異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

57話 木こりギルドの視察・前編 -3-

公開日時: 2020年11月25日(水) 20:01
文字数:3,737

「こちらが大通りです」


 四十二区の大通り、パウラのいるカンタルチカやウクリネスのいる服屋などが並ぶメインストリートだ。

 今日も今日とて、人で賑わっている。

 時刻は昼過ぎ。昼食が終わり一休みを挟んでそろそろ午後の仕事にかかろうかという時間帯。

 この通りは休憩前とはまた違った賑わいを見せる。

 仕事終わりの酒が美味くなるように、残り半日頑張ろう! ……そんな目に見えないエネルギーが溢れ出してくる。


 俺は割とこの空気が好きだ。


「ふむ、これだけ店が密集していながらにおいが気にならないな……」


 ハビエルが鼻をヒクつかせる。

 店は、不特定多数の者が出入りする場所だ。飲食店などは特に出入りが激しい。

 そんな不特定多数の人間がいる場所には、切っても切り離せない問題がある。

 トイレだ。

 多くの人間がいるということは、その分排泄物も増える。飲食店が多ければ尚のこと『もよおす』ことも多くなる。

 そうなれば当然その付近には悪臭が漂うことになる。

 そうさせないためにいろいろ対策は立てるのだが、どうしてもにおいは漏れてしまう。


 そんな悪臭が、現在の四十二区に一切ないのだ。


「これが下水の力です」


 感心するハビエルに、エステラが説明を始める。

 四十二区のトイレは、みんな下水処理がなされている。

 悪臭を放つ汚物は、すべてが浄水施設へと流れていき、そこで浄化されて海へと出て行く。

 そのおかげで、街の中に漂う美味そうな匂いを堪能できるのだ。


「なんだか、いい香りが致しますわね……」


 いやしくも、真っ先に匂いに気付いたのはイメルダだった。


「本当だ……なんだこの匂いは?」

「お父様、あそこからですわ!」


 イメルダが指さした先には……


「いらっしゃいー!」

「四十二区の美味いもんー!」

「美味いよー!」


 陽だまり亭二号店。タコスの屋台だ。


「こりゃ、堪らんなぁ……」

「げ……ロリコン?」

「匂いの方じゃい!」


 ハビエルがマジ切れして俺を睨みつける。

 いや、何もそこまで切れなくても。軽いジョークのつもりで……ちょ、近い近い近いっ! 

 ハビエルが俺の襟首を捕まえ顔をグッと近付けて、怒気のこもった声で囁く。俺にしか聞こえないであろう小声で。


「……娘の前でそういうことをバラすなっ!」


 あ、そういうことね。父親としての威厳が…………………………って!? 『バラすな』ってことは、お前っ!?


「しぃー! だぞ!」


 ……お茶目さんか。

 デカい図体して、なぁ~にが「しぃー!」だ。


「可愛らしい服を着ていますのね」


 イメルダが妹たちに声をかけている。

 さすがのお嬢様も、幼く純真な妹たちに敵意を向けるようなことはなく、子供に目線を合わせてくれている。


「お兄ちゃんが作ってくれたのー!」

「新作制服ー!」

「帽子がオシャレー!」


 今回、美しいもの好きのイメルダが視察に来るということで、この大通りは徹底的に『美しく』仕上げてある。

 道の清掃はもちろん、ここにいる人物には見栄えのいい衣装を支給し、本日いっぱいの着用を義務づけてある。当然、費用と命令は領主から出ている。

 服屋のウクリネスと会議に会議を重ね、統一感のある服装を大量に作成した。

 コンセプトは、夢の国。……あ、千葉の方じゃなくて、ワンダーなドリーム的な感じでな。


 その一環として、妹たちはオモチャの兵隊のような格好をしている。

 クラウンの高い円筒形の帽子を被り、イングランドの兵隊を思わせるようなピシッとした制服を、ちょっと可愛らしくアレンジしたものを着せてある。

 我ながらいい出来だと思う。


「けれど、どうして男のような制服なんですの? スカートとか、もっと可愛くすればよろしかったのでは?」


 はぁ~……これだから…………イメルダ、お前は何も分かっていない!


「男物を着ている女の子は可愛いだろうが」

「…………は?」


 うっわ、こいつ! マジで理解してやがらねぇ!?


 男物のYシャツに、男物の学ラン! そして、男物の海水パンツっ!

 そんな服装の女の子は可愛いやろがぃ!?

 特に海パン! もちろん、『のみ』でね!


「そ、そんな風に思ってたんだ…………ふぅ~ん」


 と、なんでかまったく関係ないところでエステラが照れている。

 いやいや。お前のは男装だろうが。そうじゃなくてな? 「今だけちょっと借りるね」的なさ、で、「ぶかぶかぁ~」的なな? そういうのが必要なんだよ!


「しかし、堪らん匂いだな! ひとついただいて行こうか」


 ハビエルが妹たちに近付いていく。


「逃げろ、妹たち! クマがお前らを食べに来たぞ!」

「きゃー!」

「食べられるー!」

「それもまた人生?」

「諦めるべき?」

「いや、ここは逃げるべき!」

「逃げるー!」

「ちょっ!? 違う違う違うっ! 違うぞ、少女たちよ! ワシはお前らを食ったりは……っ!」


 クモの子を散らすように逃げていく妹たちに、ハビエルが必死に語りかける。

 残念だなハビエル。お前の思惑通りにはさせらんねぇんだよ。


「どういうつもりだ、貴様っ!?」

「いやいやいや! 顔怖い顔怖い顔怖い! とりあえず話を聞けって!」


 妹たちに逃げられて怒り心頭に発するハビエル。

 だが、落ち着け。ここでタコスを食わせないのにも理由がある。


「視察が終わった後、キンキンに冷えたビールと最高の料理を堪能してもらう予定なんだ! ここで食っちまったら仕事終わりのビールの味が落ちるぞ!?」

「うっ…………それも……そうか……」


 意外と素直で助かるな、ここの親子は。


 ギルド長が納得した以上、構成員である木こりたちもそれに従わざるを得ないだろう。

 カンタルチカなどをチラチラと横目で見ながらも、何も口にすることはなく、視察は続行された。ただ、いい匂いだけを存分に嗅ぎながら。


 それから、大通りをぶらっと見て回り四十二区内の栄えぶりを見てもらう。

 その際、あちこちの店からいい匂いが漂ってきては、木こりたちの胃袋を刺激していたようだ。


 若干殺気のようなものすら感じさせる木こりたち。

 腹が減った時に人間はかくも危険なものだ。


 だが、切り札が陽だまり亭にある以上、こいつらに今ここで飯を食わせるわけにはいかないのだ。


「さぁ、次は街の西側を見てもらおうか」


 そう言いながら、俺はいつもの帰り道に足を踏み入れる。

 そう、大通りから陽だまり亭へと向かう路地だ。


「これだけお腹を空かせたところにジネットちゃんの手料理だと、みんなイチコロだろうね」


 今後の流れを知っているエステラがくすくすと俺に耳打ちをする。

 空腹時の美味い飯は、戦争を止めてしまうほどの威力があると言われる。


 けれど、それだけでは弱いのだ。

 特に、イメルダ。このお嬢様は美味い飯ぐらいではなびかない。

 もしそれで陥落するなら、前回の弁当で落ちているはずなのだ。

 一筋縄ではいかない。そういう相手なんだよ、あのお嬢様は。



 だからこそ、俺は秘策を用意したのだ。

 エステラにも教えていない、とっておきをな。



 しばらく歩くと、見慣れた食堂がその姿を見せる。

 さぁ、いよいよ正念場だ。空腹の野獣どもを満足させるとともに、繊細なお嬢様の琴線に触れるサプライズ。

 とくと味わうがいい!


 陽だまり亭の前に、ジネットが立っている。

 俺たちを見つけると、にこりといつもの優しい微笑みを浮かべた。


 よし。このまま陽だまり亭に入って、料理を待つ間に水洗トイレを見てもらって、それから………………


「ヤシロッ、アレ!」


 切迫したような声で俺を呼ぶエステラ。

 その指が指し示した方向を見て、俺は言葉を失った。

 絶句だ。


 そこには、二十数体にも及ぶ英雄像……すなわち、俺そっくりな蝋像がずらりと立ち並んでいたのだ。


「さぁ! 次は下水処理場を見てもらおうか!」

「そうだね! 四十二区の下水システムを支えている要だからね!」


 大声を張り上げ、木こりギルド一行の気を逸らせる。

 ……あんな不気味な光景を見せたりしたらすべてがパーだ。

『四十二区は気持ち悪いですわっ!』の一言ですべてが終わりだ!


「ナタリア!」

「はい、なんでしょう?」

「今スグ陽だまり亭へ行って、マグダに『作戦Bに変更』と伝えてきてくれ!」

「『作戦B』……?」


 木こりギルドのおもてなしをするにあたり、俺はジネットに内装の飾りつけを一任していた。

 陽だまり亭は、良くも悪くもジネットらしさが売りなのだ。飾りつけも、そんなジネットらしさが出てくれればと任せたのだが……まんまと悪い方向に作用してしまったらしい。


 いや、ジネットのことだから、そうなる可能性もうすうす感じていたのだ。

 だからこその『作戦B』だ!


『作戦B』それはすなわち――


「『普通にしてくれ』だ……マグダなら、きっと俺の意思を汲んでくれる」

「納得です。では、お伝えしてきます」


 必死に木こりギルドの視線を逸らし、突如行き先を変更した俺たちを不思議に思い、大きく手を振って「ここですよ~」アピールをするジネット。

 ……だからさぁ…………ここぞって時にアホの娘発揮するのやめてくれるかなぁ!?



 仕方なく、俺たちは空腹の獣を引き連れて四十二区の最西南端、下水処理場へ向かったのだった。



 下水処理場を視察する木こりギルド一同は、最早屍のような、魂が抜けきった顔をしており、こちらの話はほとんど耳に入っていなかったようだ。

 ……ホント、ごめん。タコスくらい食べさせてやればよかったかな。




 そして俺たちが再び陽だまり亭に戻ってきたのは、夕日が傾き、辺りが薄暗くなってからだった。






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