「お前らも、食ったらおにぎり係な」
「えっ!? ボクたちもやるの!?」
「貴様、他区の領主である私をアゴで使う気か?」
「他区の領主って、リカルドやゲラーシーと同列だろ?」
「一緒にするでない!」
いや、一緒のはずだが!?
「嫌なら並べ」
「ふん。貴様の指図は受けぬ。私はノーマたんに握ってもらうからよいのだ! な~、ノーマたん?」
「ぅなぁぁあああ!? 尻尾をもふもふしながら背中に張りつくんじゃないさね!? 背骨がぞわぞわするんさよ!」
昨日一緒に泊まったことで、えらくノーマが気に入ったようだ。
嫁にもらってやってくれるか、ルシア? お前ならノーマを養える。
「あんたの分、先に作ってやっから、ヤシロが言ったようにあとで手伝いなね。でなきゃ握ってやらないさよ」
「うむ。ノーマたんがそう言うのであれば仕方ない。カタクチイワシはともかく、ノーマたんの言うことには逆らえぬからな。もふもふ」
「尻尾をもふもふするなって、さっき言ったさよ、アタシ!?」
「それは聞けん」
「逆らってるさね!? 舌の根も乾かぬうちに!?」
ルシアがこれでもかとノーマの尻尾をもふっている。
気が付いたら、レジーナが混ざっていた。あいつ、面白そうなところにはすぐ混ざるな。まったく……
よし、俺も混ざってこよう!
「そこから動くと、お父様の刑に処しますわよ、ヤシロさん?」
「な、なぜイメルダがここに!?」
そして、そこはかとなく恐ろしいぞ、『お父様の刑』。
ハビエルがやられているようなことをされるのか、それとも……今後一生ハビエル扱いされるのか!?
うわ、後者の方が嫌だ。
「せっかくだから、イメルダとレジーナも参加していけ。ファンが喜ぶ」
「どうしてこのワタクシがそのような真似を? ご冗談にもほどがありますわ」
「まぁ、ファンがいないなら仕方ないけど」
「さぁ、お並びなさいまし! このワタクシが直々ににぎにぎしたおにぎりを所望されるボーイズ&紳士の皆様!」
ドレスの袖を捲くり上げ、真っ赤な鉢巻を巻いて意気込むイメルダ。
乗せやすいなぁ……つか、なんで運動会の鉢巻持ってきてるの?
「ワタクシの舞うようなおにぎり捌き、とくとごらん遊ばせ!」
言うが早いか、イメルダはデリアから引っ手繰ったしゃもじでおひつのご飯を掬い取り、手のひらへと乗っけた。
「熱っついですわ!?」
舞うような手捌きどころか、まともに持ってもいられなかったイメルダ。
ご飯をおひつに戻して、水瓶に両手を浸けて冷やしている。
お前の舞い、滑稽だな。
「ほれ、レジーナ。お前もやってみろ」
「せやけどウチ、さっきお尻かいた手ぇ、洗ってへんさかいに~」
「大丈夫だ。熱湯消毒してやるから、手ぇ出せ」
「アカンって!? それ、めっちゃ湯気立ってるやん!? シャレにならへんヤツやん!」
何度も同じようなことを言うからだ。
つべこべ言わずに握れ。
「言ぅとっけど、全っ然じょーずに出来へんからな?」
「期待してねぇから気負わずやれ」
「ホンマ厳しぃわぁ……将来、子供がドMになる未来しか見えへんわ」
「縁起でもない未来を見てんじゃねぇよ」
ドMになるような教育をする予定はねぇよ。
しゃもじの握り方一つとっても、レジーナは素人丸出しだった。
ご飯をしゃもじで掬う。そんなことですらたどたどしい。
こいつ、ホント薬以外のことまるでダメなんだな。部屋も散らかってるみたいだし。薬研の扱いは見惚れるくらい鮮やかなのにな。
「あ~、アカンわぁ。べたべたひっついて、ぶっさいくになってもぅた」
でろ~んと、歪な形の米の塊が晒される。
広げた手のひらや指先に米粒がびっしりついている。
水が少ないんだよ。ちゃんと手を濡らして、素早く握れば指にはひっつかないのに。
「こんなん食べたい人なんておらへんやろ? せやからウチはパs……」
パスしたいなどと言い出す前に、レジーナの手の上の米の塊をひょいとつまみ上げる。
それをノータイムで口へと放り込んで咀嚼する。
「…………うん。塩が足りないな。もっと『えっ』って思うくらい付けてもいいぞ」
「いや……自分、何を普通に味のダメ出ししとんねんな……」
「あぁ、そうだな。両手をしっかり水で濡らして、もっと手早く握れば米粒は付かねぇよ」
「そうやなくて! …………よぅ食べたな、あんなぶっさいくなもん」
ちょっと膨れたような顔で俺を睨むレジーナ。
なんだ? うまく出来なかったのが恥ずかしいのか? 言ったろうが、期待はしてないって。
「お前のおにぎりは稀少だからな、価値が十分にある。売れる物に関する協力は惜しまねぇよ。失敗したら俺が全部食ってやるから、どんどん握れ」
「……さ、さよか。お米無駄にならんくてえぇな、それは……」
ご飯粒だらけの指をもにもに動かして、憎まれ口を叩きたそうな顔をして口を開くも、うまくいかなかったのか「うぐぅ……」と歯を食いしばって顔を背ける。
「なんや、アレやな。自分がウチんとこで精力ギンギンになる薬を躊躇いなく飲んだ時のこと思い出して、こそばいなぁ~」
初めてレジーナと会った時に、こいつを信用させるために怪しい薬を口にした――フリをした――時のことだな。そんなもんをいちいち覚えてんなよな。
「お尻かぃ~なったわ。かいてんか?」
「自分でかけ」
「せやけど、こんなご飯粒だらけの指でかいたらお尻にご飯粒が…………はっ!? ウチが失敗したヤツはみんな自分が食べるって……まさか、わざとお尻にご飯粒付けさせてぺろりんちょ――」
「さっさと手を洗ってケツをかいて次のを握れ!」
「お尻かいた後の手は洗うなって!?」
「洗えー!」
お前、照れ隠しの暴走も大概にしろよ!?
ここ、食い物を扱ってるスペースなんだわ!
そういうことばっかり言ってると、またエステラが怒って……
「ヤシロ……」
ほらな?
なんでか俺の方に矛先が向く――
「初対面のレジーナのところで飲んだ薬の件、報告受けてないんだけど?」
あっ、なんか違うところに飛び火してるっぽい!?
「報告しなきゃいけないようなことは何もなかった……つか、報告の義務がない!」
「ヤシロさん。私も少しお話を伺わなければいけないかもしれませんね?」
「ベルティーナに怒られるようなことは何もなかったよ!」
というか、あの時は俺のナイス判断で被害を出さずに済んだんだぞ?
俺でなければレジーナかジネットがとっても危険な目に遭っていたかもしれないんだ。褒められてもいいくらいなんだよ、俺は!
……ただ、舐めたフリだったってのはレジーナに秘密なのでここで詳しく説明は出来ないけども。
「なぁ、手ぇ洗ったけど、これでえぇかな、ギンギンはん?」
「火種をまき散らすな、真っ黒薬剤師!」
お前のために甘んじて受けてる被害もいくつかあるんだからな、こっちは!?
もうちょっと感謝して、気を遣って!
「ベルティーナ。レジーナに教えてやってくれるか?」
「はい。私でよろしければ。レジーナさん、見ていてくださいね」
普段、あまり料理はしないというベルティーナだが、こいつは子供のための労力は惜しまないヤツだ。以前、陽だまり亭で客のガキがご飯を残した際、俺がおにぎりにしてやったら完食した――そんな話を聞いて以降、ベルティーナも教会のガキにおにぎりを作ってやっているらしい。
その手つきはとても慣れたものだった。
「1、2、3……と、軽く包み込むように握ってあげると食べた時に口の中でご飯粒がほどけていく感じで、とても美味しいんですよ」
言いながら、あっという間に綺麗なおにぎりを作ってみせる。
お見事だ。
ジネットとは異なるが、安心感がある手つきだったな。
「はい、ヤシロさん。味見をお願いします」
「なんで俺に?」
「いつも味見をさせていただいていますので、そのお返しです」
そのお返しなら、かなりの量をいただかないと釣り合いが取れないと思うんだが……まぁ、ベルティーナと同じ量を渡されても食えないけどさ。
ベルティーナが握ったおにぎりなんて、教会のガキ以外は滅多に食えない物だからな。ありがたくいただこう。
……っていうか、握りたてをダイレクトに手渡しって、なんか、ちょっとドキドキするな。お皿にワンバウンドしない感じが、こう、特別な感じで……
「じゃ、いただきます」
「召し上がれ」
ジネットもそうなんだが……なんで俺が食うところをそんな近くで見たがるんだ?
ちゃんと感想を言うまで視線を逸らしてはくれない。
……見られながら食うの、緊張するんだっての。ったく。
「うん。美味い」
「よかったです。安心しました」
口に入れるとご飯粒がほろりとほどけ、いい塩梅の塩味が口に広がって、海苔の佃煮のうま味が一層際立っている。
ただのおにぎりなのに妙に美味い。
ベルティーナに握ってもらったって特別感がそう感じさせるのかもしれないな。
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