お偉い貴族様方がエステラに殺到しているので、そそくさと距離をあける。
無関係、無関係。どーも部外者です。
「ヤシロ君」
「ヤシロちゃん」
移動すると、簡易厨房の隅っこにオルキオとシラハがいた。
「おぉ、お前らも来てたのか」
「あぁ。ルシア様にお誘いいただいてね。馬車に同乗させてもらったんだよ」
あいつの馬車、しょっちゅう庶民が乗ってるけどいいんだろうか?
まぁ、ルシアだしな。貴族としての格とか、きっと気にしない……もしかしたら知らない可能性すらある。
「き……ぞく? なんだ、それは、美味いのか?」とか。……いや、さすがにそこまで酷くはないか。
「もっと真ん中で食えばいいのに」
「あはは。私は元来引っ込み思案なものでね」
単に偉そうな領主連中がでかい顔をしていたので気を遣ったってとこだろう?
ホント、傍迷惑だよなぁ、貴族ってのは。
「これはとても美味しい料理だね。これもヤシロ君が考えたのかい?」
「俺の故郷にあったヤツをジネットに教えただけだ。それが美味いなら、ジネットの研究の賜物だな」
「あはは。相変わらずだねぇ」
何が相変わらずなのか。
知った風な口を利くな。
「ヤシロちゃん」
にこにこ笑うオルキオの隣で、シラハが俺を呼ぶ。
「おかわりぃ……」
「久しぶりに聞いたな、そのフレーズ!」
太れ!
そして元に戻ってしまえ!
「ジネットちゃんの作った料理だから、食べれば食べるほど痩せるのよ?」
「そんなわけねぇだろうが」
お前のとこにいた時だけだよ、ダイエット食を作ってたのは。
で、それにしたって食うほどに痩せる料理じゃねぇよ。
……こいつ、まさかマジでプラシーボ効果で痩せてんじゃねぇだろうな?
「あ、そうだオルキオ。ちょっといいか?」
「なんだい?」
「カンパニュラ!」
ジネットのそばで手伝いをしているカンパニュラを呼ぶ。
テレサも一緒についてくる。
「なんでしょうか、ヤーくん」
「えーゆーしゃ!」
「紹介しとくよ。こいつがオルキオ、お前の母親の教育係だ」
「まぁ、こちらの方が?」
「ほほぅ、ということは、彼女はルピナスの娘さんなのかい?」
双方、驚いた顔で互いの顔を見つめ合う。
「うん。確かに、幼かったころの彼女によく似ている」
「そうね。聡明そうな顔つきがそっくりだわ」
「マダムも、母様をご存じなのですか?」
「あら、マダムだなんて。シラハと呼んでちょうだい」
「あなたがシラハ様でしたか! 母様からよくお話を伺っております」
「まぁ、そうなの? よい噂だといいのだけれど」
「もちろんです。母様はシラハ様のようになりたかったと、口癖のように申しておりました」
シラハのように……
じゃあ、背油でも貪り食えば近付けんじゃねぇーの?
「私の方こそ、ルピナス様に憧れていたのよ? あんな素敵な女性、他にはいなかったもの」
「母様が聞けば喜ぶと思います。娘として、私も嬉しいです。ありがとうございます、シラハ様」
「なんというか……ヤシロ君、彼女に何かしたのかい? 随分と聡明だけれど」
「こいつは元からこうだよ。ルピナスの教育だろうな」
「しかし、この年でこれは……いやはや、末恐ろしいね」
シラハとにこにこ話すカンパニュラだが、その会話はまさに貴族の令嬢そのもので、川漁ギルドの娘がするような内容じゃない。
デリアと並べると、カンパニュラが如何に規格外かよく分かるだろう。
「お会いできて光栄です、オルキオ様。叶うなら、私も一度オルキオ様に作法や勉学を習ってみたいと思っておりました」
「あはは。私が教えられることなんか、もう何もなさそうだけれどね」
「オルキオ様は文学に造詣が深いと聞き及んでおります。よく詩などを書かれていたとか。出来れば一遍お聞かせ願いたいです」
「それはやめとけ、カンパニュラ」
オルキオのポエムには猛毒が含まれている。
おまけに、オルキオのポエムが始まればシラハのポエムが間髪入れずに襲い掛かってくることになる。
耐性のない人間が耳にすれば、一瞬でアウトだ。
「もし、機会があれば、いつでもお相手させていただくよ」
「そうね。共に三十五区に住む者同士ですもの。いつでも遊びにいらしてね、カンパニュラちゃん」
「はい。母様と相談して、必ずや」
「それで、そちらの可愛いお友達はどなた?」
シラハがテレサに笑みを向ける。
カンパニュラたちの会話の間、テレサは一歩引いて待っていた。
いつの間にか、給仕長らしい振る舞いが身に付いている。
「こちらはテレサさんです。私の親友であり、将来私付きの給仕長になってくださるそうです」
「まぁ、素敵な給仕長さんね」
「ありまとごじゃましゅ!」
「どういたしまして」
ほんわかとした空気に包まれるシラハと女児たち。
それとは対照的に、オルキオが青い顔で俺に詰め寄ってくる。
「ヤシロ君、給仕長って何? ルピナスの娘を使ってウィシャート家を乗っ取る計画でもしているのかい?」
「違う違う違う! あいつらが勝手にやり始めたごっこ遊びだ」
「本当だね!? ごっこ遊びだね!?」
まぁ、テレサは本気のようだし、カンパニュラにしたって能力は十分にある。
時勢がどう転ぶかによって、未来なんかいくらでも変わっちまうしなぁ~。
「応援してやれよ、子供の夢を」
「怖いなぁ、その笑顔! 領主を潰すとか、ドエライ事態になるからね!? 慎重に頼むね!」
「とか言いながら、お前だって、ウィシャートがいない方がいいだろ?」
「君が代わりに領主に収まってくれるならね」
え、俺が三十区の?
え、なんで?
え、ヤなんですけど?
「そうでないなら、どんな揺り返しが来るか想像できないから怖いよ」
俺が領主に収まっても揺り返しは来るだろうが。
「ましてルピナスの娘とか……もう、彼女たちにつらい思いはさせたくないよ」
オルキオは、ルピナスの身を案じているのか。
こいつ自身もウィシャート家には酷い目に遭わされた。
まぁ、下手に突っついてほしくはないだろうな。
「まぁ、大丈夫だ。カンパニュラがつらい目に遭うようなことがあれば……四十二区で暴動が起こりかねん」
「えっ、なに? どういうことになってるの、四十二区!? ルピナスの娘は三十五区の子だよね? なんで四十二区で!?」
一度陽だまり亭に来い。
そうすれば、カンパニュラに癒しを求める老若男女の群れが見られるだろう。
……そうなんだよなぁ。
最近はアホの大工だけじゃなくて、奥様やお姉さんたちまでもがカンパニュラを気に入っちゃってんだよなぁ。
いつも楽しそうにエプロンを着けて働く姿に、みんなノックアウトされてんだよ。
テレサとセットってのがまたいいんだろうな。
ちょっとしたアイドルだぜ、まったく。
「そういえばヤシロ君」
まるで薄ら恐ろしいことを忘れたいかのように、オルキオが話題を変える。
「最近ウチで働き始めた人でね、ヤシロ君にどうしても会いたいって人がいたから今日のイベントのことを伝えておいたんだけど、もう会ったかい? たぶん会場には来ていたはずなんだが」
「俺に会いたいヤツ?」
オルキオのところで働き出したってのは、オルキオが身元引受人となって仕事を斡旋してるってアレか?
派遣業者みたいな業種なのかね。
で、そこで働いてるってことは虫人族か獣人族なんだろうが……一体誰だ?
「あ、噂をすれば」
オルキオがぐっと背筋を伸ばして覗き込むように俺の背後を見やる。
それに導かれるように視線を後方へ向けると――
「偽造硬貨男!」
見覚えのあるオウム人族がいた。
ノルベールの右腕、ベックマンだ。
「……その呼び名を止めろ。アレは誤解だと言っただろう」
「では、偽造硬貨男(誤解)」
「お前は馬鹿なのか?」
「失敬な! その通りではありますれど!」
自覚はあるんだな。
「それで、ノルベール様の件、どうなったでありますか?」
あぁ、そういや、その件ま~ったく手付かずだわ。
「大丈夫。たとえ二度と会えなくても、ノルベールはお前の心の中でずっと生き続けていくさ☆」
「縁起でもないこと言わないでください!」
むぅ、ダメかぁ。
打ち切りマンガの最終回くらいにはまとまってたと思うんだけどなぁ。
「ノルベール様を助け出す手立て、考えてくれたでありますか!?」
「ん~……と言われてもなぁ」
「しっかりするのであります、ギゾコウ!」
「誰がギゾコウだ」
偽造硬貨じゃねぇっつってんだろうが、記憶力の悪いヤツめ。
お前、鳥くらいしか脳みそ詰まってないんじゃねぇの!?
……見た目からして鳥頭なんだろうけども。
……ん?
いや、待てよ。
「助け出す前に、まずウィシャートのところに幽閉されているのかどうか、確証を得る必要があるよな?」
「それは確実であります! なにせ、私自身が見張っていたでありますから!」
「お前なぁ……、秘密の通路で他所に運び出されてる可能性もあるだろうが。お前が周りで騒いだせいで、どこかに連れ出し隠してるかもしれん」
「なんと卑怯な!?」
お前が馬鹿正直過ぎるんだよ。
毎回正面から「会わせろ!」「返せ!」ってやってたんだろ?
もうちょっと搦め手を使えっつーの。
「では、どうやって確証を得るでありますか?」
「偶然にも、俺は後日ウィシャートの館に出向くことになっている」
「なるほど! その時に家探しをしてくれるでありますね」
「出来るか、バカ」
ウィシャートが館内で俺を自由にするわけないだろうが。
だが、探りを入れるくらいは出来るだろう。
「だからお前、ちょっと協力しろ」
「私に出来ることであればなんなりと!」
よし。
これでうまくすればウィシャートに揺さぶりをかけられるだろう。
ヤツは俺を危険視しているだろう。
俺の前ではどんな些細な嘘も吐くべきではないと、それくらいの警戒はしているだはずだ。
そんな俺の前で、ベックマンが騒動を起こせばどうなるか……ふふふ。
せいぜい動揺するがいい。
「あぁ、そうそう。ギゾコウと会えない間に、強力な助っ人に再会したであります」
「助っ人?」
ノルベールの部下仲間か?
ベックマンレベルだとすれば、一切期待はできない駒だが。
「今日、一緒に来ているでありますから、紹介するであります。腕っぷしには自信がある男で、とてつもなく頼りになるでありますよ」
へぇ。
そんなヤツが味方にいるのか。
なら、いざ荒事になった時の保険になるかもしれない。
とりあえず、顔だけでも見ておくか。
「そいつはどこにいるんだ?」
「ギゾコウの後ろであります」
「は?」
ベックマンに背後を指さされ、振り返るとそこに筋肉があった。
俺の目線にはち切れそうな胸筋。
顔をすーっと上にあげると――
「よぉ、随分と久しぶりだなぁ」
顔に大きな傷がある、スキンヘッドの悪人面が俺を見下ろして笑っていた。
「あん時ゃ儲けられたか? へなちょこパンチ」
「ゴッ……フレード……」
二度と会いたくないリストに太字で名前が書かれている男、ゴッフレードがそこに立っていた。
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