手を取り合って、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるジネットとギルベルタ。
……あ~ぁ。明日は波乱の一日になりそうだ。ルシアに呼ばれている日だし、逃げるわけにもいかないしなぁ……
「ただし、川の字はなしだ」
「それは了解している、私は。きちんと守る、順番を、私は」
「……では、今日はマグダが」
「それも今度な」
「…………むぅ」
ギルベルタが泊まっている時に、こっち三人で仲良く川の字とか出来るかよ。
「ジネット。ギルベルタのベッドを用意してやってくれ」
「はい。任せてください」
「……ギルベルタは、空き部屋を使う?」
「そうですね。そうしてもらいましょうか」
「……では、マグダが用意をしてくる」
「そうですか? では、お願いしますね」
ギルベルタの宿泊が決まるや、マグダは部屋の用意を始め、ロレッタは隣で「いいなぁ、あたしも今日も泊まろうかなぁ」みたいな表情を見せる。
「待ってほしい、友達のジネットと、その仲間たち」
しかし、動き出そうとしたマグダをギルベルタが止める。
そして、ジネットの手を取ったまま、ジッとジネットを見つめる。
まるでおねだりでもするかのように……
「一緒がいい、私は、友達のジネットと」
というか、まんまおねだりだったようだ。
そんな視線を向けられて、ジネットが断るはずもなく……
「分かりました。では、わたしのベッドを使ってください」
特に考える素振りも見せずにそう答えた。
……俺もおねだりしてみようかな……と、そんなことを考えていると。
「…………ジネットのベッド…………使っていいのか、私は?」
ギルベルタが、ジネットの胸に熱い視線を注いだ。
ジネットのベッド。……うん、低反発で物凄く気持ちよさそう。
「はぅっ!? こ、これはベッドではありませんよっ!?」
「とても良さそう、寝心地が」
「そんなことないですよっ!?」
「ジネット! 俺もジネットのベッドを使いたい!」
「ヤシロさんは懺悔してくださいっ!」
なんで俺だけ!?
いい加減理不尽だ! 泣くぞ!? 泣いちゃうんだぞ!?
「い、いい、一緒のベッドで寝ましょうね」
「分かった、私は! そういうのをしてみたかった、幼い頃から!」
俺もしてみたかったさっ! 思春期の頃から!
「それじゃ、ボクたちは帰るよ。手紙を書かなきゃいけないからね」
「今夜中に届けられるように手配しておきます」
「おう。頼むな、二人とも」
席を立つエステラたちを出口まで送る。
「いろいろ苦労を背負い込むよね、君は」
「向こうから勝手に飛び乗ってくるんだよ」
どこぞの江戸村のマスコットじゃねぇんだぞ。
飛びついてくんじゃねぇよ、ったく。
「なんにせよ、これ以上厄介ごとが舞い込んでこないことを切に願うよ……」
明日は朝一で三十五区へ向かうのだ……今晩くらいは心穏やかに休ませてほしい。
――と、そんなささやかな願いすら聞き届けてくれないのが神様ってヤツで…………
遠くから荒々しい蹄と車輪の音を響かせて、今夜最大級の厄介な客が陽だまり亭にやって来た。
「ギルベルタを帰してもらおうかっ!」
鬼の形相でドアを開け放ったのは……三十五区の領主、ルシアだった。
……お前ら、もうちょっと自分の立場を弁えろよ。な?
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