「うふふ。羨ましいわね」
ドレス姿で仕事をする女子たちを見て、マーゥルが静かに囁く。
「若さがか?」
「まぁ、失礼ね。私だって、まだまだ捨てたものじゃないのよ?」
骨董品が好きなヤツもいるもんな。
どこかの領主の一本毛とか。
「そんなに羨ましいなら、結婚式でも挙げて、純白のドレスでも着たらどうだ」
「そうね。どこかに素敵なお相手がいれば、それも悪くないわね」
「ごほっ! ごっほごっほっ!」
会場にゴリラが紛れ込んだらしい。
とある一本毛がゴッホゴッホと鳴いている。
「うほほー!」
いや、「うほほー」はおかしいだろ。
なんでゴリラに寄せんだよ。大人しくむせてろよ。
「でも、そうじゃなくてね」
マーゥルが俺の眼前に指を突きつける。
「羨ましいのは、あなたよ。ヤシぴっぴ」
そして、いたずらを思いついた少女のような意地の悪い笑みを浮かべて。
「理由は、教えてあげないわ」
そう言って去っていった。
……勝手なヤツだ。
どうしてくれんだよ、俺のこの、行き場のない気恥ずかしさを。
あぁ、もう!
「よぉし、お前ら! 今日は領主の奢りだ! 盛大に飲め! そして食え! おまけに歌って踊れ!」
「「「「ぅぉおおおおおっ!」」」」
「ちょっと待って! 聞いてないよ、そんな話!」
慌てるエステラ。
そりゃ、これだけの人数に飲み食いされちゃ堪ったもんじゃないよな。
けどな。
「大丈夫だエステラ。頼れる領主のリカルドさんがいるじゃないか!」
「そうか! さすが先輩領主のリカルドさんだね!」
「おぉい、テメェら! こんな時ばっかり調子のいいこと抜かしてんじゃねぇぞ、オオバ、エステラ!」
「え~っと……『何かあったら、四十一区も全力で力になる』だっけ?」
「てめぇ、いつの話をしてやがるんだ!?」
手早く会話記録を呼び出して、リカルドが陽だまり亭に来た時の会話を呼び出す。
たしかこれは、トレーシーたちが陽だまり亭でアルバイトをしていた時の会話だな。
会話記録には、こんな会話が記されている。
『お前らが、「BU」の連中に目を付けられたって聞いたからよ……まぁ、俺たち四十一区も原因とされているパレードに賛同した身だから、その…………何かあったら、四十一区も全力で力になる。それを伝えに来たんだよ……俺ら近隣三区は、同盟みたいなもん……だから、よ』
『リカルド。まだ開店前なんだ。用が済んだなら帰れ』
「改めて見ても酷ぇよな、お前は!?」
「俺は正論しか言っていない」
「こんな対応されて、何が同盟だ! 都合のいい時にばかり使いやがって!」
なんと言おうが、会話記録に記録されているのは事実だ。
何かあったら力になってもらおうじゃねぇか。
「ちなみに、『俺ら近隣三区は、同盟みたいなもん』らしいから、デミリーもよろしくな」
「わぁ、とばっちり! とばっちりだよ、リカルド! 君のせいで酷いとばっちりだよ、まったく!」
デミリーがリカルドに詰め寄っていく。
お前らの金なんか、誰かに奢るために存在しているようなもんだろうが。楽して儲けてるくせに。
「それに、偶然にもここにはまだまだ領主がいるからな」
ちらりと視線を向けると、『BU』の七領主が分かりやすく後退しやがった。
……逃がすかよ。
「トレーシー。エステラのピンチを救えるのは、お前の――愛だ」
「お任せください! 湯水のように注ぎ込みますとも!」
「ドニス…………腕のいいドレス職人を知っているんだが」
「さぁ、折角の『宴』だ! 民たちよ、盛大に騒ぐがいい!」
「ゲラーシー」
「……なんだというのだ」
「払え」
「もうちょっと策を練ってはどうなのだ!?」
残りの領主は、「今度泊まりに行ってもいい?」と質問したら、みんな快くお金を出してくれた。さすが貴族だ。金持ちはこうあるべきだよな。
そんなわけで、他人の金と分かった瞬間、会場のボルテージは一気に上がり、酒も食い物も飛ぶように売れまくった。
「ゲラーシー、食ってるか?」
「無論だ! 自分たちの金なのだからな! 人一倍食ってくれるわ!」
「底意地の汚い……」
「なんとでも言え!」
憎まれ口を叩いた後で、ふと、ゲラーシーが真剣な表情を見せた。
「今さらどうあがこうと、姉上のような人間にはなりようもない……」
それは、諦めとも違う清々しさを含む声で。
「なので、私は私らしく生きていくことにしたのだ。周りの顔色を窺うこともなく、伝統に縛りつけられることもなく、今自分が思う最良の選択を躊躇いなく選んでいける――そんな領主に、私はなる」
俺にまんまと一杯食わされた己の脇の甘さを悔い、それを克服してみせるという宣言に聞こえた。
まぁ、要するにあれだ。
「俺に憧れて生き方を変えるってことだな?」
「バカも休み休み言え!」
とは言いつつ、明確な否定はしなかった。
もっとドニスやマーゥルと議論を重ねるといい。それだけで、お前は大きく変化するだろう。
経験は、何物にも代えがたい宝だからな。
「だがまぁ……貴様と会う機会は増えるかもしれんな」
そう言ったゲラーシーの目は、贔屓目を抜きにしてみても、俺の力を認め称賛しているように見えて…………ちょっと気持ち悪かった。
「いや、窓口はマーゥルだから」
「二十九区の領主は私だぞ!?」
「領主の話ならエステラにどうぞ」
「そんなあからさまに嫌そうな顔をするなっ!」
もう……なんで懐かれてんだよ、俺。
え、なに、こいつ、限界まで追い詰められたせいで何かに目覚めちゃったの?
やめてくれよ。それは俺の管轄外だ。
「まったく。つくづく不愉快な男だ」
「お互い様だろうが」
「ふん! ……ここで一番美味い物でも食べて、気分を変えてくるか」
「麻婆豆腐か?」
「綿菓子だ」
「子供か!?」
「リンゴ飴も美味いな」
「子供か!?」
「ドーナツの輪の中身はどこへ行ったのだ?」
「子供か!?」
ドーナツの中身なんて、子供がよくする質問じゃねぇか。
真ん中も食べたい、ってな。
長髪をオールバックにして、目つきの悪さを強調するような厳めしい面がデフォルトのアラサー男が綿菓子片手にはしゃいでんじゃねぇっつの。
ホント、変なヤツしかいないんだな、この街の領主は。
「これで、あの子も変われるかもしれないわね」
囁きが聞こえて振り返ると、マーゥルの背中が見えた。
わざわざ俺に聞こえるような場所で呟き、そのくせ「それ以上は聞かないでね」と背を向けて去っていく。わがままなオバサンだこと。
けどまぁ、分からんではないか。
どんな関係になっても姉は姉。不出来な弟のことを心配していたのだろう。
――と。そんなことを考えていられたのは昼過ぎくらいまでで、それ以降は本当に忙しかった。
ドレスのせいで本来の動きが出来ていない陽だまり亭の面々のフォローに入り、日が傾くにつれどんどん増えていく酒の注文と酔っぱらいの数に振り回されて、次々なくなっていく食い物を作っては補充をして……気が付けば、空はもう暗くなっていた。
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