異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

122話その2 密室の会談・後編 -1-

公開日時: 2021年1月29日(金) 20:01
文字数:3,098

 四十一区での会談を終え、俺たちはアッスントが用意してくれた大型の馬車に揺られて四十二区を目指していた。……いい馬車持ってやがんなぁ…………もっと税金取ってもいいだろう、こいつから。

 

「にしても、静かだったなぁアッスントとウッセは」

 

 俺の隣に並んで座るオッサン二人に言ってやる。

 つか、なんで俺がオッサンと並んで座んなきゃいけねぇんだよ。エステラとイメルダが向かい側っておかしくねぇか? そこは俺の両隣に美女二人を座らせて、オッサン二人が反対側だろうが。

 

「静かだったって……当たり前だろうが……っ!」

 

 アッスントの向こうから、ウッセが小声で俺を非難する。

 アッスントも俺を睨んでいる。なんだよ?

 

「挙手すりゃ発言権はもらえたんだから、俺に怒るのは筋違いだろう?」

「あの場で不必要な発言をするほどバカではありませんよ。そうではなくて……!」

 

 グイッと、アッスントが俺に身を寄せてくる。……キモい。あとちょっと臭い。オッサン臭がする。

 

「なんで教えておいてくださらなかったんですか……っ!?」

 

 あくまで小声で、アッスントが強い口調で言う。

 なんの話だよ?

 

「ウチの領主代行がエステラさんって! 向こうで知って心臓が止まるかと思いましたよ!」

「まったくだ! 会談中そのことばかりが気になって、全然話聞いてなかったぜ!」

 

 いやいや。

 

「お前ら、会ったことあるだろう? 支部の設置とかその他の話で領主代行に面会してんじゃないのかよ?」

「領主代行は美しく清楚で、おっぱいがそこそこ大きい方という認識です。いくら似ていてもエステラさんは真っ先に除外されるじゃないですか!」

「そうだ! おっぱいがそこそこあるんだから、当然だろ!」

「……そこのオッサン二人。ボクのことをどこで認識してくれてるんだい?」

「いや、その前にエステラ……何、詰めてんだよ?」

 

 見栄を張るな見栄を!

 

「にしたって、分かるだろう? 顔なんかまんまじゃねぇか」

「領主代行はもっと綺麗なんだよ!」

 

 だから、ウッセ……同一人物なんだっつの。

 

「エステラはいつだって美人だろうが」

「みゅっ」

「エステラさん。ワタクシの隣で気持ちの悪い声を出さないでくださいまし」

 

 こいつらは、マジで今まで気付いていなかったらしい。

 まぁ、俺も最初見た時は驚いたもんな。女はメイクで化けるもんだ。

 

「いやぁ、気付きませんでしたねぇ。そのようなことは思ってもいませんでしたもので」

 

 アッスントほどの洞察力があれば一発でバレるかと思いきや、こいつはあまり顔を見ていなかったようだ。顔を覚えたり、表情を読むのは相手を手玉に取る上で必須だと思うがなぁ。

 

「貴族相手に論戦を仕掛けるつもりはありませんのでね。そこまで洞察する必要はないかと……それに……」

 

 アッスントは、若干エステラの方を意識する素振りを見せつつ、控えめに囁く。

 

「私は、あまり貴族の方のお顔を見ないようにしておりますので」

「そういえば、ウチで会う時はいつも俯いているよね。緊張してるのかと思ってたけど」

 

 ははは。アッスントが貴族相手に緊張なんかするかよ。

 まぁ、こいつの場合大方……

 

「妬みが顔に表れるのか?」

「えぇ。自分では抑えているつもりなのですが……こう、滲み出ているようですね」

 

 そう言うアッスントの顔は、己がまだ到達していない高みにいる貴族に対する妬みが、見事に滲み出ていた。

 

「まぁ、アッスント。落ち着けよ。貴族と言っても、しょせんエステラだ」

「えぇ。そう思えば幾分か気も収まるというものです」

「どういう意味だい、それは!?」

 

 良くも悪くも、お前は貴族っぽくないんだよ。

 衝撃の事実に驚いて、会談中静かだったアッスントとウッセ。まぁ、今後もペラペラしゃべったりはしないだろうが、それとなく釘を刺しておく。

 

「それはそうと、エステラについてなんだが……」

「心配には及びませんよ。無償で情報提供するような真似はいたしませんので」

「言いふらすメリットもねぇからな」

 

 特にバラしてどうこうということは、この二人ならしないだろう。

 

「大変ですわよねぇ……領主に乳が無いなんて」

「君の区の領主にも乳はないと思うんだけど?」

 

 むしろデミリーやリカルドに立派な乳があったらキモイっつうの。

 

「けどヤシロ」

 

 やたらと揺れる馬車の中で、エステラが俺を見つめてくる。真剣な目だ。

 

「どうしてあんなルールにしたんだい?」

「あんなってのは?」

「勝負の方法とか、参加人数とか、制限時間とか。君のことだから、何か意味があるんだろう?」

 

 俺が提示したルールは以下の通りだ。

 

 大食い大会は、選抜メンバーによる団体戦で行う。

 勝負は最大六回。先に三勝をした区が優勝だ。

 

 一試合の制限時間は四十五分。早食いではなく大食いに重点を置いた制限時間だ。

 こいつには、食い散らかさず、なるべく美しく食べてほしいという思いも込められている。

 

 そして、先の対決で最下位だった区が次の対決の料理を用意する。これは、負けた区が自区に有利になるように食材選びが出来るということだ。勝負はなるべく長引かせたいからな。どこかの区が三連勝して終了では味気ない。

 

 料理は、共通の皿を用意し、そこに載るものに限定した。皿にさえ載れば何を持ってきてもいい。ラーメンのドンブリを皿に載せるのもOKだ。

 魔獣の丸焼きとか、完食が無理なものでなければいい。

 一皿完食した後に次の皿が提供される『わんこそば』形式で、完食した皿の数を数えて勝敗を決める。

 

 各区とも、選手と料理は直前まで秘密に出来る。

 まぁ、ぶっちゃけ戦況を見て作戦を柔軟に変更できるようにするための処置だ。

 

 予定では、大会は二日間に亘って三回戦ずつ開催される。

 先にどこかの区が三勝した時点で終了となる。

 ちなみに、七回戦までは持ち越せないため、四回戦の段階でその後の状況が決まる。

 二対一対一の場合、次の五回戦で二勝を挙げている区が勝てばそこで終了。その他二区のどちらかが勝てば、負けた方が敗退し、六回戦は二勝同士の区で優勝を競い合う。

 また、四回戦の段階で二対二対〇の場合は、最下位の区がそこで敗退。五回戦が上位二区による決勝となる。

 

 ――と、そんなルールを俺が提示し、デミリーもリカルドも特に異論を唱えなかったのでそのまま決定されたわけだが……

 

「君が普通にエンターテイメントに徹した提案をするわけがない」

 

 酷い言われようだな。

 だが、鋭い。

 

「向こうにはメドラみたいなバケモノがいるからな」

 

 一発勝負なら『万が一』ということがある。

 

「……食べそうだよね、とにかく」

「目の前で動くものは片っ端からな……」

 

 メドラの捕食シーンを想像して、その場にいた全員が顔色を悪くする。

 

「ウッセ。メドラがどれくらい食うか知ってるか?」

「さぁな。ママは気を許した相手としか食事をしねぇからな……俺らはママが飯を食ってる姿を見たことがねぇんだ」

「…………観覧禁止レベルなのか?」

 

 森を徘徊する魔獣の首筋に「がぶー!」「ぶちぃ!」「ぶっしゃあああー」……なんて光景が容易に想像できてしまう。

 ……目が合ったら食われそうだな。

 

「けど、『食わなきゃ強くなれない』ってのが口癖だからな。相当食ってんじゃないか。……相当強いしな」

 

 食事量と強さが比例する……マグダを見ていれば分からなくもない理論だ。

 

「そんなバケモノ級の猛者を相手に、太刀打ちできるんですか?」

「なんだ、アッスント。お前は四十二区に勝ってほしいのか?」

「当然でしょう。通行税など取られては堪りません。それに、ヤシロさんが勝てば、四十一区に飲食店が増え、我々の顧客も増えますからね」

 

 俺が勝てばってなんだよ……

 だが、さすがはアッスント。今後俺が行おうとしている四十一区改革におぼろげながら勘付いているってところか。

 

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