教会に着いてすぐ、ジネットが俺たちを出迎えてくれ、そのまま談話室の脇の廊下を通り抜けて階段を上がり、子供たちの寝室へと案内された。
二階に来るのは初めてだが、そこには生活の匂いがそこかしこに感じられた。ここは完全にプライベートスペースなのだろう。
「こっちです」
かつては自身も暮らしていた場所を、ジネットは勝手知ったる感じで進んでいく。
子供部屋は二部屋あり、男女で分かれているようだった。
だが、今は看病をするために同じ部屋に男女十人が寝かされている。
子供たち全員が倒れたというのは本当だったようだ。いや、疑っていたわけではないのだが……こうして目の当たりにするまで信じられなかった。信じたくなかったということもあるかもしれないが。
「レジーナさん」
部屋に入ると、ベルティーナが俺たちのもとへやって来る。
憔悴しきっており、ついさっき見た時よりもさらにやつれたように見える。
「子供たちを……」
「あぁ、任しとき」
囁くような声で言葉を交わすとレジーナは横たわる子供たちへと近付いていく。
「あ、自分らはちょっと外出ててくれるか? 空気感染する病気かもしれへんし」
言いながら純白の布で口と鼻を覆う。
苦しそうなうめき声を上げる子供を、不安げな表情で見ているおばさんやお婆さんがいた。教会のシスターなのだろうか。彼女たちに退室を求めないということは、もし空気感染するウィルスだった場合、彼女たちはすでに感染している可能性が高いと判断したのだろう。
ならば、感染した危険のある人物を俺たちと一緒に退室させるのは危険だ。
レジーナは第一に被害の拡大を防ごうとしている。
非情に見えるが、賢明な判断だと思う。
俺たちはレジーナの指示に従い部屋の外へと出る。
ドアを閉め、そのそばで祈るような気持ちで待機する。
……酷い状態だった。今朝まではあんなに元気だったガキどもが…………
「……どうして、代わってあげられないのでしょうか……?」
ジネットがそんな言葉を漏らす。
代われるのなら、自分が代わりにその苦しみを背負ってあげたい。そう思っているのだろう。
「そんなもん、決まってんだろ」
他の誰も、ジネットの問いに答える素振りを見せないので、仕方なく俺が答えてやる。
いいか、その頭によく刻み込んでおけよ。
「苦しんでるガキどもの看病をするためだ。お前が倒れたら誰が看病するんだ? 入れ替わって、ガキどもに寝ずの看病をさせる気か?」
「い、いえ……それは…………」
「弱っている時は不安になるもんだ。そんな時、頼りになる人間がそばにたくさんいてくれたら、寝込んでるヤツも心強いだろうが。お前は、あいつらを安心させてやるために代わってやれないようになってんだよ」
「………………そう、ですか」
無理やりなこじつけではあるが、ジネットは幾分か納得したような表情を見せた。
「…………そうですね。わたしがこんな顔してちゃ、みんなが不安がりますよね。しっかりしなくちゃ」
そう言って、自分の両頬をぺしりと叩く。
そして、まだ少し引き攣ってはいるが……無理やりに笑みを浮かべて俺に向けてくる。
「ありがとうございます、ヤシロさん」
「……礼を言われるようなこっちゃねぇよ」
その健気な笑みに、俺は視線を向けていられなかった。
こんな口先だけの誤魔化ししか出来ない自分が、後ろめたかった。
無性に、何か別の話をしたくなった。
出来ることなら、どうでもいい話を。
「なぁ、ジネット」
「はい」
「中にいたババアとクソババアはどこから発生した妖怪だ?」
「し、失礼ですよ、ヤシロさんっ」
思ってもいない言葉を耳にして、ジネットは一瞬言葉に詰まった。
けれど、すぐに眉を寄せて俺を叱る。
非難するようなニュアンスは一切含まず、いつものように優しく窘めるように。
「彼女たちは寮母さんたちです。わたしたち……ここにいる子供たちのお母さんのような方たちなんですよ」
「寮母? ここは寮なのか?」
「行く当てのない子供たちが集う、共同生活寮です」
ってことは、あのババアどもは孤児院の職員みたいなもんなんだな。
ベルティーナが陽だまり亭で腹を壊した時は、あの寮母たちがガキどもの面倒を見ていたのか。
…………なら、朝飯くらいテメェらで作れよ!
「寮母さんの多くはご自宅からの通勤になりますので、基本的に早朝はシスターしかいないんですよ」
質問もしていないのに、ジネットが俺の顔を見てそんな説明をする。
俺の顔はそんなに分かりやすいのだろうか?
「そうですね。ヤシロさんは割と顔に表れる方だと思いますよ」
会話しちゃってない?
そこまで分かるもんなのか?
試しに……
あの寮母はシスターってわけではないんだな?
「……?」
右手を上げてくれ。
「……?」
1+1=?
「……?」
今日も凄まじいまでの爆乳だな。
「懺悔してくださいっ!」
……なぜこれだけ伝わってしまうのか…………
「まったく。こんな時に何を考えているんだい、ヤシロは」
「……ヤシロは、おっぱいが好き過ぎ」
お前らにまで伝わってたのか……今後気を付けよう。
「…………わたし、頑張って看病をします。……ですから…………どうか、子供たちを御救いください……」
ジネットが手を組み精霊神に祈りを捧げる。
もし神様がいるなら、お前を信じて毎日祈りを捧げる子供たちを病気になんかしてんじゃねぇとぶん殴ってやりたいところだ。
……ジネットにあんなつらそうな顔をさせたこと、忘れんじゃねぇぞ。
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