「やっほ~☆ 遊びに来たよ~☆」
ドアが開き、中華の香りが外へと逃げていく。
店に入ってきたのはマーシャとデリアだった。
「随分早かったね」
「うん☆ デリアちゃんが迎えに来てくれたから」
「ちょうど三十五区まで行く用事があったんだよ。そしたら偶然マーシャに会ってさぁ」
それで、これ幸いと連れてきてもらったらしい。
しかし、デリアはちょいちょい三十五区に行っているようだが、何をしているんだ?
そもそも、デリアとマーシャはどこで知り合ったんだろうか。
「三十五区の川漁ギルドのギルド長がさ、あたいの親父の弟子でさ。あたいが子供の頃から知ってんだよ」
「弟子って……師匠の方が格下の区にいたのか?」
「ヤシロ……格下って…………まぁ、事実だけどさ」
エステラがぷくっと頬を膨らませる。
いちいち気にするなよ、そんなもん。
「親父は四十二区の川を気に入ってたからなぁ。野性味溢れるってよく褒めてたよ」
「……ごめん。それは、他の区ほど整備されていないということなんだろうね」
だから、いちいち気にするなってのに。
そのおかげで、デリアみたいな使えるヤツがここにいてくれるんだからよ。
「なんかさ、水不足で川の水位が下がってるみたいでさぁ、農水池に水を送る用水路が干上がってんだってさ。で、なんかいい方法はないかって聞かれたんだけど……なんかいい案ないかなぁ?」
「それ前に解決させたよな、四十二区で!?」
「ん?」
「忘れたのか!? 足漕ぎ水車を作ったろ!?」
「あぁ! アレ面白いよな! 今でも子供らがよく遊びに来てるぞ」
「遊具じゃねぇんだ、アレ!」
こいつ……水不足が一段落したせいで、すっかり足漕ぎ水車本来の目的を忘れてやがる……川の水位はまだ元に戻ってねぇだろうが。
「じゃあ、今度ウチの川に来てもらえばいいか」
「そうだね。なんなら、足漕ぎ水車をルシアさんに紹介してあげるよ。買ってもらえばウチも助かるしね」
しれっと、足漕ぎ水車の権利を自分のもののように言っているが、エステラよ、報酬は寄越せよ? うまい思いしたのなら、それに見合うだけの、な?
「あ、そうそう。ルシア姉っていえば~」
マーシャがぱしっと手を叩き乳を揺らす。
「……ヤシロ。めっ」
くっ。
最近鋭くなってきたな、マグダ。
「ルシア姉からも、ヤシロ君に伝言預かってきてるよ~☆」
「俺に?」
エステラへの伝言なら、なんとなくありそうなもんだが、ルシアが俺に?
なんだろうか、想像がつかない。
「『ハゲろ、カタクチイワシ』だって~☆」
「どうでもいい伝言を持ってくるな!」
「絶対伝えてくれって言われてたからぁ~☆」
「あいつは俺に何を伝えたかったんだ!?」
「『構ってくれなくて寂しい』ってことじゃないのかなぁ~☆ ねぇ~☆ にやにや☆」
何をにやにやしてやがんだ。
ルシアがそんなことで寂しがるかよ。
大方、俺たちが二十四区で『宴』を開催するって聞いて、「そういえば二十四区の教会には獣人族がわんさかいるんだったな……おのれ、なぜ私を呼ばない!? カタクチイワシめ!」みたいなことに違いない。……重症だな、どいつもこいつも。
「領主は変人ばっかりだな」
「「一緒にするなっ」」
エステラとリカルドが声を揃えて言う。
そして、エステラが物凄く嫌そうな顔をした。お揃いが不服らしい……ぷっ。
「お魚は、表の水槽に入れてあるからねぇ~☆」
デリアにお姫様だっこされながら、マーシャが表を指差す。
店内に入る時はいつも水槽付き荷車から降りているマーシャ。まぁ、デカいからな、こいつの荷車は。
そこに魚が入っているということは……
「マーシャと混浴していた魚たちか…………エキスが……っ!」
「刺すよ?」
「殴るぞ?」
おぉう!?
エステラの「刺すよ」は、もはやお約束のギャグっぽいのだが、デリアの「殴るぞ」はマジでシャレにならん。なぜデリアまでもが、そっちの立ち位置に。
「お待たせしました、麻婆茄子です!」
意気揚々と、ジネットが麻婆茄子を運んでくる。
そして、有無を言わさずリカルドの目の前へと置く。うん。食えってよ。そして、金を払えってよ。
「……ちっ。頼んでもねぇもんを……まぁ、今回はこれで我慢してやる」
そんな悪態を吐いてリカルドが麻婆茄子を一口、口へと運ぶ。
「――んっ!? 美味ぇ!」
思わず漏れたのであろうリカルドの言葉に、ジネットが手を合わせて喜ぶ。
今回の味付けは自信があったようだ。
「歯応えこそねぇが、こいつはぴりっと辛くて美味ぇな!」
がつがつと流し込むように麻婆茄子を搔っ食らうリカルド。
頬をぱんぱんに膨らませてもっしゃもっしゃと咀嚼している。……行儀の悪い食い方だな。野性味、溢れ過ぎだろう。
「しかし、ジューシーで美味いな! なぁ、この黒いのは何肉だ?」
「え…………あの……」
ジネットが視線で助けを求めてきたので、「言っていいぞ」と首肯で返す。
「それは……茄子、です」
「「「「ぶふぅー!」」」」
エステラとマグダとロレッタ、そしてマーシャが一斉に吹き出す。
「な、茄子を『何肉だ』って…………ば、バカ舌がいる……っ!」
「……舌までバカ」
「ちゃんと野菜食べないから味が分からなくなるですよ」
「あぁ~、私も茄子肉食べたいなぁ~☆」
「やっ、やかましいぞ、テメェら! しょうがねぇだろ! 初めて食った料理なんだからよ! それに、肉の味もしてるし! 見た目も肉っぽいし!」
牙を剥いて怒鳴り散らすリカルドだが、顔が真っ赤だ。
見た目、肉っぽいかぁ~? くすくすくすっ。
「ミンチ肉が入っていますので、お肉の味はしますよね。それに、肉汁もたっぷり入っていますし」
「だよな! な! だから、茄子と肉を間違うこともあるよな!?」
「え…………あの……わたしは、その……本業、ですので」
「ジネットちゃん、遠慮しないで『ないよ、バカ舌』って言ってやっていいよ」
「そんなことは……」
「ねーよ、ばーか」
「お前が言うな、オオバ! 折角の店長の心遣いを踏みにじんじゃねぇよ!」
まさか、茄子と肉を間違えるとは……
どこかの寺がやってる『お肉みたいな精進料理』とか食わせたらコロッと騙されるだろうな、こいつ。
「け、けど、お口に合ったようでよかったです」
ジネット必死のフォローにも、リカルドは赤い顔のまま肩を落としている。
「専門分野なら間違わねぇよ……野菜とか、専門外だっつうの……」とか、往生際悪くぶつくさ言っているが、その専門分野と間違ったんじゃねぇかよ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!